依存の海に溺れる
天宮終夜
私たちの答え
いつから私たちはここにいたのか。
そんなことは覚えていない。
誰かが作ったわけではない真っ暗な部屋。
そこにあるのは自分と背中越しに感じるもう一人の存在。
時折見える水泡にあなたが映っているから振り返らなくても、
言葉を交わすことも、手を触れ合うこともない。
ただここにいるだけで心地良い。
別に私たちは鎖で繋がれているわけではない。
自らの意思で座っている。
あれからどれだけの時が経っただろう。
この場所の風景はあまりに変わりない。
唯一の変化は目の前に扉が現れたこと。
それはあなたの前も同じで。
その扉の先に何があるのかを私たちは知っている。
横着して座りながら手を伸ばしても届かない距離。
立ち上がって一歩踏み出せば届く距離。
しかし、私たちは立ち上がらない。
お互い相手が立ち上がるその時を待っているかのように。
自ら動こうとしなかった。
その日は珍しく雨が降った。
火照った肌を冷ますような氷雨。
感情の昂りを鎮めるように。
踏み込んではならないという警告。
この雨にうたれて風邪を引けたら"病"と言い訳できたのに……。
風邪を引かない私たちは何度も勘違いをして互いを知る。
――これでいい、このままがいい。
そう自分に言い聞かせることでこの場所を守っている。
決して他人に踏み込ませない二人だけの場所を、静かにひっそりと守っている。
少しも座る位置は変わらずに。
背中から伝わるあなたの熱にうなされながら。
無力を嘆いて雨とは違う雫が頬を伝って地面に落ちた。
雨がようやく上がると初めてあなたは私の手に自分の手を重ねてきた。
私の心を包むような優しい手。
それだけで私の心は満たされる。
心と身体にあなたを刻む。
いつかこの関係が終わってしまっても。
この手の感触を覚えていられるように。
終わりとは突然やってくるもの。
それでも前兆は確かにある。
気付かなかったのは耳を澄ませば聞こえてくる残酷な足音に耳を塞いで。
水泡に映るあなたが時折ドアに手を伸ばしていることに目を背けていたから。
突然やってきたと錯覚する。
背中から温もりが消えた瞬間に光が差し込んでくる。
どうやらあなたは決めることが出来たようだ。
ここから出ることを。
ずっとずっとこの苦しくも心地良い場所が壊れることを望んでいたはずなのに。
何故か大量の雨が頬を伝っていく。
あなたは最後の最後でこちらを見ている。
それなのに私は振り返れない。
私の顔を見たらあなたがやめてしまうと思ったから。
何も言わずに出ていってほしい。
それにあなたに別れを告げてほしくないという期待が再び耳を塞ぐ。
――ありがとう。
そう言われれば満足するのか?
――大好きだった。
そう言われればこの穴が塞がるのか?
――さようなら。
そう言われればこの想いを断ち切れるのか?
どれだけ時間を積み重ねても……答えにたどり着けはしないだろう。
そんな私の気持ちを他所にあなたは最初で最後の言葉を告げた。
「またね」
ドアの閉まる音が聞こえてから不意に笑いがこみ上げてくる。
そういえば、あなたは"別れ"の言葉が嫌いだった。
私と同じで大事なことを隠してしまう臆病者だった。
散々語り合っていたのに……最後の最後で理解していなかった自分に笑えてくる。
自分勝手はお互い様……か。
「まったく……あなたは何も変わらないな」
あなたがいなくなった瞬間に視界が開ける。
単純なことだったんだ。
この世界が暗く見えていたのは自分のせいで。
こんなにも晴れやかな空がどこまでも広がっている。
「いい空だな」
たぶん、ここから出るのはそう時間はかからない。
だから、もう少しだけ……余韻に浸ることを許してほしい。
そして、もし外に出てまた君に出会えたら……その時は文句の一つも言わせてほしい。
『何が"またね"だ、
依存の海に溺れる 天宮終夜 @haruto0712
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