憧れって何だろう

三門兵装 @WGS所属

憧れって何だろう。

 憧れって何だろうなぁ。

 ぼうっとした頭で、ここ最近の日常を思い返しながらうっすらと赤みのかかった空を仰ぎ見る。


 憧れは罪だろうか。

 憧れさえ持たなければ、後悔は起こらない。

 後悔さえ起こらなければ、もしも自らの行動すべてを肯定できたなら。それはどれだけ幸せで、どれだけ楽なんだろう。


 茜色の空を点の様な飛行機が、私の視界を半分に分けるようにして走り去っていく。

 あの飛行機の真っすぐな針路が、あの飛行機雲の白さが私の心を抉っていく。


 ぷらん、ぷらん。


 私は縁側からはみ出した脚の行く先すらも思い浮かばずに、ただ無気力にそれを弄んでみたりする。


 なんだかきれいさっぱりすべてを忘れてしまう気持ちには、なれなかった。


 嗚呼、私らしくもない。


 ……でも、考えてしまう。


 憧れって何だろうなぁ。

 天を仰いだその頭をもう少しだけ後ろに傾けてみる。

 反転した視界の先は白濁した目隠し用のカーテンに遮られて何も見えないけれど、かろうじて小さい生き物がもぞもぞと動いていることだけは分かる。


 さわさわと木々を揺らす涼しい風が私の頬を撫でて、どこか遠くへと逃げ去っていく。

 この風はきっと世界中を旅して、何にも邪魔されずに、その身が消え去るまでを全うするんだろう。

 

 この近くではなかなか見ないメジロが、葉っぱをすべて落としたハマボウの先端で止まっている。

 鳥は自由だ。

 今は当てもなく体を震わせているこのメジロ君だって、いつかは自由に空を飛ぶ。

 もしも私がこの風の様で、あの鳥の様で。

 私だって、あわよくばそんなふうに、自由、に……。


 憧れは、罪なのだとしたら。

 無邪気なこの願いさえも、ひとつの罪だろう。

 

 憧れは、甘い果実のようで。


 それには依存性があって、やめられなくて。

 そして悪質なことに時々現実をちらつかせる効能を持つ、悪魔の果実のような。


 憧れは私を傷つける。


 憧れさえ持たなければ感じなかった痛みも、どう足掻いても無理なのではないかと思わされる絶望感も、憧れを持ったからこそ生まれた虚脱感も。


 その苦しみを感じながらも、私は今を生きている。


 私は罰を受けながら、今も、今を、生きている。


 『決められた運命か、あらがう自由か』 

 

 もしも自由の方が、美しく見えるなら。


 選んでぶつかって、時には砕けて。

 破片を集めて泣き叫びながらも自らを変えていって。

 その生きざまが輝いて見えるなら。


 私は、自由に焦がれているんじゃないのか。


 憧れは、生きがいだ。

 生きとし生けるものはみんな、罪を背負しょっている。

 みんな等しく、みんな足掻いて生きている。


「ごはんだよー」


 窓を開いて妹が笑う。

 無邪気なその声に、憧れに苦しめられた虚しさはこれっぽちだって見えやしない。

 

 パサパサ


 妹の声に驚いたのか、メジロが明後日の方向に飛び立っていく。


「あ、メジロ!」


 客観的に心を覗こうとするよりも、目の前の事に純粋に喜べばいい。

 憧れは、世界を彩る。

 妹の目が何を映しているのかも、妹が何を考えているのか分からなくても。

 

 その答えを、信じたい私がいた。

 


 ねぇ、もしも、私が鳥のように自由になれたなら。


 ふっと思わず息が漏れる。

 私が感じるのは純粋無垢なすがすがしさで、その夢は絶対に届かないというのに、現実を見たときに感じるあの苦しさは毛頭ない。


 ……嗚呼、どうやら。


 私たちが子供のようだとつい見下してしまうような、そんな憧れには、神様も罪をお与えにならないらしい。

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