第三話 1

それは朝の教室で起こった。

いつもの様に自分の席に着く。

荷物を置き、いつもの様に本を取り出す。

しかし何かいつもと違う。

視線が私に集中している気がする。

何故だろう。

ふと、黒板に目がいく。

そこには私に対するありもしない罵倒が綴られていた。


どういう事?


周りに目を向ける。

皆、私を見ながら何かを言っている。


「まさか咲良さんがねぇ…。」

「大人しい顔してるのに。」

「いつも大人しいふりして実は周りの事馬鹿にしてたんじゃない?」


わざと聞こえるように言っているのか…、気にし始めたら次々と言葉が聞こえてくる。


私は席を立ち、教室を後にする。


図書室に向かう途中、ミハルとすれ違う。


「おう、遥乃。どうしたんだよ、ホームルーム始まるぞ。」


顔を見せるわけにはいかない。

下を向き、図書室に急ぐ。


図書室に着くと、いつもの席に座る。


「はぁ…、どうしよう。」


何故こうなった?

私は静かに生活できていれば良かった。

何故こんな目に合わなくてはいけないのか。


泣きそうになる。

でも、泣いてはいけない。

悔しいけど…泣いたら負けな気がするからだ。

それに一度泣いたらもう立ち直れなくなる気がする。

今まで耐えてきたものが色々崩壊する気がする。

私は机に顔を伏せて耐えていた。



その様子を図書室の外から眺めるミハルの姿がそこにはあった。


「静香への報告もあるしなぁ。」


そう言うとミハルは遥乃の教室へと向かう。


「えーっと…咲良遥乃いる?」


突然のミハルの登場にクラスがざわつく。


「えっ!ミハル君じゃん!」

「ミハルどうしたのー??」


クラスの女子達がワイワイと騒ぎ始める。


「えーっと、あのさ?咲良遥乃ってこのクラスだよね?いる?」

「えー?咲良さんー?知らなーい。」

「なんか急にどっか行っちゃったよねー。」


クスクスと笑いながら目配せをしている。


「ふーん?そうなんだ?」


去り際にミハルは黒板に目をやった。



「あれって咲良遥乃って書いてあるみたいだけどなんて書いてあるの?」

「あれ?あれはね、咲良さん大好きって書いてあるんだよ!」


アハハハハハハ!


クスクスと静かに笑う生徒。

大声で腹を抱えて笑う生徒。

とても異様な光景だった。


「ふーん、そうなんだ?まあいいや、遥乃いないならいいや。またね。」


そう言ってミハルは今日を後にした。




気が付くと、もう放課後になっていた。

丸一日授業をサボってしまった。


顔をあげるといつもの様にミハルが待っていた。


「おう、起きたか。帰ろうぜ。」

「うん…。」

「何だ?元気無いな?」

「まあちょっとね…。」

「そういや今日ずっとサボってたらしいな。いつも色々言ってるけど俺と大差ないじゃないか。」

「あんまり…教室にいたくなかったんだよね。」

「何でだ?咲良さん大好きって言われたんだろ?良いことじゃないのか?」

「え?何のこと?」

「教室でお前のこと聞いたらさ、クラスの女がそう言ってたんだよ。」


どういう事だ?クラスに行ったのならあの落書きを見ているはず。そしたらそんな事が言えるはずがない。落書きが消されてから行ったのだろうか。

まあ、無駄に心配をかける必要もなくなって好都合ではあるか。


「そうだね。ちょっと今読んでる本が面白くてサボっちゃったんだ。」

「ふーん。まあ程々にしとけよな、帰ろうぜ。」


帰り際、また校門で声をかけられる。


「あ、ミハル君!ばいばーい。また明日ねー。」

「私達とも一緒に帰ろうよー。」


相も変わらない女の子達の声。


「あれ?咲良さんもいたんだねー。」

「朝から見ないから帰っちゃったのかと思ったよー。」


ニヤニヤと嫌な笑顔で話しかけてくる。

当然私は無視をしてミハルより先に校門をくぐる。

不思議そうな顔をしてミハルもあとに続く。


「アイツらとなんかあったのか?」


珍しくミハルが気にかけてくる。


「いや、何でもないよ。教室に帰らなかったから心配してくれてんじゃない?」

「ふーん。まあいいけどよ。」


ミハルはなんというか…あんまり他人に関心がないようだ。

深く突っ込んでこないしオブラートに包んだニュアンスを理解していない。

それがとても助かる時もあるのだが…逆に気になる事もある。

他人に興味がないというより…。


「じゃあまた明日な、寝坊するなよ。」

「ミハルには言われたくないよ。また明日ね。」


ミハルと別れる。


そう…他人に興味がないというより…理解していない。理解出来ない。理解しようともしていない。


夕暮れ、カラスが鳴いている。


そう、言ってみれば私はカラスの感情などわからない。言葉もわからない。いつも、どのカラスも同じに見える。

特に理解しようとも思わない。そもそも理解できるわけがない。


彼、ミハルにとって私…私達も同じだ。そんな感覚。


ミハルからは何故かそんな感覚が伝わってくる。


「そういえば…何で一緒にいるようになったんだっけ?」


ミハルとの出会いが思い出せない。

先輩との出会いは思い出せるのに。

いつ?どこで?先輩の友達だったから?


「明日…聞いてみようかな。」


悶々としながら私は帰路についた。

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