妖精――霊媒師ミユキの事件簿外伝3――

@AKIRA54

第1話 妖精

 妖精


「ミユキさん!公彦から電話です!また、事件の助っ人をお願いしたいそうです!僕が忙しいなら、ミユキさんだけでいい!って言ってました!」

わたしの名は、ミユキ。霊媒師とか、祈祷師とか、陰陽師とか、いろんな呼び方をされる。(あまり、ご祈祷はしない。真言を唱えることはあるけれど……)。わたしは、田舎での呼び方の『太夫』というのが好きなのだが、こちらでは、別の職業になってしまう。

フリーの霊媒師なのだが、最近は、元の師匠が経営している『心霊等研究所』という会社?の助っ人?下請け?そんな仕事ばかりしている。それなら、会社の社員?になればいいのだろうが……。縛られるのが好きではないのと、給料を貰う?という感覚がわからないのだ!祈祷やお祓いをして、その結果に対する報酬、あるいは、謝礼なら理解できる。何もしないで、給料という名目のお金を貰うことが、わたしの性に合わない。

「綾小路さんから……?まあ、暇だから、付き合うよ!どんな事件なんだい……?」

と、わたしは答えた。答えた相手は、クロウという、同業者。わたしの弟弟子だ。心霊等研究所の職員で、最近はわたしの相棒になっている。

綾小路公彦は、この春から、京都府警の本部刑事課に配属になった、変わり者の刑事で、クロウの幼なじみなのだ。刑事のくせに、心霊現象や、超能力を信じている。呪い、幽霊、妖怪、宇宙人、タイムスリップ、何でも受け入れる。心の広い──刑事向きではない?と思う──オカマっぽい男だ。わたしに恋心を抱いているようだが、ちょっと、ご遠慮したいタイプだ。(嫌いでは、ない!恋人には?なのだ……)

「妖精が殺人を犯した!っていうんですけど……?」

「ヨウセイ?『ティンカーベル』のような……?妖怪の間違いじゃないの?まあ、妖怪も人殺しはしないだろうけど……」

「クロウだけじゃなくて、ミユキさんも手伝ってくれるんですか?どうせなら、ミユキさんだけのほうが……」

「おい!公彦!ミユキさんは、忙しい身なんだぞ!俺が無理を言って、来てもらったんだ!謝礼が晩飯くらいじゃ、すまないから、な……!」

(おや?前の死体遺棄事件の謝礼も、晩飯を奢ってもらっただけなのね……?)

京都御所の西、京都府庁のすぐ近くに、警察本部はある。その近くの喫茶店の奥のテーブルに、わたしとクロウと、綾小路刑事が座って会話を始めたところだ。

「いいんですよ!今回は、妖精が殺人を犯したって聞いて、どんな妖精なのか気になって、わたしが勝手についてきたのですから……。その事件というのを、詳しい聞かせてくれませんか……?」

「まさか、『妖精』ってアダ名の女が犯人!なんて言わないだろう、な……?」

「おい!冗談は、顔だけにしろよ!そんな事件でミユキさんにご足労願えるか!閻魔大王と懇意の人の力を借りるんだぞ!」

引接寺の閻魔堂に祀られている閻魔大王を呼び出した折に、綾小路刑事は立ち合っている。ただし、閻魔さんとの会話は、一般人の彼には聞こえなかったはずだ。

「殺されたのは、鴨脚(いちょう)という神官をしていた老人なんですが……」

「イチョウ?どんな字を書くの?人偏のイタリアの『伊』と、『調べ』の伊調さんかしら?」

「漢字ですか?これ、漢字だと『いちょう』とは読めないな……!鳥のカモに足のキャクのほうの字ですよ!カモアシと書いて、イチョウと読むそうです……」

そう言って、綾小路刑事は、手帳に書いた鴨脚という字をふたりに見せた。

「神官をしていた?と、おっしゃいましたね?ということは……」

そこまで言って、わたしは隣のクロウに目配せをした。

「賀茂家の分家の一族ですね……!下鴨神社の神官は、鴨脚という者が代々、継いでいましたから……」

「なるほど、賀茂一族。だから鳥の鴨の字を使っているのか……。でも、どうして、イチョウと読むんですか、ね……?」

「鴨は水鳥だから、脚に水かきがあるでしょう?足を開くと、植物の銀杏の葉っぱに似ているから、だといわれているわ!」

「分家の末端の『脚(あし)』と呼ばれるのがイヤで、無理やり、そう読ませたんでしょう、ね……」

と、クロウがわたしの説明の捕捉をした。単なる想像に過ぎないことを……。

「ところで、事件の現場とか、妖精との絡みは……?」


「公彦が言っていた『コティングリーの妖精事件』というのが、これですか……?」

と、クロウが百科事典の1ページを開いて言った。わたしたちは、府立の図書館にいる。

クロウが示したページには、小さなモノクロ写真が印刷されている。イギリス人らしい可愛い少女と四人?の妖精が写っている写真だ。

「どう見ても、トリック写真ですよね……!なんで、有名な事件になったんですか、ね……?」

と、クロウが感想めいた言葉を発する。

「記事を読んでみな!アーサー・コナン・ドイルが本物と言ったそうだよ!」

「えっ!アーサー・コナン・ドイルって、あの、シャーロック・ホームズの作者の……?」

と、クロウが予想したとおりの驚きの声を上げた。

「そう、そんな有名人が、雑誌に論文を載せて、本物と認めたから、大事(おおごと)になったんだ!あの時代のカメラで、これだけ、ピントが合って、鮮明に写せるはずがないよ!妖精は踊っているようだから、当時のカメラのシャッター速度を最高にしてもブレが生じる。つまり、妖精たちは、動いていないのさ!」

わたしの説明に、クロウは、事典の記事を読んで、納得気に頷いた。

「これと同じ事典が、書斎のテーブルにあって、そのテーブルにもたれかかるように、鴨脚老人が倒れていた……」

と、クロウが綾小路刑事の説明を復唱するように言った。

殺人があったのは、一昨日の夜から、未明のことらしい。警察に通報があったのは、昨日の早朝だ。場所は、船岡山の近くの、鴨脚家の書斎。その家の長老の鴨脚マサトシが、書斎のテーブルでうつ伏せになっているのを、孫のヒミコが見つけた。すぐに、ヒミコの父親、ヨシトを呼んだ。

「パパ!おじいさまが……!」

という声に、ヨシトが書斎に入り、マサトシの身体を揺する。マサトシは、意識を取り戻し、

「よ、ようせい、が……」

と、言ったまま、息を引き取った。

テーブルの上には、百科事典があり、コティングリーの妖精事件のページが開かれていた。

「死因は、毒殺ですが、食べ物や飲み物に入っていたのではなく、背中側の首筋に、針のようなもので、刺された跡がありました。つまり毒を塗った針状のもので刺されて、毒が体内に入った……ということです!」

と、綾小路刑事は死因について語った。

「僕が、妖精が犯人だ!と考えたのは、もちろん、ガイシャの最後の言葉もあるんですが、その事典に載っている、四人の妖精のうち、クラリネットのようなラッパを持ったものが……、消えているんです……。しかも、部屋は、密室……」

「密室なわけないですよね……?孫のヒミコが部屋に入れたんだから……」

と、クロウが言った。わたしたちは、一旦事務所に帰って、お茶を飲んでいる。

「まあ、完全な密室ではないけど、鍵は掛かっていた。入口はひとつ。そのドアの鍵もひとつ。マサトシの娘、ヒミコの母、トミが預かっていた……。だから、誰もヒミコが鍵を開けるまで、部屋には入れないのよ……!」

「トミさん以外?あるいは、トミさんから鍵を盗んで……?」

「トミが犯人なら、ね……!ただし、トミはヨシトとひとつのベッドの中。離れから書斎まで行って、帰る!しかも、殺人を犯して……!そんな時間は、作れないよ!トイレは、離れに隣接しているし、ね……」

「夫婦が共犯者……?」

「まあ、綾小路さん以外の警察関係者は、その線で調べを進めているだろうね……。誰も妖精が、クラリネットの中に仕込んだ吹き矢で人殺しをした!なんて仮説は立てないよ……!」

「そのクラリネットを持った妖精が消えた!って、どういうことでしょう?」

「百科事典のそのページのその部分に、何かの液を使って消したんだろうね……。特殊な消しゴムってことかな……。何故に?と訊かれても、わたしは答えられないけど、ね……」

「さて、どうします?現場は現在封鎖中!公彦は異動したばかりで、我々を現場に入れる権限はない……!マサトシさんの霊魂を呼び出してみますか?近所の公園か神社に行って……」

「それより、気になることがあるんだ!鴨脚家は、賀茂一族の分家だよね……?と、したら、先日のお雛様の宝玉の件、所長から、知らされているよね?宝玉がこの世に存在し、誰かの手に渡っている!それを調べるようにという、御達し?か、指令を受けているはずよね……?宝玉が我々の手にあることは、まだ、知られていない……。シズさんは黙ってくれている……」

「たぶん、捜査は続けていますよ!我々には、内緒で、ね……!でも、今回の殺人と宝玉は、関係ないでしょう?」

「あるか?ないか?は、半々だね!ただ、賀茂家の分家と、西洋の妖精の取り合わせに違和感を憶えるんだよ……、鴨脚家を調べてみるか……」


「鴨脚家の長女にソノという名の二十歳過ぎの女がいます。D大の学生ですが、賀茂家の屋敷の最後の弟子のソノさんだと思います。今、カナちゃんに確認してもらっています……」

翌日、事務所のソファーに座って、わたしはクロウの調査結果を訊いている。

「つまり、宝玉が盗まれた火事の現場にいた娘だね?」

と、わたしは念を押すように訊いた。

「そうですね!でも、今回の事件当日は、屋敷にはいなかったようですよ!なんでも、男と同棲中だそうです……」

と、陰陽師の末裔は、すっかり刑事か探偵助手になっている。

「アリバイ?そんなモンは、考えていないよ!ソノさんは、当時、十四歳くらいだね?現場で何かを感じたかもしれない、よね……?あるいは、何かを目撃した、か……?」

八年ほど前の屋敷の火事で、雛人形と宝玉は燃えてしまったものと思われていたのだ。

「それが、今回の事件に関わりがある、ということですか……?」

クロウは半信半疑のようだ。

「鴨脚家に、宝玉の調査の指令が届いたのは、間違いない。ならば、その時──屋敷が火事になった時──の状況を知っている、ソノさんが調査に関わるはずよね?なのに、男と同棲中……?爺さんや、父親が許すわけがない!調査に協力しろ!となるはずよ……」

「まあ、火事の状況くらいは話したでしょうね……。その時、屋敷にいた者のリストだとか……」

「積極的ではないにしろ、一家の重要な仕事だから、何かは伝えた……?その中に『妖精』に関わる事柄があったんじゃないかな……?これは、かなり大胆な想像だけど、雛人形が燃えていた時に、ソノさんは幻を見た!たぶんそれは、炎と煙の所為だろうけど、妖精の姿を……ね……」

「どうも、事件が解決しそうなんですよ……!」

と、公彦が言った。府警本部の応接室だ。

「犯人が捕まったの?」

と、わたしは訊いた。

「まだ、容疑者段階で、事情聴取しているところですが……」

「誰なんだ?娘のトミか?婿のヨシトか?」

と、クロウが突っ込んだ。

「いや!ソノという娘の恋人というか、同棲している男だ……」

と、公彦が小声で答えた。

「へぇ~?そんな男に、爺さんを殺す動機があるのかい?」

「まあ、ソノとの関係を反対されているから……」

「結婚を反対されているから、祖父を殺す?父親か母親じゃなくて……?」

「クロウ!チョイと黙りな!公彦さん、その容疑者のことを詳しく教えてくださいますか?職業とか、シズさんと同棲するようになった経緯(いきさつ)とか……?いや、まずは、容疑者の名前は……?」

捜査中の案件について、情報を漏らすことは、マズイことなのかもしれないが、訊かないわけにはいかない。

「わぁ!公彦と呼んでくれましたね!名前のほうで……」

(おいおい、何を勘違いして、喜んでいるんだい?そっちに話を脱線させないで欲しいよ……!)

「ゴホン!」

と、クロウがわざとらしい咳をする。

「ああ、大丈夫!捜査本部は、北署だから、担当者もそっちにいる!聴かれる心配はない……!」

と、公彦は心の動揺を抑えるように、冷めたお茶を飲んだ。

「ソノの恋人は、梨木陽生(なしきあきお)。年齢は、四十になるらしい……」

と、手帳のメモを見ながら、公彦が言った。

「四十?オッサンかよ?父親とあまり変わらない歳じゃあないのか……?」

「クロウ!余計なことだ!それより、梨木という姓は、やはり、賀茂一族の分家の可能性があるよ!公彦さん、『あきお』ってどんな漢字ですか……?」

「それなんですよ!容疑者の決め手になったのは……」

「名前が?決め手?」

「ええ、『あきお』の『あき』は、太陽の陽!『お』は、生きるという字です。つまり、音読みすれば……『ヨウセイ』……」


「できすぎですよね……?名前を音読みしたら、ヨウセイだから……?それで容疑者?」

と、クロウが言った。わたしたちは、北に向かっている。公彦から教わった、ソノと陽生が同棲しているマンションを訪ねるところだ。ソノも北署で事情聴取をされて、現在はマンションにいるらしい。刑事が家宅捜査をした後片付けをしているはずだ、という。

「しかし、疑われる要素はあるわね……。まず、梨木家と鴨脚家の対立よ!どちらも賀茂一族の分家筋。勢力争いもある。しかも、雛人形の宝玉探しの指令が出たタイミング。見つけたほうが、一族の主導権を握る……?かもしれない……」

「確かに、梨木と鴨脚は『犬猿の仲』とは聞いていますけど……?今の時代……?『葵祭』の主導権争いでもするつもりですか、ね……?」

陰陽師の賀茂家と、賀茂神社の賀茂家は、別の一族とされているが、実は祖先は同じである。賀茂忠行に始まる陰陽頭の系譜は、今は途切れている。わたしたちの修行した賀茂家は、賀茂県主氏の系譜だそうだ。神官をしていたある一族の者が、陰陽道に興味を持ち、別系統の賀茂家の秘事を学んだそうだ。どうも眉唾物だ。

「我々、部外者にはわからない部分があるのかも、ね……。それと、ソノと陽生の関係だけど、同棲というより、不倫だよ!陽生には、別居中の奥さんがいる。結婚するには、離婚が先だから、ね……」

「まあ、鴨脚家は全員反対しますよね……!特に、実質当主のマサトシ爺さんにすれば……、『ワシの眼の黒いうちは……!』でしょう、ね……。なんで、ソノは、よりによって、そんな男を選んだのですか、ね……?波風どころか、嵐を呼んでしまうのに……」

「わたしの勘だけど、ソノは陰陽師なんかになりたくなかったんだよ!だけど、長女に生まれて、下はかなり年下の妹。母親と同じ道を歩むことが決まっていた……。修行という名目で、小学校を卒業したら、半分『女中奉公』だよ!親を恨みたくなるよ!いや、その家系とか、一族とかの『しがらみ』のほうを、ね……!」

「しかし、なんで女系家族なんでしょうかねぇ……?賀茂家も鴨脚家も……?」

「さあね、もうひとつの分家の泉亭家の呪いかもしれないよ!これは、冗談だけど、ね……」

「そういえば、雛人形を盗む計画をした、タケとケンの兄弟は、その泉亭の一族ですよ!そっちは、男系のようですね……?」

「へえ~そうなの……。じゃあ、コヨは?」

「あの娘は特殊な……!ミユキさんのような、地方の陰陽師の娘だそうです。播磨の陰陽師の流れだとか……」

「あら?わたしは特殊な存在だったの?」

「まあ、小野篁の末裔なら、一流ですけど、土佐の太夫の養女という触れ込みですから、タケとケンなんか、鼻で笑っていたでしょうね……!才能を見抜く才能もない、家柄だけの陰陽師ですから……」

「クロウも陰陽師の家柄としたら、末端なのか……?でも、わたしの才能を見抜いていたわね……」

「当たり前でしょう!誰よりも霊能力が、オーラが溢れていましたよ!いや、僕には、人には見えなかった……。弥勒菩薩のようでした……」

「ハア、修行が足りてなかったんだね……?そんなオーラ剥き出しじゃあ、霊媒師は失格だよ……!新興宗教の『教祖さま』じゃあないんだから……」

「クロウさん?あら、賀茂の屋敷にいた、先輩の……?あの頃は、短髪でしたよね?」

マンションのドアを開けた女性が、クロウの自己紹介に対して、そう言ったのだ。

マンションと言っても、アパートよりまし!程度の二階建ての建物だ。その二階の角の一室に、鴨脚ソノと梨木陽生は暮らしていた。

「まあ、こちらが、ミユキさん?コヨさんから聞いていましたよ!修行もしていない身で、雛人形の宝玉の在処を見抜いた!伝説の……」

と、ソノは片付けが終わっていない和室に我々を招き入れ、ちゃぶ台に湯飲みを揃えながら言った。

(修行はしていたよ!超一流の太夫の元でね……!妖(あやかし)の化けた、お坊さんや、化け狐の姉弟。たまに来る狸の百姓さん……。おまけに、お遍路中には、河童や天狗にも会ったし……。でも、傍に心が通い合うスエさんという、お姉さんがいたから、わたしは迷わなかったんだ……!)

「それで、わたしに何の御用?賀茂屋敷のOB会でもするのかしら……?」

と、ソノが冗談交じりに言った。

「わたしたちは、賀茂の師匠が開いている『心霊等研究所』に勤めています!つまり、例の雛人形の件を調べているんです!そしたら、ソノさんのお祖父さんのマサトシさんが亡くなった!しかも、殺人事件で、容疑者として、梨木家の陽生さんが拘束された!と聞きまして……」

「なるほど、クロウさんにも指令が出たのですか……?賀茂一族の中だけ!と思っていたのですが……。でも、祖父の事件と雛人形の件は、関係ございませんよ!陽生さんが拘束されたのも、容疑者じゃなくて、参考人で、事情聴取が長引いているだけですわ!彼がお祖父さまを、殺すわけがないわ……!」

と、ソノはわたしの考えていたとおりの回答をしてくれた。

「ソノさん!あなたも陰陽師の修行をなさった方!わたしとクロウの能力は、お察しできますよね……?我々は、古い陰陽道ばかりではなく、古神道や密教、道教の流れを汲む呪術や修験道も駆使できるのですよ……!わたしは、仏を守護する明王さまたちとコンタクトできますし、クロウは、死者の霊魂を招霊できます!あなたのお祖父さまの霊魂も、ね……。それと、雛人形の宝玉も、もう在処を知っているんです!盗んだ者も方法も、ね……!」

そこまで言って、ソノの眼をじっと見る。わたしには、読心術、あるいは、テレパシーの能力はない!有るかの如く振る舞うだけだ。

「お祖父さまを呼び出したのですか……?それで、犯人がわかった!と……?」

と、ソノは怯えるように、小声で尋ねた。

「ソノさんは、賀茂の屋敷が火事で焼けた現場にいましたよね?そこで、何かを見た?宝玉を盗んだ犯人に繋がる何かを……?それをお祖父さまにお話になられた……?それが、殺人に繋がったのですよ、ね……?何を見たのか、当てましょうか……?あなたは、燃える屋敷に、妖精を見たんでしょう?」

「お祖父さまから、聴いたのですね……?あの夜のことも……」


「ミユキさん!あれは、ルール違反じゃないですか……?招霊していないのに、したふりをして、自供させるなんて……」

と、クロウが言った。

「ソノがお祖父さんを殺した?まさか、あんた、あの告白を信じているの?」

わたしたちは、警察本部近くの喫茶店にいる。事件の進捗状況を公彦に訊くためだ。公彦は、のちほど合流することになっている。

「あれは、偽の告白……?ということは、誰かを庇っている……?つまり、真犯人は、梨木陽生ってことですか……?」

ウエイトレスが立ち去ったあと、クロウが小声で尋ねた。

「途中までは、正解!真犯人は陽生じゃない!妖精だもの……」

「妖精?ミユキさん、本気で写真の中の妖精が飛び出して、針を刺した!と思っているのですか……?」

「まあ、結論を急がないで……!さっきのソノさんの告白を吟味しましょう!嘘も混じっているけど、本当のことが多いわ!まず、火事の現場で、妖精の幻を見た。現場は、大混乱で、怪我人も出たそうね。コヨさんは、大火傷を負った。こっちは、雛人形を盗み出して、油を撒いて火をつけたときに、炎をかぶったのね!人形の報復かもしれないけど……。宝玉の捜査の指令が出て、お祖父さんのマサトシさんに、当時の現場の様子を尋ねられて、妖精のことを話した。マサトシさんは、誰かが、西洋の妖精を式神のように操って、雛人形の中の宝玉を盗み、屋敷に火をつけた!と考えたのね……。そこで、西洋の百科事典で妖精のことを調べた……。ここまでは、真実のようね……」

そこまで、話して、わたしは、運ばれてきたコーヒーを飲んだ。

「さて、事件当日の夜。その調べもののために、マサトシさんは書斎に籠る。部屋の入口のドアは、中からノブのツマミを回して施錠する。外からは、娘のトミさんが持っているキーを使って開けることができる。夜中から明け方に何があったかは、あとにして、翌朝、七時頃、朝食の時間にトミさんは娘のヒミコちゃんにキーを渡し、お祖父さんに、朝食ができたことを知らせに行かす。キーを回して、ドアを開けると、机にもたれてマサトシさんが倒れている。ヒミコちゃんが大声を上げて、父親のヨシトさんを呼ぶ。ヨシトさんが、父親の身体を起こすと、今際の際の言葉を口にする。『よ、ようせい、が』と言って、息が絶える。傍らにあった、百科事典のページには、『コティングリーの妖精』の項目と写真。その四人の妖精のひとり、ラッパを持っている妖精が消えていた……。ソノさんは、午前中に、母親から、電話があって、家に帰って、そのことを聴いた……。ここも真実のようね……」

「ええ、公彦から聞いている事件の内容と合っていますから……」

「で、肝心な、犯行の部分が問題よ!ソノさんの告白だと、夜中に家に入った。玄関の鍵は持っていた。まあ、自分の家だから、鍵くらいは持っているわね!そこからが、眉唾物なのよ!誰にも気づかれず、書斎のノブを回すと、鍵は、かかっていなくて、マサトシさんは、うたた寝をしていた。だから、その首筋に、針を刺して、そのまま、逃げた!ってことなんだけど、ね……。じゃあ、朝の時点で鍵がかかっているのは、何故?ってなるわよ、ね……?」

「梨木陽生が自白したそうです……!」

と、遅れてきた、綾小路公彦が、テーブルのコップの『お冷や』を飲み干して言った。わたしの分ではなく、クロウの飲みかけだった。

北署の取り調べ室で事情聴取されていた、ソノの愛人?梨木陽生が、犯行を認めた、というのだ。しかも、犯行の遣り方が、ソノの告白と、ほぼ同じだった。違っているのは、玄関の鍵は、ソノの鞄から盗んだというところだ。

「つまり、ふたりとも、嘘をついているってことね!陽生は、ソノの犯行と思って、ソノを庇っている……」

と、公彦の話を聴き終えて、わたしは、都合よすぎる犯行を否定した。書斎の鍵のことも、矛盾していると、話した。

「ソノは、陽生を庇っているってことですね……?」

と、公彦はわたしの意見をすんなり受け入れた。クロウより、素直だ。

「そこは、まだ結論が出ていないのよ!真犯人を庇っている可能性もあるでしょう?」

「母親のトミですか……?」

と、もうひとりの容疑者を指定する。

「さて?まだ、謎解きには、確証が足りないわ!写真の妖精を消す能力を誰が持っているのか……?」

「妖精を消す?あれは、特殊な液体で消したのでしょう?」

と、公彦が驚きの声を上げる。

「鑑識さんは、その液体を突き止めたの?」

「いえ、謎だそうです……」

「わたしは、現物を見てないけど、ラッパを持った妖精ひとりだけが、消えていたのよね?あの写真の妖精は、全部で四人で、皆、踊っている。ラッパの妖精は、少女の右腕の前に居る。そのすぐ側に、もうひとり、妖精がいる。消しゴムで消しても、修正インクでも、ラッパの妖精を消すと、少女の右腕も消えて、ヘタすると、もうひとりの妖精の身体も、一部分、消えてしまうのよ……」

と、わたしはかなり飛躍した推論を、さも確証があるかのように語った。

「ええっ!じゃあ、本当にラッパの妖精は、事典から、飛び出した……?」

予想どおり、公彦が食いついた。

「そうね、誰かのかなり高い能力のおかげで、ね……!」


「お忙しいところ、お集まりくださいまして、ありがとうございます。わたしの名前は、ミユキ。霊媒師と呼ばれています。こちらは、わたしの相棒のクロウ。ふたりとも、賀茂家の陰陽師の目録を頂戴している者でございます……」

まるで、場末の興行師の舞台挨拶か、口上のようなセリフを言って、わたしは一同に視線を送った。

場所は、鴨脚家の書斎。つまり、殺人現場だ。集まっているのは、鴨脚家の家族。ヨシトとトミの夫婦。長女のソノと次女のヒミコだ。そして、刑事の公彦と、主任刑事の安村という年輩の刑事がいる。その側には、梨木陽生が、手錠をされて座っていた。皆、それぞれ、ソファーや、椅子に座って、わたしに視線を向けている。部屋は鍵がかかっていて、外には警察官が立っている。

自供した容疑者を伴って、事件現場の再現をするという名目なのだが、そこに、わたしとクロウが入ったのは、賀茂家の力が関係している。府警の本部長や、検察のトップにコネを使ったのだ。

「わたしどもが、呼ばれたのは、鴨脚マサトシさまの殺人事件を解明するためです!マサトシさまは、賀茂一族の分家筋では、それなりの実力者。その霊能力とわたしたちの能力で、マサトシさまの霊魂を呼び出してみようと思います。お疑いなさる方も居られるでしょうが、警察関係者以外は、皆、賀茂一族にゆかりのある方々。信じていただけると思います……」

安村という刑事だけが、不満気な顔をするが、上司から、黙ってよく観察していろ!と言われているそうだ。公彦がそっと教えてくれた。

マサトシが倒れていた机の上に、西洋の百科事典を置く。当日の物とは別の物を用意している。妖精四人が写っているページを開く。その本の横に、クロウがヒト型の切り紙を置く。

「では、始めます!私語は、お控えください!マサトシさま以外の危ない霊まで、招く恐れもあります……!」

一同に、そう釘を刺し、わたしとクロウは、机の前の床に結跏趺坐の形で座った。

部屋の灯りを消して、わたしは、不動明王の護符を取り出し、恭しく、真言と詔を唱える。傍らで、クロウが招霊の真言を始めた。

白いヒト型がスッと立ち上がり、ユラリと揺れた。それと同時に、百科事典から、半透明の妖精がひとり、ユラユラと立ち上がった。

『よ、ようせいが……、消えた!式となったのか……?』

と、しゃがれた声が部屋の何処からか聞こえてきた。

「ウソよ!お祖父さまの霊魂は、封じ込められているわ……!」

「まだ、よくわからないのですが、ね……!」

と、コーヒーカップを持ち上げて、飲む前に、公彦が尋ねた。

「本当に、マサトシさんの霊魂が喋ったのですか……?」

わたしたちは、警察本部の近くの喫茶店にいる。

「信じるか、信じないか、は、本人次第よ!」

と、わたしはコーヒーを一口飲んでから答えた。

「犯人が、孫のヒミコだと、いつわかったのですか?」

と、公彦が質問を変えた。

「ソノさんが、誰かを庇っている?と思った時よ!」

「陽生じゃなくてですか?」

「陽生には、犯行は不可能とわかっていたのよ!それと、妖精が消えたこと……。ソノさんにも霊能力があるけど、ヒミコちゃんには、もっとあることを、家族は知っていたのよ……。だから、ソノさんは、犯人はヒミコちゃんではないか?と、疑っていたの。そこへ我々が現れた。我々の能力を知っているから、まず、自分が殺した!と嘘の自供をした。時間稼ぎをしたのよ……!」

「時間稼ぎ?」

「そう!我々にマサトシさんの霊魂を招霊されないように、先にソノさんとヒミコちゃんが招霊して、霊魂を封じ込めたのよ!お祖父さんも協力したでしょうね……!」

「では、やっぱり、あの声は偽物?」

「まあ、ね……」

「あの妖精が、本から現れたのは……?」

「薄いセロハン紙に妖精の絵を描いて、本に乗せておく。ちょっとした念で、動かすことができるのよ……」

「サイコネキシス?念動力、なんですか?」

「それくらいは、霊媒師だから……!でも、本の中から、ひとりの妖精だけを取り出すなんて、わたしにはできないわ!」

「ヒミコちゃんには、できたのですか?」

「いえ!マサトシさんと合同で、やったのよ!ひとりの念動力では、無理だと思うわ……!事件の真相は、ヒミコちゃんが供述してくれるといいけど……、たぶん、精神鑑定に回されて、無罪になるわ……!だから、推論しかないけど、わたしには、かなり鮮明に事件の映像が見えたのよ!実は、内緒だけど、宝玉の入ったお雛様を抱えていたから、部屋の中の残像が、見えたってことなんだけど……」

わたしは、その残像で見たシーンを公彦とクロウに語った。

『ヒミコ、この妖精を式神にして、自由に操ることができるだろうか?』

と、その夜遅い時間。書斎に孫のヒミコを招き入れて、マサトシが尋ねた。

『この本から出すことができたら、式神として使えるように、訓練できるわ!でも、本から出すのが、難しいわ……』

『ヒミコでも無理か……?よし!ふたりでやってみよう!このラッパを持った妖精に絞るんだ!』

『これ、ラッパなの?吹き矢の筒か?と思った。毒針のついた吹き矢を放つ道具だと、思ったわ!』

『ははは、それは面白い!悪者をそれでやっつけるか……?そうしよう……!』

ふたりは、百科事典の写真に念を送る。すると、その妖精が、スルリと写真から抜け出したのだ。

『よ、ようせい、が……』

と、マサトシが驚く。

『イカン!ヒミコ、おまえの能力は、封印せねばならない!まだ、幼い子供のおまえには、その能力は大き過ぎる!』

『イヤよ!やっと、わたしの式神が手に入ったのよ!これで、いじめっこを懲らしめてやるわ……!』

『イカン、イカン……!あっ!ヒミコ、何をした……?』

と、いうところで、映像は切れたのだ。

「つまり、マサトシさんとヒミコちゃんが協力して、妖精の式神を作った。吹き矢を持った妖精の式神を……ね。マサトシさんは、その式神をヒミコちゃんが使うことを恐れて、能力を封印しようとしたのよ!それを嫌がったヒミコちゃんが、式神を使って、マサトシさんの首筋に、吹き矢を撃ち込んだ……!これが事件の真相よ!」

「本来は、ラッパなのに、吹き矢に変えて、しかも、毒針の作用まで、可能になったのですか……?」

「ふたりが、そう思い込んで、念を込めて、そういうモノを造り出したから、本人には、毒が作用したのよ……!」

「それで、その式神は、どうなったのですか?」

「使っちゃったから、ただの紙切れね!チリ箱行きよ……!」

と言って、また一口コーヒーを飲んだ。

「わたしが、ヒミコちゃんを疑ったもうひとつの理由があるの!それは、ドアの鍵がかかっていた!と証言したことと、マサトシさんが倒れているのを見て、眠っているとは思わず、息をしているかも確かめないで、父親のヨシトさんを呼んだことなのよ!死んでいると、最初から知っていた?としか思えないでしょう……?」

「さすが、名探偵ミユキさん!安村警部補からも、次回から、捜査協力をお願いしたい!と伝えてくれと言われてしまいましたよ……!」

(はあ?誰が名探偵……?あんたの世話は、クロウの担当!おまけに、不細工なオッサンを押しつけるなよ……!)

  了

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妖精――霊媒師ミユキの事件簿外伝3―― @AKIRA54

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