妖精の部屋へ続く扉
相内充希
第1話
あたしが今年入学したヴェルデ学園はすごく古い。いや、歴史があるだったかな?どちらにしても、すごく昔からある学校だ。
どれくらい古いかって? なんと来年で300周年!
当時の女王様が創設した、十二歳から十八歳までの令息令嬢が通う学校なの。
古い学校や建物には、必ずと言っていいほど伝説や不思議話があるものでしょう? これだけ古い学校なんだもん。当然、この学園も例外ではない。
たとえば深夜に亡霊たちが舞踏会を開く大広間。
たとえば放課後、なぜか同じ場所をぐるぐる回って目的地に着けなくなる北校舎。
クラスメイトが一人増えているのに、なぜか見覚えのないクラスメイトが一人もいない、なんてものもある。そのクラスメイトはヴェルデを設立した女王様の幽霊って話だから、多分女子なのだろうね。いや、その息子の王子の方だったかな?
まあそんなこと、どっちでもいいか。
その中に、女子の間にだけ伝わる伝説があるのだ。
それは【妖精の部屋へ続く秘密の扉が西の庭園に現れる】というもの。
西の庭園は四季折々の花が咲き乱れる美しい場所なんだけど、その一角に芝だけが植えられている箇所があるのね。普段は静かな場所なんだけど、そこに十二年に一度だけ、妖精の部屋へ続く扉があらわれるというのだ。
館とか家じゃないのよ。部屋。ほんのこじんまりとした部屋へ入れる扉が現れるらしい。
その部屋に行けた人の話は様々でね。可愛い魔女とお茶を飲んだとか、黒い猫が昼寝をしてたとか、一面に本棚がある書斎だったとか、いや、執事のいる居心地のいい居間だったとか。
ただ共通するのは、突然目の前に扉が現れると言う事。
そこに入れた女の子は、小さな願い事が一つだけ叶うという。その願いとは、恋が叶うとか、将来結婚する相手の姿が見られるというものだそうだ。
今年がまさにその十二年に一度の年なので、女の子はずっとソワソワしているように見えた。西の庭園は、あたしが知る限りいつでも満員御礼状態なのだ!
「すごいよね、恋する女の子のパワーは」
あたしが笑ってそう言うと、アダムはちょっと呆れたように
「リルカだって女の子でしょ」
と言った。まあ、一応そうなので否定はしない。
スカートが嫌いでも、お作法の時間にいつも叱られていても、一応女の子ではある。つまらないことにね。
「それよりアダム、おばあ様の指輪はちゃんと持ってきたの?」
せっかく夜中にこっそり抜け出して西の庭園まで来たのに、ここで忘れてたら台無しだ。
「大丈夫。しっかり内ポケットにしまってるよ」
アダムは胸をトントンと叩いて、ニッコリ笑う。
去年亡くなったアダムのおばあ様は、この学園に通っていた十六歳の時に妖精の部屋に入った女の子の一人だ。その話を小さいころから聞いていたせいで、アダムは男の子のくせにこの伝説を知っている。
お隣さんで幼馴染のあたしも一緒に可愛がってもらっていたおかげで、彼と一緒にその話を何度も聞いた。おとぎ話のような思い出のおはなし。
『六月の満月の夜に現れた妖精の部屋の扉はね、白くて美しいバラの彫刻が施してあったの。その部屋には可愛い魔女がいてね、ひとつだけ小さな願いをかなえてくれるのよ。この指輪はその時にもらったお守り。私はおじい様と無事に出会えたから、いつか返しに行きたいの。その時はアダムとリルカも一緒に行きましょう』
そう言って優しく笑うおばあ様があたしは大好きだった。すっごくすっごく大好きだった。
なのに……あたしたちが入学する年を指折り数えていたおばあ様が、一年早く逝ってしまうとは夢にも思わなかった。
今日は六月の満月の夜。あたしたちは、おばあ様の代わりにお守りを返しに来たのだ。
おしゃべりをしながら庭園をぐるぐると三周回ったけど、残念なことに今夜は扉など現れそうにもない。
そろそろ帰ろうかと言おうとしたところ、突然アダムがピタリと足を止めた。
じっと前を見据えているので、彼の視線をたどると、
「ほえ?」
思わず間抜けな声が出る。そこにはいつの間にか白い扉が出現していたのだから。
それはおばあ様から聞いた通りの扉だ。駆け寄って周りをぐるぐる回ってみたけど、ただの扉が一枚立っているだけ。
「これがその扉なのかな? どちらから開けるものなんだろう? 鍵穴は……なさそうだね」
「うーん、多分こっちが開ける側じゃないかな? とにかく開けてみよう」
そう言うや否や、アダムは止める間もなく扉を開け、あたしの手を引きながら扉の「中」に入ってしまった。
部屋の中は明るかった。
「あれぇ? お客さんだ。いらっしゃい。ちょうどスコーンが焼けたからお茶にするところよ。座って座って」
陽気にそう言って出迎えてくれたのは、亜麻色の髪をした十五歳くらいの女の子だ。その目は美しい紅玉と翠玉をはめたようなオッドアイで、おばあ様が言っていた魔女の姿そのもの。
彼女を見て、あたしはポカンと口を開いたまま動けなくなってしまった。
だってそうでしょう? 話には聞いていても、左右の目の色が違う人なんて初めてなんだから。しかもそれは宝石みたいにきれいで、ずっと見ていたくなる。
彼女が指し示した場所には大きめの円卓とそれを囲む椅子があり、アダムはそこへさっさと腰かけてしまった。
「ちょっと、アダム」
「歓迎されているようだし、遠慮はいらないんじゃないかな?」
呑気なアダムに唖然とし、扉を振り返って外に見える庭園を見る。ここへ来たかったはずなのに、つい尻込みしていたあたしは、
(扉が開いたままならいつでも逃げ出せるよね。)
そう考え、アダムの隣に浅く腰掛けた。
目の前に魔女(なのかな?)が座ると、パタパタとお盆が飛んでくるのが見えるのでびっくりした。しかもそれはよく見ると、背中に羽が生えた浅黒い肌に金色の髪の綺麗な男性が運んでいるのだ!
男性と言っても彼はあたしの膝にも届かなそうな大きさなのよ? おばあさまが持っていた大きなお人形くらい。
そんな彼の持つお盆の上には、急須やカップが人数分載っている。
ふと下を見ると二足歩行の黒猫、いえ、猫耳の男の子? が、スコーンの山を運んでいた。
二人とも重くないのかな? というか、あの人たちも妖精?
でもクロテッドクリームが添えられた焼き立てのスコーンはとてもおいしそうで、妖精の部屋なんだし、なんでもいいかと勝手に納得する。
小さな男の人たちはあたしたちにお茶を淹れてくれると優雅に一礼して、オッドアイの女の子の後ろに行ってしまった。彼女の名前は魔女のジュエルで、羽の生えた人はジャン、猫の男の子はネロというらしい。
あたしたちも簡単に自己紹介をして、「あなたは妖精?」と聞いてみると、ジュエルは嬉しそうにっこりと笑った。
「そうよ、リルカ、アダム。ようこそ妖精であり、星の魔女でもあるジュエルの部屋へ。可愛いお客様は大好きよ。どうぞ遠慮なく食べてね」
ジュエルは、あたしたちの返事も待たずに食べ始めた。アダムもお茶を手に取っている。その様子を見てあたしがスコーンを半分に割ると、ふわりといい香りがしてお腹が鳴った。
クリームとジャムも乗せてかぶりつくと
「おいしい!」
と声がでる。おいしい、すっごくおいしい!
警戒していたことなんてけろりと忘れてパクついていると、お茶を半分飲み終えたらしいアダムが内ポケットから指輪を出すのに気付いた。
「あれ? それ、クロエの指輪?」
ジュエルの口からサラッとおばあ様の名前が出たので、思わず食べる手が止まった。
「覚えてるんですか?」
「もちろん。そのお守りはクロエのために作ったやつだもん。クロエは元気? 返してくれるってことは、無事出会えたんだよね」
ニコニコ笑うジュエルは普通のお姉さんに見えるけど、実際はずーっと年上なのかもしれない。
アダムがスッと背筋を伸ばした。
「はい、おばあ様はおじい様と無事出会って幸せでした。これは、去年亡くなったおばあ様に頼まれて返しに来たものです」
彼の言葉に、楽しそうだったジュエルの手が止まる。
そして、ちょっと泣きそうな顔をして笑った。
「そう、君たちはクロエのお孫さんなんだ」
「ジュエルは、おばあ様の友達だったの?」
あたしも孫だと言ってくれたことが嬉しくて、でも寂しそうな魔女が気になってそう尋ねてみる。
「そうね、クロエとは友達だった。会えたのは二回だけだけど」
おばあ様は覚えてらっしゃらなかったみたいだけど、四歳の時にもこの部屋を訪れたらしい。扉が現れるのはあの庭だけではないのだそうだ。
ジュエルの部屋はあたしたちとは時間の流れが違うようで、「最後にクロエに会ったのは二年前だったわ」と言われ驚いた。次に会うときは結婚相手と一緒に来るものだと思っていたのだと。
「人の間には縁があるけれど、それはここも同じなのね。寂しいけれど、君たちに会えたのは嬉しいわ。――それで、君たちの小さな願いは何?」
気を取り直したように笑うジュエルの言葉に、あたしは少しだけ考えてみる。
「あたしの目的はおばあ様の指輪を返すことだから、願いは叶ってるのかな」
「欲がないのね。アダムは? おばあ様のように結婚相手の姿を見てみる?」
いたずらっぽい笑みを向けられ、アダムは少し驚いたような顔をした。
「僕の?」
「ええ」
当たり前のようにジュエルに頷かれ、アダムが目を丸くしながらあたしのほうを見た。
「リルカは?」
「あたしはいいよ。興味ないもん。でもアダムのお嫁さんは興味ある!」
あたしが前のめりになると、アダムは「そう?」と、ちょっと呆れたような顔をする。
「そうだよ。アダムのお嫁さんなら、あたしも仲良くなれる人がいいもん。クラスの子みたいに嫌味を言う子はヤダ」
入学以来、学園の中では二人でいることが少しだけ居心地が悪い。
「じゃあ、リルカの願いはそれにする?」
「嫌味を言われないこと?」
「そうね。どう?」
ジュエルの提案に一、二秒考えたあたしは、ふるふると首を振った。
「やめとく。少なくとも嫌味を言う女の子は、アダムのことが好きだからあたしが羨ましいだけだし、男の子は単純にお子様なだけだから。ほっとけば収まることに願い事は使いたくない」
「じゃあ、僕もやめよっと」
あっさり断るアダムにちょっとがっかりした。でも、
「代わりに僕たちと友達になってよ。それが願いだ!」
ふにゃっと笑ったアダムにつられて、あたしも笑ってしまう。
それいい! すっごくいい!
「あたしもジュエルと友達になりたい!」
「私と?」
目を真ん丸にするジュエルの後ろで、ジャンとネロが嬉しそうに飛び跳ねている。
一緒にお茶を飲もうよ。たくさん話をしよう。
おばあ様の分まで! ね?
---あとがき---
いつかリルカたちと、この学園の七不思議を書けたらいいなと思ってます
妖精の部屋へ続く扉 相内充希 @mituki_aiuchi
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