妖精の運び屋

八咫空 朱穏

妖精の運び屋

「やっぱりここはいいな。森の中で一番いい場所だ」

「あなたがそう言うのならそうなのでしょう。私達、ここから動けませんものね」


 頭の上から声が聞こえると、足元の小さな植物たちが同意するように葉っぱを揺らす。


「だねー。あたしたちはもっと見える場所が狭いからさ、背の高いレンゲショウマさんと、大きな体のサンショウウオが言うなら間違いないよねー!」


 図体がデカいのは認めるが、地面からの高さで言ったら俺が一番低いんだけどな。


「ヒトリシズカが言うんならわかるけどさ、レンゲショウマは違うだろ。お前は一番背が高いし、多少は世界が見えると思うけど?」


 レンゲショウマは、まるで笑うかのように花を揺らして答える。


「オオサンショウウオの言う通り、多少は見えるわ。本当に多少、だけれど。ぶっとい樹が邪魔であんまり遠くは見えないわよ。サンショウウオに根はないんだから、こんなこと聞かないでよね」


 俺は少しだけ口を開ける。笑ってるつもりだ。たぶん、そうは見えないだろうけど。


「まぁ、あんま速く動けないけどさ。ヒトリシズカやレンゲショウマよりは世界を見てるのはそうだ」


 俺は首を縦に振る。もちろん形容さ。頭が全然浮いてないからほとんど動かせないし、何なら首ってどこだって感じだし。


「オオサンショウウオなら、あたしたちをいい場所に連れてってくれるよね?」


 確かにヒトリシズカ達をここに運んだのは俺だ。最初は小さな枝みたいなもんだったんだけど、大きく育ったもんだ。レンゲショウマは最初からここに居る先客で、ヒトリシズカが来たのを喜んでたな、懐かしい。


「あぁ、そんなに遠くには行けねぇけど……連れてってやるさ」

「なら、お願いしてもいい?」


 レンゲショウマが嬉しそうに聞いてくる。頭の上から何輪もの期待の眼差しを向けられたら、断りづらいじゃないか。まあ、連れてってやるって言った手前、断れる訳がないんだけど。


「あぁ」


 あごを地面にぶつけながら小さくうなずく。


「あら、ありがとう。何世代ぶりに遠くに行けるのでしょう」


 レンゲショウマはずっとここで過ごしてるもんな。それも何世代も。


「可愛い子には旅をさせてみたいものよ」

「それって、親のエゴじゃないのー?」

「違うわよ。レンゲショウマ族が滅びないように、色んな場所に集落を作るのよ」

「ヒトリシズカは忘れたのか? お前の親がおんなじこと言ってたぞ」

「そーなのー?」


 ヒトリシズカがくきを曲げて首をかしげる。俺と同じように首、ないけど。


「まあいいさ、後のことは俺に任せろ。旅の終点で、花が咲くまで世話してやるよ」

「約束よ?」

「あぁ。種ができたら背中に乗せるといい。この森のどこかに運んでやるさ」


 ったく、森の妖精たちは世話が焼ける。まあ――こうやって会話できる場所が年々増えてくのは悪いことじゃねぇけどさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖精の運び屋 八咫空 朱穏 @Sunon_Yatazora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説