即席ロマンチック

永瀬鞠

 


部員数2人の書道部の部室は、廃部の危機にさらされている状況を忘れさせる、日光が程よく入り込む南向きのあたたかい部屋だ。


「ねえ、小谷」

「なに?」

「帰りどっか寄ってかない?」

「また彼氏に断られたの?」

「また! 断られた!」


思わず勢いよく反芻してしまってから、続ける。


「体調悪いんだって」

「それこそまた? お見舞い行ってあげたら」

「来なくて、大丈夫だって……」

「そう」


相変わらず小谷は淡々と応える。


「なんか……浮気かなあって思うの、馬鹿馬鹿しい?」

「まあ、どちらかというと馬鹿馬鹿しいね」

「やっぱり? あたしの考えすぎだよね」

「そうじゃなくて、浮気かなって何度も思わせる人と付き合い続けることが」


ちらりと小谷を見ると、半紙と筆先に視線を落とすいつもの横顔がある。墨を吸った筆先が半紙に触れて黒い曲線をつくり出す柔らかい動きを見つめながら、小さく口を開いた。


「でも、あたしが疑い深いだけなのかも」

「まあそうかもしれないね」

「浮気だと思う?」

「浮気と同然だと思う」

「同然……どういうこと?」

「彼女を陰で泣かせる男なんて碌でもないと思う、ってこと」

「な、泣いてないよ!」

「目元がいつもより赤いけど」

「え?! 赤い?」

「泣いたんだ?」


反射的に目元に手を当てて顔を背けたあと、背後から聞こえてきた声に振り向くと、小谷は手を止めてあたしを見ていた。


「……カマかけたの?」

「さあ」


小谷の唇の端に彼お得意のきれいな笑みが浮かぶのを見て、目元に添えていた両手から力が抜ける。漫然とその手で自分の筆を取った。


「浮気だったらどうしたらいいんだろう」

「どうもこうも、三宅はどうしたいの」

「浮気、だったら……別れる」

「浮気じゃないなら?」

「……そのまま付き合う」

「ふうん。寂しくてしょっちゅうシクシク泣いてるのに?」

「み、見てないでしょうが! べつにあたしが寂しがりなだけだもん」

「でもそれも含めて三宅でしょ」


寂しがり屋なのは自分のよくないところだと思っていた。付き合う人にたくさん求めてしまう。なのに小谷がそんなふうに言ってくれるなんて思わなかった。


「僕なら寂しがる隙もないくらい可愛がるよ」


いつのまにか小谷は筆を置いていて、頬杖をつきながらあたしを見ている。楽しそうな笑みを滲ませながらも真剣に見えるその目に、吸い寄せられるように目が離せない。


「な、ど……」


なにそれ。どういう意味? どこまで本気なんだ、この男は。言いたいことはあるのにどれもうまく声にならない。


「どう?」

「ど、どうって?」

「これからは僕の前で泣いてよ」

「な、泣かせないって言ったじゃん!」

「寂しがらせないって言ったんだよ。泣かせないとは言ってない」


思わずつっこむと、小谷がふっと笑った。


「泣いてほしくはないけど、泣き顔は見たいかな」

「矛盾してるよこのドS!」


自分の心臓がうるさい。


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