後編
天野家妖精捕獲作戦・・・ならぬ小型調査機捕獲作戦は、すぐに実行に移された。
まずパパが、スマホ型捕獲機を制作した。
飛んでいる小型調査機に向けてシャッターを切ると、小型機がスマホの中に吸収されるという仕組みだ。
咲良、大雅兄ちゃん、パパで手分けをして、飛んでいる小型機を捕獲する。
3日ほどで、ほぼ回収できたのだが・・・。
「どうしても回収作業ができない場所があります。ここにまだ、かなりの数が残っているんですが・・・」
パソコンの画面を見ながら、パパが顔を曇らせた。
「大学の植物園か・・・」
咲良がため息をつく。
四丁目には、大学のキャンパスがある。
その敷地内に植物園があって、そこに小型調査機が残っているのだ。
だが、大学の敷地内に、そうそう入ることはできない。
「あ! 大佐、これを見て下さい」
区民だよりを読んでいた大雅兄ちゃんが、声を上げた。
【大学植物園で春の妖精を探そう!
イベント参加者募集中!
当日は弁当を持参して下さい。
詳しくは大学HPで】
これに応募すれば、大学敷地内の植物園に入れる。
さっそくパパが、インターネットで申し込みをしてくれた。
「家族4人ということは、ママも参加するのか?」
と、咲良。
「ええ。スマホで回収した小型機は、そのまま
パパが答える。
「ママ、大丈夫?」
大雅兄ちゃんがママに聞くと、ママはにっこりと笑って、手でVサインをした。
これで、植物園に入る手段は手に入れた。
だが、天野家はもうひとつ、重大な問題を克服しなければならなかった。
当日持参する弁当だ。
困ったときは、隣の大塚さんである。
「あら、咲良ちゃん大学の植物園へ行くの? いいわねー、お弁当? そうね、やっぱり手作りのおにぎりが良いんじゃないかしら。おばちゃんは、梅干しとおかかと鮭が好きよ」
との、回答を得た。
「・・・と、いうことで諸君、捕獲作戦はいよいよ最終局面だ。大学植物園内に停滞する小型調査機を全て回収し、作戦を成功させたい」
パパと大雅兄ちゃんを前に、咲良が重々しく言った。
「だがその前に、我々はひとつの山を越えなくてはならない。これより今日のお弁当、手作りおにぎり作製に着手する」
パパも大雅兄ちゃんも、真剣な顔つきで頷いた。
「大塚さんより、お弁当は当日の早い時間に作製すると良いの助言があった。大塚さんの助言に間違いが無いのは、すでに実証済みである。現在午前2時。・・・少し遅れただろうか」
「いえ大佐、ちょうどご飯が炊けましたので、ここからの開始で問題ありません」
大雅兄ちゃんが言った。
「材料は昨日、スーパー恵比寿屋で調達済です。種抜きの梅干し、おかかパック、鮭フレーク、おむすび用海苔です。渋谷さんが選んでくれたので、こちらも間違い無いかと。」
パパが材料をテーブルに並べる。
「大塚さんから作り方を教わってある。わたしが指示する通り作業実行せよ!」
咲良の命令に、パパと大雅兄ちゃんは敬礼で答えた。
まずは、ご飯をお茶碗によそう。
「蕎麦用のどんぶりしかありませんが、これでも良いでしょうか?」
大雅兄ちゃんが、蕎麦を食べる時に使う、大きなどんぶりを取り出す。
「仕方が無い、ではそれで」
ご飯の真ん中に、好きな具を入れる。
「好きな具・・・とは、大塚さんが言っていた、梅干しとおかかと鮭だな」
咲良は、梅干しの上に、鮭フレークをのせ、かつおぶしパック一袋を、バサッとかけた。
さらにご飯をのせて、握る。
「・・・子供の手では上手くまとまらないな・・・」
「握るのは私と軍曹がしましょう。大佐はこれまでの作業をお願いします」
もうひとつどんぶりを取り出して、パパが言った。
三人は流れ作業で、どんどんおにぎりを作って行った。
午前10時。
大学の植物園には、20人ばかりの参加者が集まっていた。
「ようこそ植物園へ。僕は、案内役の
初老の大学教授は、帽子をとって挨拶した。
「みなさん、どうぞこちらへ。この木の下に咲いている紫の花がカタクリです。春先に花をつけ、夏前には葉も枯れてしまうこれらは、スプリングエフェメラル、『春のはかないもの、春の妖精』と呼ばれ・・・」
「嘘だっ!」
教授の説明を、男の子の鋭い声が遮った。
皆が一斉に振り返る。咲良も一緒に振り返った。
「嘘つきっ! こんなのただの花で、妖精じゃ無いよっ!」
涼君だった。
涼君は両手足を突っ張って立って、巣鴨教授をにらみつけている。
「こ、こらっ! 涼。なんてことを言うんだ!」
お父さんらしき大人の男の人が、後ろから涼君の肩を引っ張る。
「だって、お父さん・・・」
「だってじゃ無い! 先生に謝りなさい! 申しわけありません、息子が失礼を致しました」
涼君のお父さんは、申しわけなさそうに何度も巣鴨教授に頭を下げた。
「ああ、どうぞお気になさらずに」
巣鴨教授は、眼鏡の下の目を細めて、柔らかい笑顔を返す。
「では、みなさんで春の妖精たちを探してみましょう。お配りしたパンフレットに載っている花は、全部この園にありますから・・・」
教授の声で、参加者たちはバラバラと園内に散って行った。
パパは、芝生の上にレジャーシートを広げてママと座る。
「ここを中継基地とします。大佐と軍曹はどんどん回収して来て下さい」
そう言って、晴れた空を見上げた。
「・・・すでに飛んでいますね」
空にも、木の周りにも、その下に咲く花の近くにも、小型調査機が飛び交うのが、天野家の面々には見える。
「軍曹は東側を、わたしは西に行く」
「了解!」
咲良と大雅兄ちゃんは、右と左に分かれて走り出した。
片っぱしからスマホのシャッターを切って、小型調査機を回収して行く。
はたからは、熱心に写真を撮っているようにしか見えない。
容量が溜まると、ママの所へ持って行く。
ママの耳に挿さっているケーブルをスマホに繋いで、ママを経由させて調査機は宇宙の彼方へと転送される。
これも、スマホの音声を有線で聴いているようにしか見えないから、天野一家は特に怪しまれることも無く、着々と作業を進めて行った。
「ケーブルを、鼻に挿すようにしないで良かったよ。ねえ、ママ」
パパがママに笑いかけると、シートの上にきちんと正座したママも、にっこりと笑った。
途中、咲良は涼君の姿を何度か見た。涼君も、こちらに気付いているようだが、声をかけてくることは無い。
お父さんと二人で植物を観察しているようだが、あまり楽しそうではないように、咲良は思えた。
咲良と大雅兄ちゃんの活躍の結果、昼になる頃には、7割がた回収を済ませることができた。
この分で行けば、イベント終了の15時までに、全機回収できそうだ。
「お疲れ様でした。お弁当にしましょう」
咲良と大雅兄ちゃんがシートに腰を下ろし、パパがリュックからお弁当を取り出す。
「えーっ! コンビニのおにぎりなんてヤだよーっ!」
「仕方無いじゃないか、お母さん、仕事なんだから」
そんなやりとりが聞こえて、咲良は声がする方に顔を向ける。
涼君とお父さんだった。
「しかもー、俺が好きなやつじゃ無いしーっ!」
「え、えっ? お前、ツナマヨ好きじゃ無かったっけ?」
「俺、海苔がパリパリしてんの、嫌いなんだよー」
「あ・・・あ、そうだったか。・・・ごめんな」
咲良は立ち上がると、涼君親子の方へと歩いて行く。
「涼君、うちんとこに来なよ。おにぎりいっぱいあるよ。コンビニのじゃ無いよ」
涼君はびっくりした顔で、咲良を見上げた。
「おいでよ」
もう一度繰り返すと、涼君は小さくうなずいた。
「うわっ! 何だこのおにぎり、でっけー!」
天野家のおにぎりを手にした涼君の、第一声。
「うわっ、うわっ、ソフトボールみたいだ。普通じゃない!」
ソフトボール大のまん丸おにぎりは、長い海苔が十文字に巻いてあって、花火の火薬玉のようにも見える。
「普通じゃ・・・無い?」
咲良と大雅兄ちゃんとパパは、揃って眉を寄せた。
「そーだよ。普通はこういうのだぜ」
涼君がコンビニのおにぎりを出して見せる。
三人はその三角の物体を凝視した。
「小さい。しかも三角だ」
と、咲良。
「これ、おにぎりだったのか・・・」
と、大雅兄ちゃん。
「普通って、なかなか高度ですね。包み方が複雑です」
と、パパ。
「中は何?」
「梅干しと鮭とおかか」
「このおにぎりの中だよ」
「だから全部入ってる」
咲良の答えに、涼君は目を丸くする。
「普通じゃ無ぇーっ!」
涼君の叫びに、三人は再び呆然となる。
「な、何と・・・中味も普通じゃ無いだと?」
と、咲良。
「大塚さんの助言に間違いがあったんでしょうか・・・」
と、大雅兄ちゃん。
「普通は難しいですねぇ」
と、パパ。
そんな三人を気にもとめず、涼君はボール大おにぎりにかぶりついた。
「美味しい! これ美味しい!」
そう言って、パクパクと食べる。
「変だけど美味しい。あ、梅干し。鮭の味もする。あははは、面白れー! あはははは」
笑いながら、涼君は大きいおにぎりをどんどん食べていく。
「早起きして、みんなで作ったんだよ」
咲良が言った。
「え、天野も作ったの?」
涼君が聞く。
「そうだよ。わたしが中味を入れて、パパと大雅兄ちゃんが握ったんだよ」
「へー、すげー!」
ほっぺにご飯粒をくっつけて、涼君はパパを見たり、大雅兄ちゃんを見たりした。
「でっけーおにぎり、すげー! 天野んちすげーなー!」
そう言って涼君はまた、あははははと笑った。
そんな涼君を、お父さんは呆気にとられたように見ている。
「目黒さん、よかったらどうぞ。たくさん作りましたから」
と、パパがおにぎりを差し出す。
「しかもおにぎりだけかよー、おかず無いじゃん。あはははは」
涼君がまた笑った。
「えっ! おかず? おかずって、給食で出るあれ?」
咲良もほっぺにご飯粒を付けながら、聞いている。
そんな様子を見ながら、涼君のお父さんは手のなかの大きなおにぎりを見た。
「みなさんで作られたんですか?」
「ええ。早起きしたので、今頃眠くなってきましたよ」
パパが答える。
涼君のお父さんは、一口、おにぎりをかじった。
「・・・こういうので良かったんですね。こういうので・・・」
そう言って、また一口、かじる。
「私は、何にも分かっていませんでした。今日も休みなのに、涼に付き合わされたとばかり・・・」
そう言ってから、お父さんはパクパクおにぎりを食べる。
そして何度も、うんうんとうなずいた。
ふと、気付いたように顔を上げて、
「奥さんは召し上がらないんですか?」
と、聞いた。
「妻はお腹いっぱいなんです」
パパが答える。ママも涼君のお父さんに、にっこりと笑いかけた。
「はあ、そうなんですか・・・」
涼君のお父さんはちょっと不思議そうな顔をしたが、またおにぎりを食べはじめた。
14時を過ぎると、もう数えるほどしか残機が無くなっていた。
咲良も大雅兄ちゃんもラストスパートをかける。
「先生、さっきはごめんなさい」
涼君の声だ。
蕾がついた桜の木の下に立っていた巣鴨教授のところに、涼君が居た。
「・・・君は、妖精を見たのかい? 最近、町で噂になっているみたいだけど」
巣鴨教授が、涼君にたずねる。
涼君は下を向いて、小さく頷く。
「どんな様子だった?」
重ねて聞く巣鴨教授に、涼君はちょっとためらっていたが、
「・・・透明な羽がキラキラしてて、捕まえようとしたら、消えたんだ」
巣鴨教授は「ふむ」と言って、空を見上げた。
「それじゃあ、本当に妖精かもしれないね」
「・・・いいんだ、もう。みんな嘘だって言うし。あんなに町で噂になっているのに、本当に見たって言ったら嘘だって言われる。だから、もういいよ」
涼君は下を見たままで、言った。
「春の妖精と呼ばれるのは、花だけでなく蝶の中にもあるんだ。透明な羽の蝶はいないけれど、それは確認されていないだけで、本当はいるのかもしれないよ」
巣鴨教授の言葉に、涼君は顔を上げる。それを待っているような、巣鴨教授の笑顔があった。
「確認されて無いものはいないわけじゃない。まだまだ地球上には、人間が知らない生き物がいるんだ。だから君が見たのは、本当に妖精かもしれないし、まだ誰も知らない新種の蝶かもしれない。いや、もっと別の生物かもしれない。・・・そう考えると、ワクワクしてこないかい?」
まるで少年のような笑みを見せる巣鴨教授に、涼君も嬉しそうに目を輝かせて、
「うん!」
と、力強く答えた。
「涼君」
咲良が声をかける。
「君は嘘つきじゃないよ。あの時、わたしも見えていた。けれどそう言えない事情もあったんだ」
「天野・・・?」
「ぜったいに、誰にも言わないって、約束してくれる?」
涼君はまだよく分かって無いようだけど、「うん」と言って頷いた。
「手を出して」
差し出された涼君の手に、咲良は持っていたものを乗せた。
透明な蝶のような形の羽が、ホログラムのようにキラキラと輝いている。
涼君の目がみるみる大きくなった。
「分かる? これが君の見た妖精」
その大きい目のまま、涼君は咲良を見た。
「だから、君は嘘つきじゃない。誰にも信じてもらえなくても、わたしがそうと知っているよ。それを伝えたかった」
言って咲良は、涼君の手のひらに向けてスマホをかざし、シャッターを切った。
「あっ!」
涼君が声を上げる。
そして空を見上げてから、咲良の顔を見た。
「消えちゃった。・・・天野、それ・・・」
涼君は咲良の手にあるスマホを見つめる。
「今はここにいる」
咲良はスマホを指差した。
「でも、これはもっと遠くへ、もといた場所へ帰さないとならないんだ」
「・・・どこ?」
咲良は空を指差す。
「空?」
涼君の答えに、咲良はゆっくりと首を振った。
「宇宙のかなた」
「・・・えっ?」
空を指していた指を、咲良は自分の唇に当てる。
「内緒だから、ね」
その日の夜、銀河ハイツ102号室の天野家では、昼の残りのおにぎりが夕飯になっていた。
「全機回収を確認しました。お疲れ様でした」
パパがホッとした顔を見せる。
「では、無事に作戦終了だな」
おにぎりを食べながら、咲良がうなずいた。
「あのコンビニの小さいおにぎりを作る技術を、覚えなければならないな」
咲良が言う。
「三角にするのも覚えなければなりません。・・・今度、大将に聞いてみようかな・・・」
大雅兄ちゃんが言う。
「ああそうだ。目黒さんからお礼にって、頂いていたのを忘れてました。食べてみますか?」
コンビニの袋を取り出して、パパが言う。
「そうか、では試してみよう」
咲良がツナマヨのおにぎりを手に取った。
大雅兄ちゃんが、お茶を淹れるためにお湯を沸かす。
パパが、ママを自分の隣の椅子に座らせた。
こうして天野家の夜は、更けて行くのだった。
終わり
天野さんちと春の妖精 矢芝フルカ @furuka
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