第2話:猫の手も借りる

 学校事務から連絡があり、再検査を受けることになった。

「今日の13時から魔力検査だから」

「13時か。了解した」

 ソファに横たわって手を振るカーラに見送られて、わたしは大学に向かった。


 軽い昼食を取った後、念のために呼びかける。

「カーラ、いる? いるなら出てきて」

 声は聞こえない。それらしい姿もない。


 安心して、コーヒーを口に流し込んだところで、

「ぶっ」

 髪を靡かせながら、紺色の長身がカフェに入って来たので、思わず噴いてしまった。

「なんでいるの!」

「ちょっと野暮用があってな」

 髪を指で梳きながら、平然と言う。


「ていうか、部屋の外に出られるんだっけ?」

「これは実態ではない。幻のようなものだ」

「つまり、今でもわたしの中にいる訳ね?」

「いかにも」

「じゃあ魔力検査にひっかかるじゃない。どうしてくれるの」

「案ずるな。検査の間だけ、出て行こう」

「ど、どうやって?」

「まずは猫を探すんだ」



 学内には、何匹か猫が住んでいる。

 見つけたのは、すらりとした黒猫だった。

「この子、撫でてあげても、『そうするのが当然!』みたいな顔をして、愛想がないんだよ」

「媚びない姿勢が私に相応しいな。この子にしよう。しばらくそばにいてくれ」


 カーラはつかつかと歩み去ると、ドアを開けて建物の中に入った。

 通路を数メートルほど進み・・・いきなり消えた。


 わたしはぎょっとして、周囲を見回すが、気づいた人はいないようだった。


 視線を下ろすと、黒猫は呆けたような顔で、空を見上げていた。

 周囲を、這うように、白い霧が取り囲んでいる。


 え、これがカーラなの!?

 慌てて、口と鼻を覆った。でも何も出ていない。


 やがて白い霧は、吸い込まれるように黒猫の中に納まった。

 ピン、と背筋を伸ばすと、わたしを見た。そして、肩に飛び乗ってきた。


「私だ」

「移ったんだね。でもどうやって?」

「身体の孔というのは、口と鼻だけではない」

「・・・どこから出たの」

「聞くな。さあ検査に行け。

 終わったらすぐに戻ってくれ。この身体では、長くはもたない」


 経路のことはとりあえず忘れることにして、わたしは指定された会議室に向かった。


          **


 会議室には既に、ホルムント学部長と、立ち合いの教授2人が待っていた。

「オリガ君か。学生生活はどんな具合かね」

「慣れないことばかりであたふたしていますが、とても充実しています」

「よろしい。では早速、始めよう。

 まずはこれで、両手を消毒してくれたまえ」

 そう言って、学部長はスプレー瓶を、自ら手渡ししてくれた。


「はい」

 受け取って、自分の手に吹きかけようとしたら。


「ブシュゥゥゥゥゥッ」

 いきなりスプレー瓶が、勝手に盛大に噴き出したのだ。

「あわわわっ」

 突然のことに驚いて、腰が抜けそうになり、スプレー瓶を落としてしまった。


 噴き出した消毒液が、魔力検査の石板にかかると、宝石が赤く点灯した。

 プーっという、蚊の鳴くような音も聞こえた。


「学部長、これ、魔力入りの消毒液ですよ」

 立ち合いのリスティル教授が、スプレー瓶を拾い上げながら言った。

「最近は、『無魔力』を標榜しながら、製造過程で使っている製品もあるそうです」

「それは、嘆かわしいことですな」

 学部長は、顔をしかめながら、スプレー瓶、それから私のことを睨んだ。


 ペーパータオルで念入りに拭き、光も音も止まったことを確認すると、学部長はわたしを呼んだ。

「では、あらためて、始めよう。

 お二方も、よくご覧になってください」


 わたしは、宝石に手のひらを押し付けた。

 プーっと鳴った。赤く光った。


「オリガ君。これはどうした訳ですか?」

「わ、わたしにもさっぱり・・・」


「リスティル教授」

 学部長に促されて、ワンピース姿のリスティル教授が、石板に手を伸ばす。

 リスティル教授にも、続くザトウ教授にも、反応はなかった。

 もちろん、学部長が触っても、石板は沈黙したままだった。


「オリガ君。大変に意外な事態ではあるが、いまの君を「無魔力」と認定する訳にはいかない」

「そ、そんなはずは。これは何かの間違いです」

「君だけに石板が反応したのは、動かしがたい事実だ」


 学部長が厳かに告げた時。

 石板が再び、プーっと鳴ったのだ。

 誰も触っていないのに。


 わたしと3人は、呆然と石板を見つめた。



 ふと気づくと、部屋の隅に、黒猫が座っていた。

 目の前の床に、万年筆が落ちている。

 黒猫が万年筆に触ると、石板が反応するのだ。


 学部長を見ると、しきりとポケットをまさぐっている。

 そういえば、先ほどは胸のポケットに、万年筆が見えていたような気が??


「さっきのスプレーで、壊れたのかもしれません。

 他の石板を使いましょう」


 リスティル教授の発案で、部内から別の石板が集められた。

 以後、石板が反応することは、無かった。


「立ち合いのお二人には、お手数おかけしました。

 本学部は公式に、オリガ・コヴァーチを『無魔力』と認定します」

 こうして、私の「魔法弁務士の誓い」の儀式は、無事終了となった。


          **


 ようやく検査に合格して解放されると、わたしは黒猫を探した。

 カフェの前で、日向ぼっこをしていた。


「やっと終わったよ~」

 無造作に近づくと、黒猫はびくっとした顔でこちらを見てから、脱兎のごとく走り去った。


「え、カーラ?」

 猫の身体では、長く持たない、と言っていた。

 下手に漂流していると、雑霊として狩られる恐れがある。

 慌てて後を追う。


「ちょっと。早く戻らないとダメなんでしょう?」

 壁際に追いつめて、近づいたら。

「シャーッ!」

「ぎゃああ」

 ひっかかれた。


 血まみれになりながらも、追いかけたが、見失った。


          **


 ぐったりと疲弊して、部屋に帰ると、

 いつものように、だらしない恰好で、カーラがソファに身を投げ出して、タバコを吸っていた。


「無事だった!?」

「長く持たない、と言っただろう。

 限界を超えると、部屋に戻されてしまうんだ」

「それを先に言ってよ」

 へなへなと床に座り込んでしまった。


「私が付き添って、良かったじゃないか」

「多少トラブったけれど、合格するのが当たり前なのよ」

「あれはトラブルではない。作為的なものだ」

 わたしは驚いて、カーラを見つめた。


「あのスプレーの魔力は、製造工程で混入するようなレベルではなかった。

 とはいえ、魔法弁務学部は「無魔力」の巣窟だからな。

 誰も気づかないと思ったんだろう」

「じゃあ、急に噴き出したのは、カーラが?」

「無論」

「石板がひとりで鳴りだしたのは?」

「魔道具による遠隔操作だ。ある程度の魔力持ちなら、感知できる。

 あそこは無魔力の巣窟だから・・・以下略」


 ということは、学部長はわたしのことを、追い出そうとしたの?

 なぜだろう? 理由はまったく思い当たらなかった。


「カーラの野暮用は、何だったの?」

 するとカーラは、むくりと上半身を起こした。

「校内を調べていた」

「なんで?」

「私をここに縛り付けた人物がいる」


 それって、カーラを「殺した」ってことなのかしら?


「はっきり特定できた訳ではない。

 だが、痕跡を感じるんだ。奴はまだ、学内にいる。

 だから、お前が大学に通えるのは、好都合だ。

 追い出されては困る。

 カンニングしたければ、手伝ってやろう」

「結構です!

 わたしは自分の力で、ちゃんと資格をとりますから!」


 するとカーラは、ニヤリと笑った。

「私の存在は、お前の仕事でも、メリットになる」

「どんな風に?」

「魔法弁務士というのは、いわば『無害の証明』なんだ。

 交渉の場に魔力を持ち込みません、という。

 お前は、無魔力の証明を受けながら、私の魔力を持ち込めるのだからな」

「それはズルじゃないですか!」

「まあ、使うかどうかは、お前に任せるよ」

「使いません!

 わたしは自分の力で、あこがれの魔法弁務士になってみせます!」


 それはわたしの本心だった。今でもそうだ。

 でもわたしには、知る由もなかった。

 何度もカーラの力に頼ることになろうとは。

 それはまた、別のお話。

(了)

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憑依する時は言って! 蒼井シフト @jiantailang

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