ギレニウムの軌跡〜剣と屍〜
虚無太
1章 軌跡の始まり
プロローグ
「はっ、はっ、はっ!」
喧騒に包まれた街の薄暗い路地に一人の少年はいた。手垢まみれで髪は伸び放題。体全体から悪臭が立ち込め服の程をなしていないと思われるほど見窄らしい格好。彼は奴隷だった。いや、正確には奴隷だった者、だ。
手には小ぶりなパンが2つ。されどその少年の目には宝石のように輝いて見えるそのパンを潰さぬよう抱え必死に走る。
「どこ行きやがったあのクソガキャァ!今度こそぶち殺すぞ‼︎」
背から聞こえてくるのはドスが聞いた低く重い声。先ほど隙を見て盗んだパン屋の者だろう。隔日おきに盗みを実行していたが、ついにブチギレたらしい。
「はっ、うっ!…逃げなきゃ。」
荒げる息を抑え走る。幸いこの辺りの路地は周囲の建物や配置も相まって昼だというのにかなり暗い。街の住人も滅多に近付くことのないその路地を少年は我が庭のようにするすると走り抜ける。
そうして、ついに追っ手を撒いた。
◆
やっとの思いで少年は自身の家に帰りつくことができた。それは虫が食い荒らした廃材や何か異臭を放つ布など到底まともではない物で作られた家らしきモノであったが、少年にとってはそこが我が家であった。
帰ってきた少年は家の中に入り隅に置いてあった廃材で作った箱を覗き込む。そこには酷く痩せこけている猫がおり、少年が覗き込んだことに気付いたのか視線を少年へと向ける。
「ミケ、エサだよ。今日は豪華なんだ、見てよ。普通の人はこんな白いパンを食べるんだってさ。今日はミケの分も取ってくることができたから、一緒に食べよう。」
少年は必死になって持って帰ってきた少し潰れたパンをミケに少しずつ千切りながら食べさせていく。それを美味しそうに食べるのを確認して自身も食べるべく口を開く。
「っ!……やっぱり美味しい、な。」
先日も味わったその味は、何回食べても変わらない感動を少年に思わせる。普段からネズミや虫などまともな食事を摂っていなかった少年からすれば、特がつくほどの豪勢な食事なのだ。
食事を終えた少年はミケを抱き抱え匂いがマシな布に包まる。この酷く寒い極寒の世界の中でもミケが一緒にいるだけでとても暖かく感じている。そのまましばらくしていると眠気が襲い少年は眠りにつく。明日はより良い日になることを祈って。
◆
「ミケ!どうして!いやだよ!…なんでっ。」
目を覚ました少年は、傍らで静かに息を引き取っている愛猫であるミケに対して必死に呼びかける。出会ってまだ僅かではあるが、少年にとっては唯一の家族だったのだ。昨日の暖かな感触も、鳴き声も少年は覚えている。こびりついている。
けれど、元々衰弱気味で栄養も足らずこの極寒の中でミケが今日まで生きていた。それは一種の奇跡と言っても過言ではないはずである。最期は誰かと一緒にいられたのだからミケも幸せだったのかもしれない。
少年はそう思うことしか出来ない。悲しいが、生き物は皆いつかは死ぬのだ。いつも死と隣り合わせの少年はそれを理解していた。割り切れない想いもある。悲しくて、泣きたくて、叫びたい。けれど、それらをいつまでも引き摺るのは自分のためにも、ミケのためにもよくない。ならば前を向こうと涙を拭う。
◆
ミケの死体を抱え少年は街で盗んだマッチを片手に火を起こす。やり方は街の大人を見てなんとなく覚えていたため間違えることなく火を起こせた。
寄せ集めた廃材に火を灯し、その上にミケをやって炙る。十分に火を通したそれを前に少年は目を閉じる。愛した家族を喰らうことに対する謝罪と感謝、来世の安寧を祈って。
5分ほど目を閉じて祈りを捧げた少年は目の前の家族だったモノにかぶりつく。味は酷く最悪で胸糞が悪かったが、それでも生きる糧にするべく必死に噛み締める。生きるためには綺麗事など言っている暇はない。泥水を喜んで啜り、食えるものはなんでも喰らう。利用できるものは利用し何がなんでも生きる。生きる、生きれるというのは当たり前ではない。
食べ切った少年は骨を地に埋めもう一度祈りを捧げる。そうしてまた生きていく日々を送るために、できることをこなして往く。喰らって利用して這いつくばって、少年はがむしゃらに生きる。自身の命尽き果てるその時まで。
彼の名は、イルフ。
未だ何者でもない、ただの少年である。
*作者
更新ペースは気紛れになります。
刺さる人には死ぬほど刺さるのではと自負します。
イルフがどうなるのか、何を成すのか、よかったら見届けて欲しいです。
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