第21話 友人として応援したい
放課後、仁は瑠美菜の元に寄る。
「成海、ちょっといいか」
「え、桐生くん……」
瑠美菜は戸惑い、視線を仁から逸らす。
仁は構わず続ける。
「プロモーションビデオの審査はどうなった?」
「…………通ったよ。ありがとう。桐生くんのおかげだよ」
「そうか、よかったな」
「うん」
「……」
「……」
教室内で複数の生徒で賑わう中、その空間は沈黙に包まれていた。
その沈黙を仁が口を開き、壊す。
「次の選考はなんだ」
「次は面接だよ。次が最終選考」
「じゃあ、今からその練習だ」
「え」
「面接の練習をすると言っているんだ。それとも、今日は用事があったか?」
仁は眼鏡をくいと上げる。
「う、ううん。特には。家で面接の練習をしようと思ってただけだよ」
「じゃあ、練習相手がいた方がいいだろ」
「そうだけど」
「じゃあ、行くぞ」
仁は荷物を持ち、歩き出す。
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
瑠美菜は急いで帰りの支度をして、仁を追う。
歩いて10分ほど。
高層マンションの前に仁と瑠美菜は立つ。
「ここは?」
瑠美菜が問う。
「俺の家だ。最上階にある。行くぞ」
「なんで」
「なんだ?」
「なんで、そこまでしてくれるの? 契約は打ち切ったはずなのに……」
西日が瑠美菜を照らす。
瑠美菜の表情は仁にはよく見えなかったが、悔しそうな、悲しそうな表情をしていた。
「契約は打ち切った。そうだな。だが、それだけだ」
「え?」
「俺はお前の夢を叶える手伝いをする。それが俺の仕事だ。頼まれた仕事は最後までする。それがバンカーとしての責務だ」
「…………」
瑠美菜は上目遣いで仁を見やる。
「俺が、お前を応援して何が悪い」
「てっきり、怒ってるのかと思った」
「仕事に感情は無用だ」
「でも、応援してるって」
仁は眼鏡をくいと上げる。
「たしかに矛盾してたな。俺は仕事としてお前のサポートをする。でも、応援しているのはお前の友人としてだ」
「友人……」
「母親を救いたいんだろう? 俺が力になってやる。節介か?」
仁は瑠美菜を見つめる。
「ううん! そんなことない! 嬉しいよっ」
瑠美菜は満面の笑みを返した。
「全然ダメだな」
「うぅ~……」
仁はきっぱりと言い放ち、瑠美菜が落胆する。
「ちゃんと練習したか?」
「だから、これから練習しようと思ったの」
黒を基調としたマンションの一室で仁が瑠美菜に説教をする。
アイドルの最終面接の練習を行っていた。
瑠美菜の志望動機もあやふやで、アピールポイントも微妙だった。
「アイドルを目指しているのはもうわかっている。なぜ目指してるのかを聞いているんだ」
「う~ん、アイドルに憧れているから?」
「それを伝えていい。だが、どうして憧れているのかも言った方がいい」
「昔、病弱だった頃、アイドルを見て、私もなりたいと思った」
瑠美菜は淡々と仁の質問に答える。
「それでいいんだよ」
「そう、なの……?」
「ああ。それと、母のことも伝えていい」
「それはずるいんじゃ……」
「ずるくない。中には嘘をついてそのようなことを言う人間もいる。それに関して言えばお前は嘘じゃない」
「う~ん」
納得いっていない様子で瑠美菜は唸る。
「それじゃあ次は踊りだ。踊ってみろ」
「そう言われると踊りづらいな~」
「いつも路上ライブで歌って踊っていたじゃないか」
「あれは、誰も見ていないからできたんだよ」
「悲しいな」
「うるさいな! 改めて歌って踊れって言われると恥ずかしいの!」
「やれ」
「はい……」
瑠美菜は別室でアイドル衣装に着替える。
そして、仁の前でオリジナルソングを歌い、踊る。
「まあまあだ」
「採点辛くない?」
瑠美菜はジト目で仁を見つめる。
「内容、必死さは伝わってくる。だが何かが足りない……」
「何が足りないの?」
「うーん……」
仁は顎に手をやり考える。
「可愛さ、か」
「ぷっ、あははっ」
「何がおかしい」
「桐生くんからそんな単語が出るのがおかしくて」
瑠美菜は笑いをこらえ、仁は睨む。
「お前があと8歳若ければな」
「それ胡桃のことじゃん! ほんと、胡桃のことになると桐生くん甘いよね」
「実際アイドルとしての素質はくるみちゃんの方がある。事実だ」
「くるみちゃんって呼んでるの……?」
「…………」
瑠美菜は引き気味で言い、仁はしまったという表情で眼鏡を曇らせる。
「桐生くんってもしかしてロリコン?」
「何が悪い?」
「開き直った!?」
「良さを語ってやろう。小一時間掛かるがいいか?」
「良くないよ。趣旨が完全に変わっちゃうよ……」
瑠美菜は呆れて肩を落とす。
「そうか、それは残念だ」
「それはこっちの台詞だよ……」
「とにかく、お前に足りないのは可愛さだ。アイドルとしての可愛さが足りない」
「可愛さかぁ」
瑠美菜は眉間に皺を寄せ、首を傾げる。
「ああ、まず笑顔がぎこちない」
「そ、そうかな……」
「笑ってみろ」
仁は無表情で命令する。
「に、ニコ~」
瑠美菜はぎこちない笑みを見せる。
「ふざけてるのか」
「笑えって言ったんじゃん!」
瑠美菜は叫ぶ。
「ぎこちないんだよ。もっと自然にできないのか」
「自然って言われても……」
「さっき笑っていただろう」
「あれは面白くて笑っただけだもん」
「そういうのでいいんだよ」
仁は腕を組む。
「う~ん」
「思い出してみろ。俺はロリコンだ。I love ロリ」
「ぷっ、あはははっ」
瑠美菜は腹をよじらせて笑う。
「それでいい」
「え~これでいいの?」
「面白いと思ったことを思い出せ。そうすれば自然に笑える」
「なるほどね。ニコッ」
瑠美菜は先ほどのぎこちない笑みよりも自然に笑う。
「悪くない。それで踊ってみろ」
「う、うん」
瑠美菜は再び、歌い踊る。
「ああ、さっきよりかはましになった」
「そう?」
「アイドルらしくなったぞ」
「よかった」
瑠美菜は胸を撫でおろす。
「後は、志望動機とアピールポイントをさっき言った通りに直せ。そうすれば俄然良くなる」
仁は眼鏡をくいと上げる。
「う、うん。わかった」
瑠美菜は戸惑いつつも、仁の言ったことを素直に受け取る。
「ねえ、桐生くん」
瑠美菜は真剣な眼差しを仁に向ける。
「私、アイドルになれるかな」
不安そうに俯く。
「絶対とは言えない。でも、諦めなければきっと叶う」
「それじゃダメなの!」
瑠美菜は大声を出す。
「そうだな。母親のために早くアイドルにならなくちゃならない。その気持ちはわかる」
「……桐生くんに、わかるの?」
「俺にも病気の母がいるんだ」
「え」
「お前と同じ、俺は母のために為すべきことをやっている。それだけだ。できないことはしない。できることはする。それが人間のあるべき姿だ」
「桐生くんはストイックだね」
「お前も同じだ。お前は頑張ってる」
「あ、ありがとう……」
瑠美菜は少し頬を染め、仁から視線を逸らす。
「桐生くん、ごめんね」
「何が」
「契約、勝手に打ち切っちゃって」
「仕事ではよくあることだ」
仁は平然と答える。
「どうしても、1日でも早くアイドルになりたくて」
「聖城に言われたのか。早くアイドルになれるって」
「……そうは言われてないけど、アイドル関係者がいるから力になれるかもって」
「…………」
仁は顎に手をやる。
本当に、聖城は瑠美菜を早くアイドルにする気があるのだろうか。
いやしかし、すぐにアイドルにしてやらなければ、瑠美菜の本来の目的、母を救うということができない。
それは、聖城もわかっているはずだ。
「聖城には事情は伝えているのか」
「桐生くんが伝えたって」
「…………」
仁は聖城に何も伝えていない。
しかし、それを今、瑠美菜に伝えたら余計に混乱させることになってしまう。
「今は、聖城になんて言われている?」
「基本的なアイドルのレッスンをした方がいいって。アイドル養成所の人を紹介してもらって、練習してるよ」
それは霞から聞いた通りだ。
アイドルになってから大成するには訓練が必要だ。
それは間違っていないが、何かが引っかかる。
「レッスンの方は順調にいってるのか?」
「うん、まあ難しくて全然ついていけないけどね」
瑠美菜は苦笑いする。
「それにしても、桐生くんって相当聖城さんと仲が良いんだね。意外だよ。全然雰囲気違うっていうか、真逆な感じがする」
「……全然、仲良くなんてない」
仁は眉間に皺を寄せる。
「またまた~」
「…………」
本当に仲良くなんてないんだよ。
そう仁は言ってやりたがったが、ここでそんなことを言って瑠美菜を混乱させても仕方がない。
聖城が瑠美菜に何を言っているかわからない以上、迂闊なことは言えない。
「とにかく、レッスン頑張れよ。アイドルになるのも大変だが、続けてゆくのはもっと大変なんだからな」
「うん!」
仁に励まされたことがよほど嬉しいのか瑠美菜は上機嫌に頷く。
その後、他愛のない話をして、解散した。
仁は本気で瑠美菜がアイドルになるのを応援していた。
数日後、霞から衝撃の事実を聞かされるまでは――――
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