妖精使いはラブコメしたい!

ねくしあ@新作準備中

とある祭りの夜に

「んーっ! むーっ……!」


 夜の帷が降り始めた頃、とある図書館には一人の少女がいた。


 その少女は細長い耳と、それを隠すように伸びる白い髪を持っていた。それは目元もうなじも隠れてしまうほどに長く、暗い印象を与えるには充分なほど。


 今は、短い腕を最大限伸ばし、高い場所に仕舞われている本を取ろうとしているところ。踵を浮かせて背伸びして、声が漏れ出るほどに精一杯努力している。

 だが、本までは10センチ程度足りない。その差を解消できる物理的手段はここにはなかった。


「いっけね、本の返却期限今日までだった……!」


 そこに、焦った様子の若い青髪の青年が通りかかる。

 装いはラフなものであったが、戦闘にも使えるくらいにはしっかりしたもので、腰につけている短剣が彼の職業を推察させる。


 少女はそれを見てドキリとした。

 それは青年の容姿が美しく、活気に溢れていて——端的に言えばかっこよくイケメンだったから。


「(私は見た目になびくような軽い女じゃないっ……!)」


 と思っているのに、自分の心臓が強く鼓動を打った事実に驚きを隠せず身体がたじろいでしまう。


「あっ——!」


 ずっとつま先で立っていることなど不可能。

 そこからバランスを崩し、思い切り後ろに身体が倒れてしまう。


 その声に青年が反応し、少女の姿を見た。

 思考が止まり、頬が赤くなったのも束の間、女性の危機に青年は方向を変え駆け出そうとする。


«助けてあげるね!»

«大丈夫! 大丈夫!»

«痛くない! 怖くない!»


 少女の脳内に、幼い子どものような声が響く。

 次の瞬間、少女の背後には風魔法によるクッションが出来上がっていた。


「よ、妖精さん……ありがと」


 少女の呟きに、声の正体——妖精たちはニコニコと笑った。

 少女の周囲を飛び回り、仕事をこなした喜びを身体で表現している。


«大丈夫! 主のため!»

«ずっと一緒! そのためならなんでもする!»


 青年は、それを知覚することは出来なかった。

 彼は本職の魔術師ではないからだ。


 だが、何かが起こったことだけは理解している。高い次元の事象がそこで始まり、終わったことだけは。


 だからこそ、青年は少女に興味を持った。冒険者として共に生きられたらどんなに素敵なことだろうか、と。


「えっと、君はどうして図書館に?」

「わっ、わたし、お祭りとか興味なくて……街は騒がしいからここで本を読んで過ごそうかなって」

「トリの降臨祭に興味がないのか? 不思議な人もいたもんだ……」

「……あなたは、どうして?」

「あー、俺か。俺は飽きた側だよ。なんか妙に人が寄ってくるもんだから集中して楽しめなくてな」


 その発言に、少女は目を薄めて青年の顔をじっと見た。

 犯人を見つめるような目つきであるが、青年はそれに気がつくこと無く首を傾げて肩をすくめて降参の意を表明した。


「ねぇ、飽きたってそれ興味がないのと同じじゃないの?」

「いんや、違う。興味はあるんだが、足が向かないんだ」

「それは興味をなくしたっていうんじゃ」

「いやそうじゃなくって……ぬぅ、どう言えばいいんだ」


 他愛のない、意味なんてない会話。

 だけれど、二人が笑うためには充分な程度の意味を持っていた。


「あははっ」「はははっ」


 しかし、妖精は二人の名を隠し続ける。

 主を守るために。不安定なものにその身を委ねないように。

 

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