空席のひな檀

@nakamayu7

第1話 空席のひな檀


「のう、ひなこ」

「なんです? だいり様」

「わしらが身代わり人形として仕えてからご主人のご家族も3代目になるの」

「そうですね。私たちが身代わりを仰せつかった初代の娘さんは今ではおばあちゃんと呼ばれておりますから」

「そう、初代のご主人が御子息と娘御をそれぞれ出産され、その娘御が3年前に男の子を出産されたのだったな。男の子だったからわしらの出番はなかったが」

「私たちも未だによく役目を果たしておりますわね」

「しかし、もうずいぶん外の世界を見ておらんが」

「前に飾ってもらったのはご主人の娘御が小学校6年生のときだったわね。中学生になったらお雛様飾りなんて興味なくなっちゃうのよね」

「御子息はやんちゃでよく怪我をしてひやひやしたが、まあなんとか無事に成長してくれたわい」

「あんまり無事じゃなかったでしょ。だいり様の左足はその子の身代わりになったのですもの」

「ああ、そうじゃったな。しかしあれは怪我ではなく病気だったから仕方なかろう。あのままだったら切断しないといけなくなるところだった。あの子はサッカーが好きだったからそんなことになったら大変だからの」

「あの子、ちゃんと頑張って今じゃプロ選手として活躍してますもんね」

「うむ、身代わり冥利につきるの」

「身代わり冥利って変な言葉ね」

 ふふっとお雛様とおだいり様が笑った。

「でもそうですわね。私は体中傷だらけですけど、それだけですもんね」

 

「今年は飾ってくれるだろうか」

「ご主人のお孫さんのお顔も見てみたいわね」

「そうだな……」



「だいり様、私もお役目をまっとうするときが来たようですわ」

「うむ。立派にお役目を果たすのだぞ。また次ぎの世で会おう」



「もしもし、お母さん? 「ゆず」がね、幼稚園でお雛様かざりを作ったの。それで本物のお雛様があるって言ったら見たいって言うのよ。だから今年は久しぶりにお雛様飾ろうかって思うんだけど」

「あら、いいじゃない。うちもずいぶん出してないわねえ」

「うちの家狭いからお母さんとこでお雛様飾ってくれない? 孫たち連れて見に行くから」

「いいけど、出すの手伝ってよ。ひな檀の組み立てとか大変なのよ」

「分かった。じゃあ、次の日曜日、うちの旦那もいっしょに連れて行くね」



「おばあちゃん、このお人形……」

「あら、おだいり様左足が折れてるわ」

「お母さん、おひな様、お腹のとこで折れて前に曲がっちゃってる!」

「この前出したときには何ともなかったのに…… 最後に出したのはあんたが小学校6年生のときだったわねえ」


「そういえば、その年ね。お兄ちゃんが中学3年生のときだから。お兄ちゃんの左足に腫瘍が見つかってもしかしたら切断しなくちゃいけないとまで言われてたんだけど化学療法が効いて切断しなくて済んだのよ」

「ああ、そんなことあったね! もしあそこで足切ってたら今のお兄ちゃんの活躍はなかったんだよね」


「あんただって他人事じゃないでしょ。ゆずちゃんが生まれるとき胎盤剥離で大出血して、母子ともに危険だったんだもの。あのときは生きた心地がしなかったわー」

「あの時は僕も覚悟しましたよ。2人とも連れて行かないでくれって神様に真剣に祈りましたもん」

「でも、ちゃんと生まれてくれて。あなたもなんとか命をとりとめて」

 私は孫のゆずの頭を感慨深くなでた。本当に人の命なんて一瞬先はどうなるか分からないものだ。うちはたまたま無事で過ごしてこれたけれど。


「おひな様とおだいり様が身代わりになってくれたんだね」

 娘がしみじみと呟いた。

「みがわり?」

「おひな様とおだいり様の人形は元々子供に降りかかる病気や災厄よけのお守りとして飾られたのよ」

「ふーん?」

 ゆずちゃんは良く分からないと言った顔をした。娘が分かりやすく言い直している。


「今まで放っておいて申し訳ないことをしたわ。すぐに修理に出さなくちゃ! そしてゆずちゃんを守って下さいってお願いしましょ」

「私の代わりにお人形さんが怪我するの、嫌だな」

「そうね…… でもお人形さんは修理できるもの。人間はそうはいかないこともあるから……」

 私は孫の頭をなでながらそう言い訳した。そう、身勝手な言い訳。あなたが無事ならお人形が壊れても仕方ない、なんて本音は言えない。でも大人はみんなそう思っている。人間はなんて勝手な生き物なんだろう。分かってはいるけれど、どちらかを差し出せと言われたら間違いなくお人形を差し出す。


「これからは毎年ちゃんと飾りましょうね」

 私は孫を見てそう言った。今年だけはひな檀の一番上は空席だけど。



(おわり)

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