ファースト・ファースト
桜田実里
ファースト・ファースト
目にかかる黒髪。甘く整った顔立ち。
柔らかく微笑む姿。
「はあ、今日もかっこい~」
はっ!?
今、私の心の声が聞こえたような……。
「って、どーせ思ってるんでしょ?
「はうっ」
ちらりと横を見ると、そこには友達のうーたんが。
「……バレバレ?」
「うん、バレバレ♡」
うーたんは私に向かってにこっと笑いながら、隣の席に着いた。
「はあ、やっぱりバレちゃうもんなのかな~。必死に隠してるつもりではあるんだけど」
「あんた分かりやすすぎなのよ。それが上回ってるせいで隠しても隠しきれてないっていうか」
「う~……」
うーたんズ厳しめお言葉に軽く頭を抱えながら、もう一度向こうを見る。
友達と談笑しているあの人は、私の幼なじみである
小1のころからの知り合いで、家も近所。昔はよく遊んだりとかもした……ンだけど。
みんなが異性を意識し始めた中学入学辺りから、和樹くんは急に素っ気なくなってしまった。
ケンカをしたわけでも、仲が悪くなったわけでもない。
ただ……距離が前よりもずっと、遠くなったってだけなんだけど。
「……正直、関係修復は難しいと思う。だけど、だけどさ~」
どれだけ冷たくされても、素っ気なくされても、距離を取られても……わたしは和樹くんのことを諦められないのには、理由がある。
「それいつも言ってるよね。そろそろあんたが佐野のことを諦められない理由、教えてくれてもいーんだけど」
「……笑わない?」
「うーん、善処はするけど、保証はしない」
「それ、絶対笑うよねっ? うーたんっ」
「わかったわかった、笑わないから、言ってみなさい」
わたしはうーたんに不信感を持ちながら、小さく口を開いた。
「……実は、昔、和樹くんと、き、キスしたかもしれなくて」
「……は???」
「もし、記憶がほんとだったら、私のファーストキスは和樹くんなわけで。でも、してなかったら……私のファーストキスは、違う人になるわけで。わからないまま……こんな曖昧な気持ちのままじゃ、次の恋に進めないから」
突然こんな話して、うーたん、びっくりしたかな……と思ったら。
その顔は、これほどまでにないくらい冷静に満ちていた。
「一羽の気持ちはよーくわかった。要するに一羽は、妄想の真意を確かめたいってことね。うん、最高にいい方法があるわ」
―――――わからないなら、あいつの唇を奪っちゃえばいいじゃない。
……え?
―――――――――――—————————————————————
あの日から二週間がたった。
うーたん曰くあの言葉の意味は、『仮にしていなかったとしても、今奪ってしまえば私のファーストキスは和樹くんになる』ということらしいけど。
せっかちなうーたんは、早くしろ視線ビームで私のことをバチバチに打ってくる。
う、今日も痛い……じゃなくて。
そもそも和樹くんと二人きりになんてなれないのだ。
周りは私たちが幼なじみだってこと知らないわけだし、普段かかわりのない私たちが二人っきりになっていたらおかしい。
それに、会話なんて和樹くんが許してくれない……ような。
……って、思っていたら。
「もう一人は佐野くんだから。ごめん、よろしくねっ」
何気なくクラスメイトの掃除当番を代わると、あっさり和樹くんと二人っきりになってしまった。
屋上前の階段と踊り場を、互いに無言で掃除する。
うう……心臓もうるさくて苦しいけど、なによりこの重い空気に耐えられない。
人生で今が一番確実に気まずいよ!?
やっぱり、キスなんて無理だ。もう今は、すぐにこの場から逃げ出して、楽になりた――――。
「一羽」
誰もいない廊下に、聞きなれない声が響く。
声変わりしてからは、ほぼ話していなかったから。
だけどそれ以上に、話しかけられたという事実に私は驚いていた。
「……ごめん」
それだけ言って、和樹くんは階段を下りて行った。
私が和樹くんのことを諦められないのは、キスの件だけじゃない。もっといっぱい、いっぱいある。
君のことが、好きなんだ。
背中を必死に走って追いかけ、捕まえる。
そして、制服のネクタイを思いっきりつかんでひっぱった。
――――もしかしたら、私のキスは、諦めるためじゃなくて……始めるために、あるのかもしれない。
ふわりと唇に伝わる、甘い感触。
少し離れれば、すぐに視線が交わった。
「なに……してんの、一羽。ん、待って、ってことは……一羽も、あのときのキスの、こと」
「え」
赤くなった和樹くんの言葉に、私は固まる。
固まりながら……理解した。わかった。
私と、和樹くんは……。
「じゃあ、今のは、ファースト・ファーストキス?」
「……そう、かも」
和樹くんは視線をそらして、答える。
いつもの冷たい感じじゃない―――昔みたいに。
もしかしたら……ほんとに、私は一歩を踏み出すことができてしまったのかもしれない。
まだ、きっと終わっていないよね?
――――はじめての、恋は。
ファースト・ファースト 桜田実里 @sakuradaminori0223
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