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「……納得いかない」
駅前にある喫茶店。翔ちゃんときょんちーと一緒に話した、最初の場所。そんな綺麗な思い出が残っている場所で、私はあからさまなくらいにため息を吐きながら、そんなことを言ってみる。私の様子をずっと眺めているきょんちーは手元にアイスココアを用意して、その上で、は、はは、と苦笑を返すけれども、それでもどこか安堵を胸の内に抱えているような雰囲気が伝わってくる。まあ、それほどまでに状況が整いつつある、というわけではあるが。
「でも、よかったじゃないですか。飲み会で企画したことが実際にやれそうで」
きょんちーに伝えたのは、とりあえず結婚式の余興としてバンド活動は行えそうな目処が立った、ということ。総じてバンド仲間からはほとんど無視のような対応をされてしまったけれど、それでも私ときょんちー、そして兄貴がいるから、ボーカルに翔ちゃんを据えればなんとか形になる、という具合。
メンバーのそれぞれの役割として言えば、私がいつも通りにドラムを、きょんちーには和音を奏でてもらうリズムギターを、そして本当に納得がいかないけれど、それでも単音を豪快に、器用に響かせることのできる兄貴がリードギター、という具合でなんとかなりそうだ。ベースがいないことで音が薄っぺらくなるような気もするけれど、そこについてはもう諦めるしかない。なんなら兄貴のリードでそこら辺を誤魔化すような作戦をなんとなく頭の中に思い浮かべてみる。……それで済むなら楽な話ではあるが、実際にはどうだろう。
「というかきょんちーはリズムギターの練習とか、してる?」
「……はは」
私の疑問に、きょんちーはこれまた気まずそうな苦笑を返す。先ほどとは打って変わって、まずいところを突かれたな、という表情が浮き彫りになってきている気がする。
「そ、そもそもやる楽曲を決めていないので、練習も何もって感じではあります。一応、それとなく練習は始めてはいます……」
「……偉いね。私なんか曲を決まってないのをいいことにドラムにさえ触れていないや」
そもそも、ドラムを練習で叩くにしても場所が必要になる。一応、兄貴の部屋の押入れに私が買った初心者のドラムセットはあるけれど、あれをバンバン叩いてしまえばすぐに苦情が来て、私が追い出される未来につながることは想像に難くない。なんなら兄貴でさえも追い出されてしまいそうだ。
そうであるのならば、適当にスタジオなんかを借りて練習をする、というのがセオリーではあるものの……。
「……結婚式にどれだけのお金を使うことになるのかわからないからなぁ」
友人間で気まずい話ではあるものの、それでも必要事項としてかかってしまう経費については翔ちゃんが負担をする、ということをグループのチャットでやりとりをした。実際、本当の結婚式もそういった感じになることはよくわかってはいるけれど、それでも彼にばかりに金銭的負担を押し付けてしまうのはどうかな、とそう思ってしまう自分がいる。いや、それならご祝儀とかを渡して還元しろよ、という話ではあるのだけれど、なんとなくそんなところに引っかかってしまうのだ。
「本当の結婚式みたいにやりたい気持ちはあるけれど、私たちだからこそできる結婚式でもあるわけじゃん。だから、金銭的な部分もバランスをとるような形の方が……」
「……気持ちはわからないでもないですけど、それは駄目ですよ。翔也くんも私たちに迷惑をかけている、という風に思っているでしょうし、その上で私たちがいろいろな負担をさらにかけてしまう、というのは心苦しくなります。ここは割り切らないとだめです。……まあ、個人練習くらいなら翔也くんにお願いしなくてもいいと思いますけど」
「……だよねぇ。そうだよねぇ……」
わかってはいたけれど、なんとなく歯がゆいような気持ちを覚えてしまうのはなぜなんだろう。
私が執り行おうとしている結婚式、確かにその上で負担を等分にしたい、という気持ちはあるものの、どこかそれが逃げであるような感覚も拭えない。
きっと、頭の中に結婚式が失敗する可能性が過っているからかもしれない。
実際の結婚式を見たことがない未熟な部分、バンド演奏に対してもありあわせで用意したような即興感、そうでなくとも、この結婚式は本当に翔ちゃんとさっちんのためになるものなのか、という不安。
だからこそ、責任を分散するために、自分が金銭的な面も負担をする、ということが頭に過って仕方がない。言うなれば、お金は出したから許してね、と言い訳をするのと同義だ。
だめだ、それじゃあだめだ。そんな弱気になっている自分もだめだし、きょんちーの言う通り、翔ちゃんはそれを望んでいるわけがない。ただでさえ抱え込もうとする体質の彼が、私たちに対してそんなことを願っているわけがないのだ。
だからこそ、そろそろ覚悟を決めなければいけない。
「よし」と私は声を振り絞って、自分の決意を固くする準備をする。ふっ、と肺の中に蟠っていた弱気な呼吸を遠ざけて、きちんと前を見据えるように勇気を出す。
「こうなったらもう練習するしかないよね。なんなら今からすぐにでも練習するしかないよね」
「れ、練習と言っても楽曲が……」
「いやいやいや、まずは基礎練習から! 楽曲を決めて練習するのも道理ではあるけれど、曲を決める前にあらかじめ基礎を練習しなきゃ。そうじゃなきゃ自分たちの力量も把握できないわけだし!」
ただでさえ頓挫してしまったバンド活動に、ブランクのある演奏技術。あらゆる不安の可能性を断ち切るためにも、さっさと基礎を練習しなければいけない。
すべては、彼らの結婚式のために。
「それじゃあ行くよきょんちー!」
「も、もう! 本当にいつも勢いばっかなんですからぁ!」
口惜しそうにココアを見つめる彼女の手を取って、私は早速今からでも借りられるスタジオを携帯で探すことにした。
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