008 復讐
「アッシュ様、侵入者です! 第一階層に、三人組の冒険者が侵入しました!」
クリスティの、切羽詰まった声が水晶の部屋に響いた。
「来たか……。クリスティ、現在位置は?」
「現在、第一階層の入り口付近におります! 映像を転送します!」
クリスティの言葉と同時に、俺の脳内に、鮮明な映像が流れ込んできた。
たったいま入口を通過したばかりの、三人の冒険者たち。
剣士、盗賊、そして……魔法使い。
俺は、その魔法使いの顔を見た瞬間、息を呑んだ。
「……あいつは……!」
見覚えがあった。
いや、忘れるはずがない。
王立魔法研究所で、俺のことを陰で嘲笑っていた、あの男だ。
俺の研究を、危険だと糾弾し、所長に讒言していた、あの男。
名前は……確か、ザイラスとか言ったか。
映像の中のザイラスは、周囲を警戒しながらも、どこか余裕のある表情を浮かべている。
仲間たちと、軽口を叩き合っているようだ。
「おい、ここが噂のダンジョンか?」と剣士。
「ああ。なんでも、最近できたばかりらしいぜ」と盗賊。
「へへ、こりゃあ、楽勝かもな。まだモンスターも弱いはずだ」と魔法使い。
……舐められたものだ。
俺は、杖を握る手に、ぐっと力を込めた。
まさか、こんなところで、因縁の相手と再会することになるとは。
これは、何かの運命なのかもしれない。
人間を傷つけることができるだろうか、と少し不安に思っていたけれども。
あいつならば、良心の呵責はない。
やってやろう。
「トラップを起動」
俺の命令で、クリスティがダンジョン内の罠を起動させる。
まずは、手始めに、奴らが今まさに踏み入れようとしている通路の床……そこだ。
俺の指示とほぼ同時に、冒険者たちの足元が突然崩れ落ちた。
「うわああああ!」
彼らは、悲鳴を上げながら、落とし穴へと落ちていく。
落とし穴の深さは、2.5メートル。
大怪我はしないだろうが、簡単には這い上がれないはずだ。
そして、底には……。
「な、なんだ!? スライムだ!」
「くそっ、ベトベトしやがる!」
「おい、ザイラス! 魔法で何とかしろ!」
冒険者たちは、落とし穴の中で、メルトが生み出したスライムたちに絡みつかれ、身動きが取れないようだ。
スライムたちは、冒険者たちの体に張り付き、ジワジワと装備を溶かし始めている。
「クリスティ、次だ。毒針の発射準備」
「了解しました、アッシュ様。……照準、合わせます」
落とし穴の天井に仕掛けられた無数の毒針が、照準を合わせる。
「……放て!」
俺の合図で、毒針が一斉に発射された。
「がはっ……!?」
「こ、これは……毒!?」
「動くな……! 下手に動くと、毒が回るぞ……!」
無数の毒針が、落とし穴の中の冒険者たちに容赦なく降り注ぐ。
彼らは、スライムに絡みつかれ、身動きが取れないまま、毒針の餌食となった。
麻痺毒が、彼らの体を蝕んでいく。
俺は、映像の中のザイラスに焦点を合わせた。
ザイラスは、苦悶の表情を浮かべながらも、まだ意識を保っているようだ。
さすがは、元王立魔法研究所の研究員といったところか。
しかし、身動きは取れないようだ。
「どうなさいますか? 麻痺毒は、まだしばらく効いているかと思いますが」
「クリスティ、奴らを殺すな。生け捕りにして、牢獄へ運べ」
「牢獄、ですか? しかし、このダンジョンには、そのような施設はまだ……」
「俺が作る。魔力は足りるか?」
「はい、アッシュ様。先ほどの戦闘で、冒険者たちから魔力を吸収しました。小規模な牢獄であれば、すぐに生成可能です」
「よし、頼む。場所は……そうだな、水晶の間から、あまり離れていない場所がいい。俺の目が届く範囲に」
「承知いたしました。……牢獄、生成します」
クリスティの言葉と同時に、ダンジョンが微かに振動した。
地中深くから、隆起してくるような感覚があった。
「……終わったか?」
「はい、アッシュ様。水晶の間の北側、通路の突き当りに、牢獄を生成しました。……簡素な造りですが、強度は十分にあります」
「ああ、それでいい。……メルト、スライムたちに指示して、奴らを牢獄へ運ばせろ。抵抗するようなら、命を奪っても良い」
「わかったぁ」とメルトの声が脳内に直接響いた。
スライムたちは、落とし穴に落ちている冒険者たちを、ずるずると引きずり出し、薄暗い通路の奥へと運び去っていった。
俺は、杖を突きながら、牢獄へと向かった。
新しく生成された牢獄は、通路の突き当たりにあった。
鉄格子の扉が、重々しく閉じられている。
中を覗くと、薄暗い空間に、簡素な石造りの独房がいくつか並んでいるのが見えた。
冒険者たちは、それぞれ別の独房に押し込められ、スライムの粘液で拘束されている。
ザイラスは、一番奥の独房で、ぐったりと意識を失っていた。
これなら、冒険者たちが脱走する心配はないだろう。
「ザイラスの独房に、魔力隔絶檻を設置」
ザイラスの独房の周囲に、青白い光の膜が現れた。
「魔力隔絶檻とは、なんですか?」クリスティが尋ねた。
「研究所時代に開発した、魔力増幅技術の……副産物だ」
研究所時代に、魔力隔絶檻に魔力の高い魔物などを入れ、そこから抽出したエネルギーで魔力を増幅する、という研究をしていた。
この檻の中では、一切の魔法が使えなくなる。
俺は、鉄格子の鍵を開け、ザイラスの独房の中へと入っていった。
そして、ザイラスの体に、直接手を触れる。
「目覚めろ、ザイラス」
俺は、ザイラスの耳元で、冷たく囁いた。
すると、ザイラスは、ゆっくりと目を開けた。
「……う、うぅ……ここは……?」
「気がついたか」
ザイラスは、俺の顔を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「アッシュ……!? なぜ、お前がここに……!」
「俺は、このダンジョンのマスターになった。」
「なんだと……」
「……ザイラス、お前は、俺の研究を嘲笑い、貶めた。まあ、そこまでは良い。俺がダンジョンマスターになっていなければ、我が妹、ルゥナの命は失われていただろう。……その報いを、今ここで受けてもらう」
「やめてくれ! 頼む! すまなかった!」
動かない体で、必死に頭を垂れようとする。
「もう良いんだ。ザイラス。終わりだ」
俺は杖をザイラスに向けた。
「やめろ、アッシュ!」
「……魔力搾取(マナ・ドレイン)! ……永劫の牢獄(エターナル・プリズン)!」
俺の杖から、黒い光が放たれ、ザイラスの体を包み込む。
それは、研究所時代に、俺が密かに開発していた禁断の魔法。
対象の魔力を、強制的に奪い取り、永遠に魔力再生を阻害する呪いを付与する術だ。
「ぐ、あああああ……! や、やめろ……! 俺の魔力が……!」
ザイラスは、苦悶の声を上げ、激しく身を捩った。
しかし、魔力隔絶檻の中では、魔法は使えない。
彼は、ただ、俺に魔力を奪われるがままだった。
「安心しろ、ザイラス。お前の魔力は、無駄にはしない。俺の研究と、このダンジョンのために、有効活用させてもらう」
俺はザイラスから魔力を奪い続けた。
かつて、俺を嘲笑い、貶めた男が、今、俺の足元で苦しんでいる。
俺は、この力を使って、必ずや魔力増幅技術を完成させる。
そして、ルゥナの病気を治してみせる。
「……これで、終わりだ」
俺は、ザイラスから、全ての魔力を奪い取り、杖を下げた。
ザイラスは、完全に脱力し、意識を失った。
もう二度と、魔法を使うことはできないだろう。
「お疲れさまです、アッシュ様」
クリスティは、淡々とした口調で言った。
「……こいつらは、どうする?」
口から泡を吹き、倒れ伏しているザイロスと、スライムに拘束されたままの剣士と盗賊を見て言った。
「ダンジョンに備わっている記憶操作の魔法が使用できます。このダンジョンでの記憶を消し去り、ダンジョンで死にかけ、命からがら逃げ出した、という記憶を植え付けます。そしてダンジョンの外に放りだしておく、というのが一般的な流れです」
「……わかった。任せる」
ついに、人の道を踏み外してしまった。
俺はルゥナを救うためであれば、この手を悪に染める覚悟だった。
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