トロナッツの茶葉を出すと、残りが丁度二人分ぐらいしかなかった。この茶葉をタルヤおばさんから貰った時のことを少しの間思い出しながら、簡易コンロに残していた火種を使って火をつけ、お湯を作った。


 窓から入ってくる風が涼しい。カランが短く、何かの虫のように小気味の良い音を立てながら響いてくる。


 お茶を入れた茶瓶とカップを盆に乗せて戻ると、本を読んでいたヨルナが顔を上げて、私を見た。


 腰を下ろし、お茶をカップに注いでいく。ヨルナが私の所作をじっと見つめているのが伝わってくる。


 私は小さな声で言った。


「……お茶は、これで最後」


「もうないの?」


 私は肩をすくめた。


「おばさんから貰ったむか〜しの奴が丁度残ってた、それで多分終わり。私、旅には出てもお茶はもらってこないから」


「イレイヌ、旅に出て何を持って帰ってるの? 荷物、いつも行く時とあんまり変わらないけど」


 鋭いな、やっぱりこの子は。


 私は再び肩をすくめて、仕方なく答える。


「まあ、色々ね。実際に持って帰るものとか、そりゃあ必要なのは分かるけど、私はまだ……今は……何というか、欲しいって思えないんだ。あ、料理とかは色々覚えて帰るけどね。舌ばかり肥えていくよ……」


「ふうん、そうなんだ」


 絶対、納得していない。というよりも、私が旅先で何をしているのか、この子は絶対に分かっている。一から百とはいかずとも、十くらいは簡単に察せてしまうのがこの子の恐ろしいところでもあり、才能だ。


 私は話題を変えようと、ヨルナの本に目を向けた。


「それより、本の話をしようよ。今回はどんな遺跡の話を読み解いたの? 聞かせてよ」


「そう、そう、それ! さっきも言ったけど、氷の遺跡があるんだ……」


 この子が大きくなる時、私は、まだ今のイレイヌのままでいられるのだろうか。


 私が、闇の底から生まれたと砦の長から聞かされた時、私は本当は、あの人にその場に一緒にいて欲しかった。


 でも、そうはならなかった。あの人は今も風の中だ。風の中で、今も何かを伝えようとしている。私はそう感じる。


 ねえ、今、あなたはどこで何をしているの。


 夢の中で背中だけがやけにはっきりと見えた、ポレーヌ船長の姿が、今何故か思い出された。彼の視線の先にある、読めない石碑のようなものも。


 ヨルナの遺跡の話は、正直言って真剣には聞いていなかった。貴重な氷だけで出来ている遺跡なんて、世界のどこにもある訳がない。それにヨルナの話を聞けば聞くほど、それは遺跡というよりも、何かの神殿のように感じられた。何かしらの意図を持って作られ、古び時が過ぎ去った今も、何らかの役割を担わされているかのような。


 そうして、ヨルナの遺跡話に合わせて相槌を打っているうちに、時は過ぎていった。巨大な満月が窓から覗いている。その眩しいほどの白い輝きに、鈍い黒色の蛇のような雲が覆い被さろうとしていた。


 私が時間をヨルナにそれとなく知らせると、彼は慌てて本を閉じて立ち上がった。立ち上がりながら残っていたお茶を全部飲み干し、手を合わせて、ごちそうさま、と言った。私もお粗末さま、と答える。


 そして私の家を出る前に、聞いてきた。


「イレイヌ、今度の精夜祭は一緒に行けそう?」


 私は曖昧な笑みを浮かべるだけに止めた。


 そんな私を見かねてか、ヨルナは私の前に指を一本立てると、強い口調で言った。


「今度こそ行かないと駄目だよ。皆、イレイヌのこと、本当に待ってるんだから」


 私は仕方なく頷き、「分かったよ」とだけ言って、そのまま彼を送り出した。彼の去る姿を闇の中で目で追った。月明かりに照らされながら、砦に架けられた幾つもの吊り橋と岩を、軽々と飛び越えていく姿を。


 私は翳りを帯びた月を見上げる。


 そこには誰かの姿が浮かび上がっているようにも思えた。


 いや、きっと気のせいだろう。


 そうに違いない。


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