第44話 ちょっと街まで


 

 それからは父上は夕方までお仕事、僕は夕食後に父上と魔法の練習。

 首都の屋敷に帰ってからもだいたいそんな生活。

 父上は僕の練習が終わってからまたお仕事をしているようで、執事が睡眠時間の心配をしているのを聞く。

 

 僕もこっそり昼間に練習してみたりはして、空気から水を集めることはできるようになった。

 まだ気を抜くとすぐに霧散してしまう程度の小さな水滴だけど。

 火の魔法も少しだけなら教えてもらえて、夕方の練習では蝋燭に火をつける訓練をしてみているところ。

 

 そんな時、夕食後の練習の時間に少し遅れてしまったと、慌てて父上の部屋に向かった。しかし、部屋からは父上がアニーと何か話し合っているのが聞こえてくる。

 

「聖女の権能だとしたら——」

「ですが、聖女候補は——」

 

 思わず扉を叩く手が止まる。

『聖女の権能』とは『聖女』にだけ使える特殊スキルだ。

 もちろんゲーム中にヒロインが使うので覚えている。

『一ターンで複数の魔法を発動させる』と言う、いわゆるチート能力だ。

 スキルのレベルが上がると使える魔法の数が増える。

 これが卒業前の総力戦『魔物暴走』の頃に最大値まで上げておかないと大変苦しい戦いを強いられることになるというものだ。

 

 僕が『複数人を一度に回復させた』ことが『聖女の権能』なのではないかと、父上は話しているようだ。

 

 

 それはない——と僕は思う。

 

 聖女の権能は『複数の魔法を同時に使う』スキル。

 魔法が使えなければ使えないスキルだ。

 確かに失敗してしまったけれど一応僕は回復魔法を使った。

 けれど『複数の魔法』ではなかった。

 

 範囲治癒魔法と状態異常回復。攻撃魔法と治癒魔法。そんな感じで『異なる魔法』を一度に使えるのが『聖女の権能』だ。

 

 少なくともゲームの中では。

 

 こちらの知識にある聖女の伝説、『炎の聖女』も炎の雨を降らせ、地を割ってマグマの海を、とあるけれど魔法書によればそれらも一応一つずつ別の魔法だ。

 お目にかかることは一生ないだろう高位魔法である。

 なのであの時のはただの範囲治癒魔法の暴発だと思う。

 

 声が途切れたタイミングで慌ててドアをノックする。そして、いかにも走ってきましたというふうにすぐに扉を開ける。

 

「ごめんなさい、父上。遅くなりました」

「ああ、もうそんな時間かい? アニー、また後で」


「あっ、お話してたんなら……」

「いや、大丈夫。始めようか」

 

 

 

 

 翌朝、僕はそっと屋敷を抜け出した。

 領地にいた時見かけた『冒険者』が首都にもいないかと思ったのだ。

 騎士たちによれば『ならず者』である。会いたいなんて言っても許してもらえるとは思えなかったので、こっそり屋敷を出る。

 

 将来僕が就くかもしれない職業に浮上してきたので、どんなものなのか知っておきたかった。

 

 

 幸い今日はたまたま閣下も少し遠くへ出かけるお仕事があって剣術のお稽古の時間は少し遅くなる。

 お城に行く日でもない。

 お昼を食べてから、ここから外へ出られるとあたりをつけておいた通用口を出た。

 

 

 街まで少しだけ、貴族街を歩かなくてはならない。

 いつもは馬車なのですぐ街に出られるんだけど……今日は遠く感じる。

 

 そして街と言っても首都の主要な『街』は堀を挟んで二、三ヶ所ある。

 貴族が使うお店やその品物を取り扱う問屋がある街、商人たちが事務所兼店舗で商う街、庶民たちが生活する街とその外側に住宅街。

 僕が向かったのはいうまでもなく一番外郭にある庶民たちの街。

 

 冒険者が首都にもいるのか、話を聞けそうかだけ知れたら帰ろうと心に決めて、貴族街を歩く。

 

 貴族街を抜けるまでにあちこち目を引かれるものはあったんだけれど、とりあえず当初の目的を果たすためにまっすぐに外郭を目指す。

 

 いや、パン屋さんの店先のカトレは買ったけど……おやつにいいかと思って……。

 まぁ、前の世界でいうところのピロシキ、もしくはカルツォーネ?

 熱々を食べるのが一番だけど、お屋敷に戻るまでにお腹が空きそうだったからね。

 

 というわけで懐中にカトレを抱えて職人街を抜ける。

 

 いっぺんに視界が開けるのは『職人街から庶民街に降りるために橋がかかるほど大きな堀がある』から。

 高い建物は教会の塔や役所くらいで他は結構こぢんまりとした建物ばかり。

 高さが税金に関わったりするし景観維持のために制限されてるんだったかなぁ。

 

 

 というわけで橋の通行料を支払い、初めて庶民街に降りたところだったんだけど。

 目的達成してしまいました。

 

「領主様のとこの……」

「あの領地には俺たちもお世話になって……」

「あ、そ、そうなんですか。いいところだと感じてもらえたなら嬉しいですね」

 領地で見かけた『冒険者』が、雑貨屋の角で話しかけてきた。

 ここにあるギルドに所属しているとかで、戻ってきていたんだと。

 

 あーーわー、警戒しとくべきだよねーーー!

 目的は達成されたし、ギルドもあるっぽいし、じゃあその辺詳しそうなのは商人の方かな!

 薬草だとかポーションの材料とか仕入れる先が冒険者の場合もありそう。

 

「じゃあ、そろそろ帰らないと次の予定があるので」

 

 手を振ってきた道を戻ろうとした僕は、一瞬で地面から足が離れ、雑貨屋と思っていたお店の中に連れ込まれる。

 目の前で鎧戸が下され、鍵がかかる。

 

 

 

 こ……れは。されちゃったやつだよね。

 

『人攫い』に、『誘拐』を。

 

 おかしいなー、絶対誰か僕が出かけるのみてるから護衛かアニーかついてきてると思ったんだけど。

 

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