憑依する時は言って!
蒼井シフト
第1話:オーバーフロー
わたしは、前から3列目の席に座って、学部長の話を聞いていた。
魔法弁務学部の大講堂。
学内は石造りの建造物が多いけれど、ここは近代的なオフィスビル風だった。
魔法弁務士は、アストラル界との「適切な契約」を行う職業のことだ。
魔法を使うと、マナが消費される。
でも実は、それだけではなくて。
魔法が発動する度に、アストラル界がこちらの世界に「干渉」しているのだ。
詠唱には、「魔法を起こす代償として、○○をします」という内容が含まれている。
これまで魔法使いは、魔法の効果ばかりに気を取られて、「付帯事項」を気にしていなかった。
正確に言えば、付帯事項に気付いていなかったのだ。
魔法が大規模化するにつれて、王国レベルでの深刻な厄災が起こるようになった。
今では、2人以上の魔法使いが関わる魔法では、魔法弁務士による契約審査が必須となっている。
「では諸君。一人ずつ演壇に上がって、『魔法弁務士の誓い』を宣誓してもらおう」
学部長の言葉に、私は拳を握りしめた。
わたしには、いわゆる霊感の類が、一切ない。
ほとんどの人は、極々微量な魔力を持っている。
せいぜい、魔道具との接触で、ちょっとした指示を送れるくらい。
無魔力でも、日常生活には全く支障はないのだけれど。
でもわたしは、幼いころから魔法使いにあこがれていたので、
小学校の魔力検査で「無魔力」の判定を受けた時、人生に絶望した。
ところが。
魔法弁務士には、無魔力が絶対条件なのだ。
アストラル界との信頼形成に必要だという。
それを知ってから、魔法弁務士になることが、わたしのあこがれになった。
自分では魔法を使えないけれど。
国家規模の大規模魔法――治水や、天候操作や、国防に関わる大規模プロジェクトに従事して、「王国が繁栄しているのは、オリガさんのおかげだよ」と言われるような活躍をしたい。
これが、誰にも言ったことはないけれど、私の夢なのだ。
**
最前列の学生が立ち上がり、演壇に登った。
中央のテーブルに、石板が置かれている。
石板には、手のひらサイズの、まるい赤い宝石が付いている。
宝石に触れると、魔力に反応して、赤く光るのだ。
あと、普通の人なら、プーという、蚊の鳴くような音が出る。
何度触っても、うんともすんとも言わなくて、涙したが。
今日ここで、「無魔力」を証明した上で、魔法弁務士への一歩を踏み出すんだ。
わたしも演壇に登ると、誓文を噛まずに言えるかを心配しながら、宝石に触れた。
すると視界が、真っ白になった。
**
「うわっ」「え? なに?」「眩しい!」
大講堂内が喧騒に包まれた。
わたしは、光のショックでうろたえ、こけそうになった。
メガネを落としそうになり、慌てて押さえる。
誰も触っていないのに、宝石はまだ、青白い強い光を放っていた。
赤い宝石なのに、光は青白いのか、と心の中で突っ込んでいると、今度は、
「ビィィ、ビィィ、ビィィ」
という、けたたましい音が、大音量で響き渡った。
「何事だっ!?」
「ビィィ、ビィィ、ビィィ」
学部長の言葉も、「警報」にかき消されている。
「ぱきん」
唐突に、拍子抜けするような小さな破断音がして、警報と光が止んだ。
叫び声も収まり、大講堂内は静寂に包まれた。
石板は、宝石もろとも、真っ二つに割れていた。
「君は・・・オリガ・コヴァーチ君か。
これはどうしたことかね!?」
「ひぃぃぃ!」
学部長に詰め寄られて、わたしは身をすくめた。
このまま、あこがれへの第一歩から、脱落してしまうのか!?
わたしは深呼吸して、無理やり心を落ち着けた。
「無魔力は出生時に決まり、生涯変わらない、というのが定説です。
機器の不調を、疑うべきではないでしょうか」
「む。それはそうだな。
しかし君には、もう一度、厳格な検査を受けてもらう必要がある」
「もちろんです!
検査なんて何度でも受けます!
どんな凄くて痛くて恥ずかしい検査でも、喜んで受けます!」
最後の一言は余計だったんじゃないかと、後で思ったが、この時は必死だったのだ。
学部長と教授たちが集まって、相談が始まった。
他の学部であれば「伝統が」「格式が」みたいなことが、出てくるだろう。
魔法弁務学部では、割とビジネスライクに、物事が即決するらしい。
「魔法弁務士の誓い」は、石板なしで続行することになった。
もとより、学生は全員、受験申込時に無魔力の診断結果を提出済だ。
石板はある種の儀礼な訳で、これは後日、然るべき形で実施することになった。
学部長に促されて、割れた石板の傍らに立つ。
大講堂内の視線を一身に浴びて、冷や汗をかきながら、誓文を述べた。
**
入学式が終わると、わたしは飛び出して、人気のない場所を探した。
建物の端の階段の、踊り場で立ちどまると、自分の口を両手で隠しながら、声を出す。
「カーラ、いるんでしょ! 出てきて!」
カーラは、私の部屋に住みついている、幽霊だ。
部屋に呪縛されているのだが、わたしに憑依することで、外に出られる。
口を隠したのは、カーラがそこから出てくると思ったから。
初めてカーラに会った時。白い霧になったカーラに侵入された。
口や鼻から、幽体を垂れ流している姿を目撃されたら、もうこの大学にはいられない。
返事はなかった。変化もない。
「カーラ! 話せないの? カーラ?」
「何の用?」
いきなり背後から声をかけられて、跳び上がった。
振り返ると、ネイビーブルーのビジネススーツ姿の女性が、私を見下ろしていた。
スーツの生地はしっとり艶やか。ヴァージンウールというやつかな?
芯地が施されて、肩もパンツもきれいなシルエットを保っている。
180を超える長身に長い黒髪、切れ長な瞳はいつものカーラだが、化粧でもしているのか、健康そうな顔色をしていた。
「・・・そんな服、持っていたんだ」
「魔法弁務学部を訪問するには、相応しい格好だと思うが」
「いつも半裸で、寝転がってタバコ吸ってビール飲んでいるから」
「それしかないと思いながら、呼び出したのか?」
わたしはゴホン、と咳払いして、話題を変える。
「憑依する時は言って!」
「なんだ? 何か迷惑でもかけたか?」
「さっきの騒ぎを見てなかったの!? 石板が割れたんだよ!」
「あれは一般人用に感度を高めているからな。オーバーフローして当然だ」
「次に検査に合格できなかったら、わたし魔法弁務士になれないんだよ!」
「わかったわかった」
カーラは、子どもでもあやすように、私の頭を撫でた。
「次に石板に触れる時は、離れてやるから」
「だから、勝手に憑依しないでって言ってるの!」
「嫌なら、部屋から出て行け」
カーラの言葉に、わたしはうっ、と言葉を詰まらせた。
「あの立地と広さ。加えて物価の高騰。
他の物件なら、月200Gはかかるだろうな」
事故物件ということで、月30Gの格安で契約したのだ。
まさか、幽霊に取り憑かれるとは、思ってもいなかったけれど。
「安心しろ。お前の学業の邪魔はしない。なるべく」
「約束してくれる!?」
「約束しよう。邪魔しない、なるべく」
約束になっていない気がするが、それにすがるしかなかった。
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