怠惰に過ごしたい魔王さまの異世界ダンジョン生活、勇者付き

猫餅

1.魔王さま、討伐される

 人族とは、己と異なる者を疎み、コミュニティから徹底的に排除したがる生き物だ。勿論個々の意識によるものもあるだろうが、集団で生き延びる人族の、本能的な生存戦略でもあるのだろう。


 そう、人族という生き物としての本能、それならば仕方ないと受け止めるには、魔族は多くの辛酸を舐めさせられ、苦悩を負わされ、苦痛に苛まれ、やがて積み重なったそれらによる恨みを蓄え過ぎた。


 魔人戦争——七百年続くそれの発端は、人族による魔族の迫害。


 人族よりも長く生き、魔術に親しみ、穏やかな気質の者が多い魔族は、その姿かたちはほとんど人族と変わらない。敢えて挙げるとしたら、血よりも尚鮮やかな赤い瞳と色素の薄い髪、そして青白い肌の色だけだ。


 しかし、ただそれだけで、人族による魔族排斥は始まった。いや、更に古くからあったその意識が人族全体に広がり、更に増幅したのが七百年前である、というべきか。


 元々人族からの迫害に嫌気が差していた魔族たちは、人族の生活圏から外れ、荒野に魔族のための新たな国を建てる。


 そこは当初、正に不毛の地であったが、様々な魔術を駆使して土壌を改良し、建国から五十年も経つ頃には草木生い茂る美しい国となった。


 魔族の国が建ったのが二千七百年ほど前のこと、つまり建国後二千年が経った頃に人族が魔族排斥の運動を活発にし——緑豊かな地を奪わんと兵を送り込むようになった。


「そして今、魔族の王たる私は——おまえの剣に心の臓を貫かれた。……人族の勇者と呼ばれし者よ、されども魔族は斃れない。既に実権はこの手になく——今、新たな王が、即位を果たした」


 魔族の国、その中心にある王の間。そこに純白の長い髪を床へ広げ、仰向けに横たわる美しい男が己の胸に剣を突き立てる男——人族が勇者と呼ぶもの——に、唇から血をこぼしながら、そう嘲笑う。


(私の死こそ、魔族により強い危機感を与えるために必要なこと——勇者をこの地まで誘き寄せたのは、そのためでしかない)


 本来、勇者と数人の人族——そして彼らに与する獣人族だけでやって来れるほど、魔族の国の守りは脆くない。


 敢えて誘い込むことで、魔王は——元魔王アズは、己の命を利用して、人族を滅ぼすための嚆矢となることを選んだ。


 仮に人族と講和を結んだとしても、世代を重ね、魔人戦争を過去とした彼らは再び攻め入ろうとするだろう。それは、人族同士でも延々と争い続けている歴史が物語っている。


「勇者よ、おまえの役目はお終いだ——ここで、私と共にその命を散らすのだから」

「……」


 血を吐きながらも微笑むアズに、けれども勇者は口を開くことはない——その瞳に死への恐れもまた、ない。


 彼の仲間たちは、既にアズの手により冥府へと送られており、この王の間にすら居らず——しかし、勇者の目にはそのことへの怒りは存在しなかった。


(不気味な男だ。仲間が一瞬で殺されても、顔色一つ変えることがない……まるで、情などないかのように。旅の最中では、あれだけ笑い合っていたというのにな)


 勇者一行の旅をその出立からずっと監視して来たのだ、そこで深められて行く友情も、勇者へ女たちが恋慕を向ける姿も、アズは見て来た——その時は微笑んでいた勇者が、仲間を失っても溜息で済ませた理由を、理解出来ない。


 人族とは、皆こうなのだろうか。笑い合い、言葉を交わし、共に旅をして来た仲間を失っても、溜息で済ませられるような精神性をしているのだろうか……、それならば尚のこと、魔族と人族が相容れることはないだろう。


「……、勇者だから、人族だから、そういった理由で死の間際に苦しめるつもりはない——死は、我ら二人へ平等に降り注ぐ。おまえに恨みはなけれども、この身と共に滅びるのだ」


 己の上に馬乗りになり、両手で剣の柄を握ったままの勇者へ手を伸ばして、その首にかける。その間も、彼は逃げるとも身を捩るともしなかった——死を受け入れているかのように。


(仲間を失い、自暴自棄になったか? 何にせよ、抵抗しないというのならばそれで良い。勇者、おまえを魔人戦争終結のための礎として道連れにする私を許せとは言わない——さあ、死出の旅へ向かおう)


 もう間もなく、アズの命はその火を消すことになる。そして、勇者もまた同じく、共に絶命するだろう。


 戦いの最中、命の期限を繋ぐ禁術を施していたから。それによって二人の生きる時間は結ばれ、禁術は互いの死を以て解かれる。


 勇者に対する恨みはない。彼に、そして彼の仲間たちに倒された魔族は、それら全て人形だからだ。


 魔人戦争に、魔族はそもそも生身で参加していない——犠牲を減らす方法があるのなら、それを使って何が悪いというのか。


 七百年ずっと争いが続いて来たのは、魔族がその生来の優しさと甘さ故に、人族を滅ぼすという確固たる意志を持てなかったためだ。


 だからこそ、アズは生身で勇者と戦い、死を迎える必要があった。


(目標は達成した。後は新たな魔族の王と、民たちに全てを託すだけ——思い返せば、ずっと働いて来たものだな。叶うのなら、冥府ではのんびり自堕落に過ごしたい)


 何せ魔人戦争で使われて来た人形を動かすための魔力の大半を賄って来たのは、アズなのだ。


 魔族たちに負担をかけないようにと有り余る魔力を使い、更に自身が死んでも困らないように、日夜せっせと魔石に魔力を込め続けて来た。


 その魔石たちを使えば、向こう千年は戦線を維持出来るだけの人形を操れる。少なくとも、魔族側に大きな被害が出ることはないだろう。


「勇者。私たちの命もこれまで、恨み言があるのならば幾らでも聞こう——冥府に、負の感情を持って行かぬ方が良いぞ」

「……俺は、この世界の人間じゃない」

「——何?」


 戦いの間もずっと無言だった勇者がこぼした言葉は、アズにとって驚きの一言だった。それは、一体どういうことだと聞く前に、彼は剣の柄から離し、倒れ込む。


 同時に、アズの視界もまたどんどんと霞んで行き——ぶつん、と、何かが切れるように、その意識は失われた。


 魔族の国を建国し、常に民を率い、守って来た魔王アズ。その最期は人族との戦争を終わらせるために、自らを犠牲にするというものであった。


 その遺体は、次代の王により丁重に弔われることとなる。彼と相打ちを果たした勇者も、また同様に。


 死せば敵も味方もないと、けれども人族は滅ぼさねばならぬと、魔族は蜂起したのだった。




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