一日目①

 やっと家に到着した。道中、すれ違う人の視線が痛かった。

 こんな〝ど〟がつく田舎で、すれ違う人なんて極少数なのに視線が痛いなんて、此処が都会だったらと思うと気を失いそうになった。まぁ、都会では妖精を飼うことが割と当たり前なのかもしれないが。


 玄関の鍵を開けて台車を入れようとした時、幅的に入らないことに気がついた。仕方がないので手で運ぶことにする。

 妖精のケージを両手で抱え、持ち上げる。そして玄関の扉を足で無理矢理こじ開け部屋に入る。が、何故か手の指に激痛が走った。痛みのあまりケージを離してしまいそうになったが、なんとか堪える。

 恐る恐る痛みの走った手元を見ると、妖精が僕の指を噛んでいた。鋸刃状の歯が肉に食い込んで血が滲んでいる。

 僕は「こらっ、やめなさい」と叱ったが、妖精はむくれた表情でそっぽ向いた。当然腹が立ったが、今は玄関前の台車をどうにかしないといけない。畳むにしても物を退かしてからじゃないと無理だ。

 リビングのテーブルにケージを置いて、玄関に戻り荷物を運ぶ。三往復くらいして、やっとすべて運び終わり台車を畳めた。明日返しに行こう。


 次は妖精の世話だ。名前も決めないといけない。そうすることで正式に主従関係が成立する。僕がご主人様になるのだ。

 でも、いざ名前を決めようとすると何も思いつかない。全くと言っていいほど浮かばない。

 仕方がなくスマホを手に取り、インターネットの検索画面を開く。そしてそこに、『女性名 意味付き』と打ち込んだ。

 すると沢山の検索結果が出てくる。僕はその中から適当に選んだ。開くと女性名らしきものが五十音順に並んでいた。

 アーリヤ、エーベル、アビー。数え切れないほど沢山ある。でもその中で一つ、目に止まったものがあった。それは、『エラ』という名だった。意味は『美しい妖精の女性』ならしい。

 ぴったりだと思った。と言うよりは、他にしっくりくる名前がなかったと言うべきか。兎に角、これが一番合っていると思った。

 僕は、「エラでいい?」と妖精に向かって話しかけた。妖精が人間の言葉を話せる訳が無い。理解も出来ないだろう。でも、一応訊いておいた方がいいと思ったのだ。

 案の定、妖精は黙ってこちらを見つめている。口元には噛まれた時に出た僕の血液が付着していた。

 僕はそれを見て蒼白になる。先程の痛みを思い出した。まず最優先でやらなきゃいけないことは躾かもしれない。噛まれないようにしないと僕の手が持たないだろう。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る