妖精といえば……ホットリミット! 真冬の河原で動画撮影するって先輩は正気ですか!?

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

西川のアニキじゃねぇか!

 雪のちらつく真冬の河川敷。

 俺は高校の動画研究部の小山内おさない先輩から服のカツアゲに遭っていた。


「さあ脱ぎなさい。そしてこれ着るのです」


「こ……これは!?」


 渡されたのは黒光りするホットパンツとどうやって着るのかさえわからない服。

 服というか帯やベルトとしか呼べない奴。

 時代の最先端を行き過ぎていて、二十年経っても廃れることのない先進的なデザイン。

 たぶん人類には早かった。

 追いつける気がしないセンスの塊。


「これはまさか滋賀県の裏の支配者! 淡海の覇王! 西川のアニキの正装じゃないか!?」


「うん。西川貴教さんなら冠婚葬祭これ一つで突破できる」


「えっ!? 葬式も行けるの?」


「だって黒だし」


「マジか! さすが西川のアニキは半端ない」


 死体も飛び起きるんじゃないだろうか。

 ただそれよりも気になることがある。


「あの小山内先輩? こんな服どこで手に入れるんですか?」


「ドンキに売ってた」


「……後ろにある巨大扇風機とキャンプ用バッテリーは?」


「ドンキに売ってた」


「マジか。ドンキ半端ない」


「ホットリミットセットやけくそ価格七割引き運命を感じた」


「絶対に夏から売れ残ってたやつですよね!?」


 小山内先輩は変人である。

 妖精のような可憐な容姿に惹かれて殺到した入部希望者を相手に、二十四時間耐久アサイラム映画祭を開催して選抜する猛者である。

 今年の入部者は俺一人だった。

 クソ映画マニアなめんな。


「どうして俺に着せようするんですか?」


「むしろどうしてさっさと着ない?」


 真顔で問い返された。

 雪のちらつく真冬の河川敷でホットリミットセットは寒すぎるだろう。

 そう返すのは簡単だが。


「全ての動画撮影を志すものの登竜門。それがホットリミットのミュージックビデオ再現パロディ。知らないとは言わせないわ」


「知らねーよ!」


「考えてみなさい。映像、特集効果、光の入り方、水しぶき、大道具、衣装、衣装を着てくれる役者。全てが揃わないと実現しないのよ。誰もが憧れる。それが西川のアニキのホットリミットなのよ!」


「なんか無駄に説得力のある話を放り込んできたな!」


 大事なことなのでもう一度言おう。

 小山内先輩は変人である。


「今なら私も全力で蒼井翔太の声真似やるから!」


「西川のアニキと蒼井翔太の組み合わせはポプテピピックの実写パートなんだよ!」


 夢の共演だった。


「どうしてボクを拒むんだい? 一緒にやろうよ」


「蒼井翔太の声真似が無駄にクオリティの高い!?」


 普段から練習していたのだろうか。

 小山内先輩のことだから絶対に練習している。

 たぶんこの日のために、ヒトカラなどで蒼井翔太の声真似しながらホットリミットの練習をしていたに違いない。

 ヤバい……ちょっと聞きたくなってきた。


「仕方ないですね。……ちょっとだけですよ」


「さすがは後輩くん。話がわかるね。二人で最高のミュージックビデオパロディを撮ろう!」


 こうして雪のちらつく真冬の河川敷にホットリミットが響き渡った。


「「YoーSAY!」」


 次の日風邪を引いた。

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