居酒屋のカウンターで妖精を見た

坂本 光陽

居酒屋のカウンターで妖精を見た


 あなたは、妖精がいると思いますか? 河童や竜のような架空の存在なので、そんなものはいない。絶対に嘘だというでしょうか。私も馴染みの居酒屋で小耳に挟んだ時、そんなのは嘘だと思いました。


 仮に嘘ではなかったとしても、たぶん、お酒の飲みすぎで幻を見たのでしょう。「妖精を見た」と言っているのが、酔っ払いの小父おじさんでなくても、そう思ったにちがいありません。


 小父さんたちは何故、あんなにお酒が好きなのでしょう。みっともなく酔っぱらって、酔いつぶれて醜態をさらす。お金を払ってまで泥酔する気持ちが、私には理解不能です。


 ええ、私はお酒を飲みません。飲むことがあっても年に一回、結婚式でいただくコップ一杯のビールぐらい。それだけで顔が真っ赤になってしまいます。


 その居酒屋には月に数回、焼き魚定食を目当てに行く程度です。それでも「妖精を見た」という小父さんとは、何度か顔を合わせています。第一印象は真面目そうな優しい人でしたが、そのうち小父さんの話は聞き流すようになりました。


 なぜなら、「宝くじで一億円があたった」とか「一攫千金いっかくせんきんの儲け話がある」とか言っているからです。似たような戯言ざれごと枚挙まいきょいとまがありません。そうそう、「息子が海外で石油を掘り当てた」と言ったこともあります。


 そういえば、戯言は全て、お金がからんでいますね。それに対して、「妖精を見た」というのは、ニュアンスが違う。しかも、「居酒屋のカウンターで妖精を見た」というのだから、尚更なおさらです。


 居酒屋のカウンターにいた? 妖精が? その妖精とは一体、何なのでしょう。妖精と聞いて思い浮かぶのは、人形のように小さくて、背中に羽根のついているそれ。想像上の生物であることは子供だって知っています。


 いや、それだけじゃないですね。「妖精」と呼ばれる人間がいることを、私たちは知っています。すぐに思い浮かぶのは、愛くるしいアイドルや美少女のアスリートでしょうか。そういえば、新体操日本代表の愛称は「フェアリー(妖精)ジャパン」でしたね。




 後日、真相が明らかになりました。小父さんが見かけたのは、かつて「氷上の妖精」と呼ばれたフィギュアスケートの選手だったそうです。当時はアイドル顔負けの美少女だったのですが、四半世紀がすぎた今ではイメージが一変して、居酒屋のカウンターでくだを巻いていたとか。


 つくづく思います。お酒の飲みすぎはいけませんね。

 ご本人の名誉のために、名前は明かさないでおきましょう。



                 了



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