妖精の綾芽ちゃん、お願いします!

藤泉都理

妖精の綾芽ちゃん、お願いします!




 噂は本当だった。

 隣のクラスにいる悪戯好きの女の子は実は妖精なんじゃないかって、友達にその噂を聞いた時にやったって喜んだ。


 絵本で読んだ事がある。

 妖精は悪戯好きだって。

 植物を操る事ができるって。

 人間に化けて尖がった耳と蝶みたいな形の透明の羽を隠せるんだって。


 きっと悪戯好きの女の子、綾芽あやめちゃんはみんなが言うように妖精なんだ。

 綾芽ちゃんは机を梅の木に変えちゃうんだって。

 私が梅の木に変えたんだよってみんなに元気よく言ってるんだって。

 梅じゃなくて桃がいいなとか桜がいいなとか甘い果物が生る木がいいなってみんなに言われてるんだって。

 梅って年寄りの花だから綾芽ちゃんのあだ名はばあちゃんねって言われてるんだって。

 綾芽ちゃんは怒らないで、ばあちゃんってあだ名を気に入っていて、みんなにばあちゃんって呼んでねって自分から言っているんだって。


 俺の机も梅の木に変えてくれないかな。

 どうせなら俺のクラスの机を全部梅の木に変えてくれないかな。

 俺は梅の花も、梅の実も大好きだ。花も実も可愛いし、何より梅干しが大好きだから。一日に十個食べてお母さんに食べ過ぎだって怒られるくらい大大大好きだから。

 机が梅の木になってくれたら、大切に育てる。俺の分だけじゃない。クラスメイトの分だって、何なら、小学校中の梅の木も大切に育てて、梅干しを作るんだ。






「っていう事で、よろしくお願いします!」


 昼休み。

 俺は精一杯身体を曲げて、精一杯腕を前と後ろに伸ばして、中庭のテーブルを梅の木に変えていた綾芽ちゃんにお願いをした。


「俺の学校の机を梅の木に変えてくださいっ!!!」

「やだ」

「えっ? 何で?」

「頼まれてから変えるなんて、やだ。私が好きな時に学校の机を梅の木に変えるのが楽しいの。頼まれてから変えるなんて楽しくない。やだ。絶対にやだ」


 そっぽを向いた綾芽ちゃん。ははん。なるほど、これがツンデレってやつか。

 ツンデレ好きな兄ちゃんにたくさん聞かされたから、解決方法もわかる。

 俺は顔を上げて腕を組んで胸を反らして言った。


「なあんだ。綾芽ちゃん。俺の机を梅の木にできないから、そんな嘘をついてるんだ。やあい。嘘じゃないってんなら、俺の机を梅の木に変えてみせてよ。あ。そっか。嘘じゃないんだ。本当にできないんだ。ぷぷう」


 ふふん。

 これでツンデレな綾芽ちゃんはできるって言って、俺の机を梅の木に変えてくれるはず。


「ああ。そうそう。できないできない。ごめんねえ」


 綾芽ちゃんは長い髪の毛を片手で払って、ごめんあそばせと深々とお辞儀をながら言うと、ここから去って行った。


「………っは! そうか! 綾芽ちゃんじゃなくて、ばあちゃんって呼べばよかったんだ。よし。放課後にもう一度頼もうっと!」


 落ち込んだ気持ちを消し去った俺は、るんるん気分で教室に戻った。











「いや。ばあちゃんって呼んでも嫌なものは嫌だし。諦めてよね」

「があああん」











(2025.3.10)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖精の綾芽ちゃん、お願いします! 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ