偶像崇拝

dede

アイドルというお仕事


「ああ、そのスケジュールで頼む」

「OK。善いライブになることを祈ってるよ」

「なるさ。うちの『メサイア』だぞ? ハンパなパフォーマンスはしないさ」

「言うね、プロデューサーさん?」

「事実さ」

 至って平然と私の幼馴染は返答した。打ち合わせが終わったので私は煙草を取り出すと火を点ける。フゥーと煙を一息吐くと、顎を撫でた。無精髭がジョリジョリして少し心地いい。

 うちの『メサイア』ねぇ? 随分信頼してるもんだ。まあ、私の心配はそこじゃないんだがね。

「ちなみに夜のお仕事は?」

「ふざけるな。頭ぶち抜くぞ?」

 怒気を孕んだ幼馴染の声。

「個人的に口説くのは?」

「よし戦争だな」

 彼が椅子から腰を浮かせたので私は煙草を咥えたまま両腕を上げる。

「オーケーオーケー。認識合わせがしたかっただけだ。周囲にも周知しとくさ。俺の目が黒いうちには手出しさせない。接触は最小限。オーケー?」

「ああ、それで頼む」

 彼は腰を下ろすと目の前のマグカップに入ったコーヒーをすする。昔ならこのタイミングで彼も一緒にタバコを吸っていた筈だが。

「タバコは?」

「やめた」

「なるほど?」

「構わないと言われたが、臭いが苦手なのは知ってるからな」

「そうか」

 すっかり変わっちまったなぁーと一瞬思ったが、違うな。そういや真面目な奴だった。大事なものが変わればそれを遵守するだろう。やっぱり変わらんな。

「しかしもうそれってプロデューサーというよりお父さんだな?」

 私がそう零すと、彼はようやく表情を崩す。皮肉めいたニヒルな笑顔を浮かべた。

「バカを言うな。父親なら絶対こんな事させるものか」


 噂に聞くアイドルユニット『メサイア』だったが、私は実際に姿を見たことがなく、今回が初めてだ。我が幼馴染の先導の元、彼女たちの楽屋に赴く。まあ、その楽屋を用意したのはもちろん私なので場所は知ってるんだが。手狭な個室だ。もう少し良い部屋を提供したかったがセキュリティやらを考慮すると他に選択肢がなかった。申し訳ない。

 幼馴染がドアノブを回して中に入ると室内で談笑していた3人の少女たちが会話を止めてパッと立ち上がる。

「プロデューサーさん」

「今回の責任者を連れてきた」

「どうも。ココの責任者の加治です。今回はお越しいただきありがとうございます」

 私が頭を下げると彼女たちも深く頭を下げる。彼女たちの一人が言った。

「こちらこそお招きいただきありがとうございます。私、メサイアのリーダーをしています、ア」「アルファさん」

 私はしたり顔で彼女の言葉を遮ると、名前を言い当てる。そして残り二名に顔を向ける。

「そしてベータさん、シータさんですね」

「あ、はい」

「よくご存じで」

 彼女たちは戸惑いつつも肯定する。

「……お前、ライブ観に来たことがあったのか?」

「まさか。初めてだよ。いやはや初めてご尊顔拝見しましたが、噂以上に美しさと可愛さを兼ね揃えてらっしゃる」

 私は微笑みを浮かべながら、彼女たちを褒め称える。プロデューサーの彼は訝し気に私を見る。

「なら何故知ってる?」

「私の部下にもあなた方のファンは多い。その一人が持っていたイラストを私に見せてくれたんですよ」

 嬉しそうに見せてくれた。「彼女たち、いいんですよー」と嬉々として。それに周囲の人間も頷いて彼女たちの素晴らしさについて語り始めた。

「もちろん没収したんだろうな?」

「する訳ないだろう?」

「貴様、違約だぞ!」

「待ってください、プロデューサーさん」

 ヒートアップしそうになったプロデューサーにアルファさんが待ったをかけると、他のメンバーに目配せし軽く頷き合う。

「大丈夫ですよ、私たち。それよりも嬉しいじゃないですか、ファンの方々が私たちの事をそんなに好きになってくれるだなんて」

「だが」

「大丈夫ですよ」

「ありがとう」

 私は代表して礼を言う。

「明日のライブも楽しみにしている」

「はい、誠心誠意頑張りますから。今の私に出来る最高のライブにします」

 そう不敵に笑って答えてくれる彼女たちに対して、年下なのに敵わないなという気持ちが湧いた。



 日は変わり、始まったライブは大変盛況で異様な盛り上がりを見せていた。

 彼女たちの飛び散った汗はたくさんのスポットライトに照らされて一つも残さず煌めいていた。

 また一曲歌い終えると、息を切らしたアルファさんのMCが始まる。

「みんなーっ! 色々、辛い事も多いけど、きっと良くなる。いえ、私たちが良くしていくから! だから、それまで頑張っていきましょう! 私たちも! 歌で! 皆さんのこと、応援してますからっっっっっ!!」

そう彼女が声を張り上げると、会場のファンも歓声をあげてそれに応えた。

その様子をプロデューサーの幼馴染と一緒に見守っている。

そんな時、私の耳に嵌めていたイヤフォンから無線の連絡が入った。部下からだ。

「突破されました」

「あと10分持たせられないか?」

「無理です。退去の指示を」

プツッと音声が途切れた。ステージで彼女は言う。

「今日は楽しいステージをありがとうっ! 次、ラストです! 曲名は……」

今のやり取りで幼馴染も理解したのだろう、マイクで彼女たちのイヤフォンに指示を飛ばした。

曲名を言おうとした彼女の耳にプロデューサーの指示が届く。紅潮して嬉々としていた顔から一変して表情が曇る。遠くから、銃声の音が風に乗って微かに聞こえた。

「……今連絡がありました。今日のライブはココで中止です」

会場からブーイングが沸き上がる。そこで私は会場の全チャンネルを手元のマイクに切り替えると全スピーカーを鳴り響かせた。

「お前ら聞いたか!!敵襲だ、今すぐ応戦しろ。絶対にそこのお姫さんたちを逃がすぞ。なにせプロデューサーに私の目の黒いうちは絶対にここで彼女たちに手出しさせないと約束しちまったからなぁ? お前らも、ココで彼女たちを守れなかったら一生責め続けられる事になるかな、気合入れろっ!!以上」

 私はマイクを切った。会場からは地面が揺れるほどの咆哮。

 そんな中、イヤフォンに手を当て何かしらやり取りをしていたステージ上のアルファさんが慌てて言葉を続ける。

「今、プロデューサーさんから許可出ました。今日歌えなかった最後の一曲を歌いに、必ずまた来ます!!だからみんな、ひとまず今日を生き延びましょうっ!!それじゃあ、次の再会までっ!!」

 そう言い残すと彼女たちは惜しまれながらもステージから去って行く。

 彼女たちは、今や敵の最重要危険人物となっている。捕まったらタダの死が待っているとは思えない。だから彼女たちには自害用の毒物と拳銃を渡していると聞く。名前も秘匿事項でコードで呼び合っている。それになるべく情報が漏洩しないように絵や像など彼女たちを特定できるものは残さないようにしているのも知っている。だが、どうして彼女たちを心の拠り所にしている人間からそれらを取り上げられるだろうか。それを目零した以上、せめてこの場は死守せねばならない。それは我が幼馴染の命の保障にもつながる。

 私は横にいる幼馴染に目線を送る。

「よいのか?」

「予定が残ったんだ当たり前だ。それより死んだら続きは観せんぞ?」

「元は取りたいからな。生き残るさ。そちらこそ大丈夫か?」

 彼は懐に忍ばせていた銃を取り出すと安全装置を外した。

「慣れている。毎回こんな感じだ。約束が多くて適わんよ?」

「約束が多くて首が回らない。このご時世に大変結構。それじゃあ尚更生き残らなくてはな? では、また」

「ああ、また」

 そう再会を約束すると我々は別れた。次のライブが楽しみだ。


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