「妖精」【KAC20253】

MKT

「妖精の森の約束」

 深い霧の中に、誰も知らない小さな森があった。そこには人間の目には映らない妖精たちが住んでいた。彼らは森の木々と話し、風と踊り、月の光をまといながら、生きていた。


 この森の入り口には古い言い伝えがあった。

「迷い込んだ者は試される。心が清らかであれば、妖精の祝福を受け、そうでなければ二度と戻れない」


 ある日、ひとりの少年が森へと足を踏み入れた。名をリオという。村の人々はこの森を「禁じられた地」として恐れ、決して近づこうとはしなかったが、リオだけは違った。幼い頃から不思議な声を聞き、風のささやきの中に誰かの笑い声を感じていたのだ。


 森へと足を踏み入れると、霧はたちまち晴れ、色とりどりの光がきらめいた。目の前に小さな羽を持つ少女が現れた。透き通るような翡翠色の瞳を持ち、微笑むたびに周囲の空気が、優しく震えた。


「ようこそ、リオ。ずっと待っていたわ」


 リオは驚いた。妖精がいるとは信じていたが、自分の名前を知っているとは思わなかった。


「君は……?」

「私はフィリア。妖精の森の守護者」

「なぜ、僕を待っていたの?」

「リオ、あなたがここへ来ることは、前から決まっていたの」


 フィリアは森の奥を指さした。そこには枯れかけた一本の大樹が立っていた。


「この森の命が尽きかけているの。私たち妖精だけでは救えない。けれど、人間の心があれば、まだ希望はある」


 リオはフィリアの瞳を見つめた。その奥には深い悲しみと、どこか懐かしい、温もりがあった。


「僕に何ができる?」

「この木に触れて。心から願えば、命の力が宿るはず」

「触れるだけ……?」


 リオはそっと大樹に手を当てた。すると、体の奥から何かが流れ出し、木へと吸い込まれていく感覚があった。


「がんばれ、がんばれ」


次の瞬間、大樹の幹に淡い緑の光が灯り、枯れた葉が鮮やかに蘇った。


「やった……!」


 フィリアは涙を浮かべて微笑んだ。


「ありがとう、リオ。あなたはやっぱり、選ばれし者だったのね」


 その言葉を最後に、フィリアの姿は消え、リオは森の入り口に立っていた。森の奥からは、どこか懐かしい、笑い声が聞こえていた。


 それ以来、森は決して枯れることなく、リオの夢の中にはいつもフィリアが微笑んでいた。

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