お散歩

〜寮 スピカの部屋〜

《身支度を整えたスピカは、ノックの音を聞くと部屋を出る》


シャウラ「おはようスピカ」


スピカ「おはよう、シャウラ」


シャウラ「学院から出るときは門で許可をもらうの。樹海は王国の調査隊基地まで立ち入れるわ」

「行きましょう」



~庭園~

シャウラ「あそこの小屋よ」


《学院に来たときにビスケットがいた場所。今月は人の姿が見えない》

《近づいてみると、小屋の中の椅子には黒猫が座っていた》


スピカ「猫ちゃん」


シャウラ「クロネ、チェックお願いね」


クロネ「にゃご……」

「遠くに行きすぎないようにね」


スピカ「喋った!」


クロネ「当然さ、私はすごい魔法使いだからね」


シャウラ「この子はクロネ。私の面倒を見てくれたりもしてるのよ」


クロネ「君はスピカだね?ヴァニラが手ずから招待状を書いたと言うから気になっていたよ」


スピカ「そんなに珍しいんだ……」


クロネ「彼女は結構気まぐれだし」

「さて。安全が確認されたエリアを離れようとしたときは腕輪が警告をしてくれる。くれぐれも気をつけて」


シャウラ「わかった。行ってきます」


スピカ「行ってきまーす!」


~樹海入口~

シャウラ「取っておきの場所があるの。周りを見ながら向かいましょ」


スピカ「うん」


《2人は話しながら歩き出す》


シャウラ「私、本を読むのが好きだって言ったでしょ?」

「本はね、たくさんの景色を見せてくれたの。砂の大地、氷の山、炎の洞窟……たくさんね」

「私はいつか、それらをこの目で見てみたいの。本の中で見た景色は夢みたいなものだから」

「そう言うと魔法みたいね?夢を本当にするって」


スピカ「夢かあ」


シャウラ「あなたには夢ってあるの?」


スピカ「どうだろう。私も色んなところを見て回りたいけど……夢っていうにはふわふわしすぎてるかも」

「具体的に何をしたいってわけじゃないんだ。もっと世界のことを知りたいってだけ」


シャウラ「十分じゃない、夢ってふわふわしているものよ」

「そうねえ、もし行き先が決まらないなら……私についてきたっていいわ」


スピカ「シャウラに?」


シャウラ「ええ。そうしているうちにもっと行きたい場所が出てくるかもしれない。それこそ冒険の醍醐味じゃないかしら」


スピカ「確かに、そうかも。いいアイデアだね!」


シャウラ「でしょ?まあ、まずは私たちがフラフラ出歩いても安心できる世界にならなきゃいけないけど」


スピカ「そんなに危ないんだ。うちの村ってあんまり危ないことなかったから……」


シャウラ「……ノーゼだったかしら。表向きはそうかもしれないわね」


スピカ「お、表向き!?」


シャウラ「ええ。ノーゼは穏健な半魔法派として有名なのよ」


スピカ「そんな……知らなかった」


シャウラ「だけどあなたは生きている。その心に夢を持ちながらね。だから、噂ほど悪い場所じゃないのかも」


スピカ「噂!?」


シャウラ「魔法使いを魔物に食べさせているとか、こっそり生き埋めにしているとか……」


スピカ「ひえーっ!そんなのなかったよ!」


シャウラ「噂話なんてそんなものよ、過激な方が人気が出るわ」

「だからもしそういう話をされても気にしすぎないことね。第一、あなたが今生きているのはこの学院だもの」


スピカ「そういうものかあ」


シャウラ「ええ。だから、いつか自分の目でもう一度確かめるのもいいかも」


スピカ「うん、そうだね」


シャウラ「……そろそろ着くわ、取っておきの場所」


《木々の隙間を通り抜けて、広場に出る。そこは赤い実が散りばめられた原っぱ》


シャウラ「イチゴ畑よ。たまたま見つけたの」


スピカ「わあ!すごい!」


《シャウラは草むらに近づくと、実をひとつとってスピカに渡す》


シャウラ「アザレ先生は食べても問題ないって言ってたから、平気よ」


スピカ「ありがとう、いただきます」


《イチゴを口に入れる。噛むと、甘酸っぱさが広がる》


スピカ「おいしい!」


シャウラ「でしょ?お休みの月はたまに来るのよ」

「イチゴもあるし、開けているから空もよく見える。風も心地いい。素敵な場所よね」


スピカ「うん、とっても!」


《2人は原っぱに座り、しばらく談笑する》


シャウラ「風が冷たくなってきたわね。そろそろ帰らないと」


スピカ「そうだね……良かったら、また来ようね」


シャウラ「もちろん。とても楽しかったわ」


《2人は来た道を戻っていく》

《しかし、帰路は順調でなかった》


シャウラ「……ねえスピカ。なんか変な気配がしない?」


スピカ「変な気配?なんだろう……わからないや」


シャウラ「うーん気のせいかしら。寒さでゾワゾワしてるだけかも」


スピカ「確かに涼しい気がする。風邪をひかないうちに帰らなきゃ……」


《2人は前方に見つけた姿に立ち止まる》

《2人の方に向かってゆっくりと歩みを進める何者か》


シャウラ「あ、あれって……魔物?」


スピカ「ひ、人の形はしてるけど……」


《緑色に光る肌の上に、暗黒のヴェールを被った花嫁のような見た目》

《スピカも気配の正体を理解したようで、後ずさる》


シャウラ「なんか……ただの魔物じゃないって言うか」


スピカ「あの人の周り……植物が枯れてる」


《謎の存在の足元を中心に、周囲の植物が萎れている。彼女が通り過ぎると、色を取り戻す》


シャウラ「どうしましょう、これ」


スピカ「え、えっと、引き返す?こっちに気がついてるのかな?」


シャウラ「わからないけど……逃げるしかなさそう」


「向こう側から学院に行ける道があるはずよ」


スピカ「……なんだか、歩調が早くなってる?」


シャウラ「え?」


《スピカの言う通り、謎の存在の歩みはゆったりとしたものから急ぎ足に変わっている》


シャウラ「い、急がないと」


???「ここは任せて」


《2人の前に降り立つ影。白髪の少女》


シャウラ「クロネ!」


スピカ「クロネ!?」


クロネ「言っただろう、私はすごい魔法使いなんだ」


「礼服の彼女は私に任せて、急いで学院に戻るんだ」


シャウラ「わ、わかった!行きましょ」


スピカ「うん!」


《シャウラはスピカの手を引いて走り出す》


クロネ「さて、どう撒いたものかな」

「おかしいねぇ。君はこんな入口近くに来ないはずだけど」


〜学院〜

スピカ「ふう、着いたぁ〜」


シャウラ「クロネは大丈夫かしら……というか門番は?」


ヴァニラ「随分と運に恵まれないな」


シャウラ「うわぁっ!?ヴァニラ先生、脅かさないでよ」


ヴァニラ「門番が門の近くにいて何がおかしい」


スピカ「クロネは代わりを頼んできたみたいだね」


ヴァニラ「はぁ。出会った神の堕とし子は誰だ」


スピカ「神の堕とし子……?」


シャウラ「樹海に住む特に強大な魔物よ。調査が進まない原因……だけど、私たちが立ち入れる区域にで目撃されたことはないはず」


「クロネは確か、礼服の彼女って言ってたわ」


ヴァニラ「礼服の彼女……1番大人しい奴か」


《ヴァニラはそう呟いた後、ハッとして考え込んだ》


シャウラ「先生?」


ヴァニラ「……いや、いい。お前たちにとっては残念だろうが、しばらく外出は禁止になるだろうな」


スピカ「うっ……でも、仕方がないよね」


シャウラ「そうね。安全が確認でき次第とかになればいいけれど」

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