第4話 耳鳴りの正体

 郁子が隙間から恐る恐る脱け出すと、公園内は月明かりの下で静まり返っている。もう男の姿は何処にも見えない。そして、びくびくしながら夜の住宅街に出ていった。

 良美は隙間から出て来ると、その後ろ姿を見送ったが、心細げな彼女の姿が心配になり後ろを付いていった。

 郁子が歩いていると、塀の上の猫が郁子の後ろの良美を見て、突然毛を逆立てて戦闘モードに入るので、郁子は驚いて反対側の塀まで逃げた。


 ともかく彼女は、アパートに無事にたどり着いた。


 彼女がアパートに入るのを見届けると、良美は何処へ行こうかと思い悩んだ。すると、頭の周りに何か飛び回っているのに気が付いた。

 背中に星がある虫が飛んでいる。その羽音を聞いて、理解した。


「これが、耳鳴りの正体」


 その虫は、ずっと良美の周りで飛んでいたのだった。今は、その虫の姿がはっきり見える。良美の目に黒い瞳が戻っていたから。


 その虫は、空に向かって飛んだ。そして、良美について来いと言ってるかのように、空中で停まった。良美は、その虫の後を追うように空に足を踏み出すと、再度その虫は上空に向かって飛び始めた。もう頭も痛くなかった。

 赤い羽に黒い星のあるその虫は、天道虫てんとうむし。文字通り天の道を示す。

 良美はこの時理解した。死んだ時、武士がやって来て引導を渡すと言った。この虫が成仏に導く引導なのだと。天道虫は、良美が歩き回っている間もずっと良美の周りを飛び回っていたのだ。良美が気が付いてくれるのを待って。

 良美は、恨みを晴らす事しか考えていなくて、天道虫に気付かなかった。しかし今、天道虫に気が付いて成仏の道に入ることが出来た。

 良美は天道虫に導かれて天に登って行き、やがて姿を消したのだった。


 ちなみに、郁子に付きまとっていたストーカーは、会社で郁子に会うと顔をひきつらせて逃げるようになり、二度とストーカーをする事は無くなったのだった。

 

 

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人を呪い殺した帰り道 九文里 @kokonotumori

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