アイドル

 風呂上がりにパソコンでXを見ていると、あるアイドルの投稿がプチバズしていた。


《年明けに赤坂で職質してきた警官、私が「アイドルやってます」って答えたら「えっ、その顔で!?」ってリアクションしてきやがった。ガチで今でも許してない。緑ジャージのアラサー女に職質した警官、お前のことだからな。

#絶体絶命限界女子会 #由紀 #絶限女》


 投稿主は女性三人組アイドルグループ「絶体絶命限界女子会」のリーダー、由紀ゆき。緑色のジャージを着た由紀のすっぴん写真もセットだ。リプ欄は好意的なリアクションと悪乗りが大半だが、「そのまま射殺されろ」「ブスきも」といった暴言、「解散するって本当ですか?」とXでの最新の噂の真偽を問う声も散見される。


 YouTubeを開き、チャンネルの中から「由紀Site」を選んでライブ動画を視聴する。


「––でな、今日一番いっちゃんアカンかったんはな、主人公が動かへんやん。何かするのはいっつも弟で、主人公はそれ見て『わぁ、すごい』ってリアクションするだけやん。お兄ちゃん、アンタ自分を主人公って思い込んでるただの脇役ちゃうのって思ってまうんやけど––」


 今日朗読したWeb小説の批評を、いつもの歯に衣着せぬ物言いで作者にフィードバックしているところだったらしい。時刻は二十三時五十分。由紀Siteは毎週金曜日の二十二時半から二十四時に配信するから、もうすぐ終わりだ。


 由紀Siteは由紀のYoutubeチャンネルで、視聴者が持ち寄った自作小説を由紀が朗読し、その後感想や批評を述べる。由紀はアイドルである以上に作家としての方が有名だ。大手出版社からクライムサスペンス系の小説を出し、無名作家の処女作にしては珍しくベストセラーを叩き出している。


 僕も由紀の小説を読んだけど、地下アイドル業界の闇を題材にした作品で、由紀のアイドルとしての知見が作中世界に独特の雰囲気を漂わせていた。主人公の十代の地下アイドルが歪んだ承認欲求で自分や周りを苦しめ、でも最後は迷惑をかけてきた関係者のために己を正して成長する姿には胸が熱くなった。由紀の小説のファンの有名漫画家が手がけるコミカライズの企画も進行中らしい。


 僕は由紀Siteの古参リスナーだ。由紀は批評家としても優れていて、同じ作品を読んでも僕の五倍は良いところと悪いところを多く見つけ出すことができる。


 由紀Siteのモットーは「作品の良し悪し全部思ったままに話します」で、普通に厳しいことも言う。作者に逆恨みされてコメント欄やXのアカウントが炎上することもある。


 でも、由紀Siteも由紀のXアカウントもかれこれ七年続いている。由紀という人物、コンテンツにはそれだけの魅力があるんだ。……アイドルとしては鳴かず飛ばずらしいけど。由紀はアイドルだけでは食べて行けないから、高い学力を活かして家庭教師で生計を立てていると公言している。


「えーっ、自分の作品を由紀Siteで読んでほしいって酔狂な方はですね、概要欄に応募方法書いてるんで––」


 配信が終わる。最後の部分しか見ていないけど、今日の配信も盛り上がったらしい。自作を朗読された作者もコメントを連投している。最後はいつも通り、由紀が「ウチ暴言は吐かへんけど、それ以外は何でも言うから、そういうのイケますって人だけ応募してな」と述べて締められる。


(そろそろ寝るか)


 ベッドに入ってXを見ていると、例の作者がXでも謝意をポストしまくっていることに気づいた。


(すごいな、この人。めっちゃ批判されてたのに)


 僕が見たことが無いアカウントだから常連リスナーではないはずだ。まだ未成年らしい。由紀に批評をもらえたことを無邪気に喜んでいるのが文面から見て取れる。


(ええなぁ……)


 その様子に羨ましさを感じつつ、僕は眠りに落ちて行った。

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