取り換えられた二人

清水らくは

取り換えられた二人

 ドゥラントと名付けられたその子は、人間界では別の名で呼ばれていた。

 ドゥラントは生まれてすぐ、揺りかごから盗まれた。醜い妖精は彼を抱えると、代わりに人間にそっくりな妖精の子供を置いていった。「取り換え子」と呼ばれるものである。

 彼の本当の両親は、最初子供が取り換えられたことに気が付かなかった。三日のうちに気が付かれると、妖精界への道を辿られてしまう可能性があった。それを避けるため、取り換え子の姿は人間そっくりに見えるようまじないがかけられていたのである。

 四日がたち、赤ん坊の姿に異変が起きた。体中に毛が生え、頭からは角が生えてきたのである。両親は嘆き悲しんだ。父親は妖精界に行こうと言ったが、母親は止めた。夫が帰って来れなくなれば、一度に二人の家族を失うことになる。

 取り換え子は、人間と異なる姿ながらすくすくと育った。両親は元々の赤ん坊の名前を、妖精の子に付けた。追い出すべきだ、殺すべきだという村の者も多かったが、母親はかたくなに首を横に振った。

「もしあの子が戻って来れるとしたら、その時返すものがなければなりません。もう一度交換するため、しっかりと育てます」



 ドゥラントは、妖精界においてこき使われた。他にもそのような人間たちがいた。皆容姿端麗だが、決して笑わなかった。気が付くといなくなっていることもあった。

 ドゥラントが大人になると、彼もやはり容姿端麗になり、妖精の女王が所望したがった。

「お前は運がいい。人間界に多くの取り換え子を置いて来れたので、これまで2回、お前以外が悪魔への生贄に選ばれてきた。お前は美しく、賢い。私のもとにずっといるがいい」

 妖精界は彼らの安寧のため、8年に1回悪魔に人間の生贄を捧げる。妖精の命は求めないのである。そのために妖精たちは人間の子供を攫ってくるが、失敗した時のことを考えて多めに取り換えに挑む。

「僕は運がいいのですね。しかしあなたたちは運が悪い」

 ドゥラントは女王に向かい、不敵に笑った。

「なんだと」

「あなたたちは変わらぬ日々を過ごしていますが、伝え聞く人間界の話にもっと敏感になってよいはずです。人間の世界は大きく変わり、走る鉄の車が現れ、ついには空飛ぶ大きな塊も操るとのことではないですか。いつかこちらの世界にやってきて、妖精たちを滅ぼしてしまうでしょう」

「人間にそのようなことができるものか」

「あなたたちはかつて、敗北してこちらの世界に逃れてきたというではありませんか。結界に護られて、ずっと変わらずに過ごしてきた。それは、再びの敗北を先延ばしにしてきたにすぎません」

 女王はドゥラントを睨みつけ、叩きつけるような声を出して言った。

「ならば、私たちはどうすればいいというのだ」

 ドゥラントは、まっすぐに女王を見返した。

「戦うのです。勝利して、世界をすべて妖精界にすればいいのです」



 ドゥラントの言葉は、妖精たちに響いていった。彼の聡明さは、どんな妖精よりも優れていたのである。

「この世界で育った以上、僕はあなたたちのために尽くします。僕は人間ですが、人間の敵になれます」

 当然彼を疑う者も多かった。しかし、ドゥラントの予言が当たり始めたのである。人間たちは結界を壊し始めた。自然そのものを破壊することにより、結果的に妖精界を傷つけることになった。自然の理を解明することにより、妖精たちが得ていた力を人間も取得できるようになっていった。このままでは、妖精たちが滅びてしまうのは自明の事柄だった。

「どうすればいいと思う」

 憔悴しきった表情の女王が、ドゥラントに尋ねた。

「幸いにも、人間たちはこちらの準備は見えません。巨大な戦力で、一気に人間の国一つを奪ってしまいましょう」

 妖精たちは戦いの準備を始めた。言い伝えにある強力なまじないを使い、うねうねと動く大木や、思いのままに操れる風を生み出した。

 妖精と人間の、戦争が始まった。



 ドゥラントは剣術も巧みで、自ら前線に出ていった。仲間が敵から奪った兜を譲り受け、人間の顔を隠して戦った。

 人間は鉄の塊を走らせたり飛ばしたり、鉛の球を発射したりして戦った。圧倒的な戦力があるように思われたが、神出鬼没で不思議なまじないを使う妖精たちに、随分と苦戦した。

 夜の闇から、突如として妖精たちは現れ、敵を倒して去っていく。人間は心休まる時間がなかった。

「来る」

 しかし、そんな妖精たちの襲来を予告する者がいた。全身毛むくじゃらの老兵である。噂によるとすでに200年生きているとのことだが、真相は誰にもわからなかった。

「あの丘から、現れる」

 人々が銃を構えて待っていると、本当に妖精たちが姿を現した。待ち構えられていたことに驚いている妖精たちの中で、一人だけ兜を脇に抱えて微笑んでいる者がいた。

「あなたは妖精ではないか? だから僕らが来るのが分かった」

「俺は人間に育てられて、人間の村で育った。そういう者だ」

 毛むくじゃらの老兵は、ドゥラントに銃を向けた。

「ああ、そうだ。あなたに会うために、僕は生きてきた。両親は……僕の両親はどんな人だった?」

「お前の両親は知らないが、俺の両親は優しかった」

 ドゥラントは老兵に向かって駆けていき、剣を突いた。老兵は銃をまっすぐドゥラントに向けて、弾を撃った。

 剣も銃も、しっかりと目標を貫いた。

「地獄で……両親に抱かれたいよ」

 ドゥラントは、血を吐きながら笑った。

「天国にいるだろうから無理だ。俺は今から会いに行く」

 二人は、抱き合うようにしてその場でこと切れた。



 その後、取り換え子の話はどこでも聞かなくなった。争いに敗れた妖精たちは滅びてしまったのか、また別の世界に行ってしまったのか。人間たちには、それを知るすべがない。

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