越境者たち⑥
そこは金沢駅前の大通りにほど近い神社だった。
元旦。初詣である。
俺の隣にはモコモコした白いコート姿の真白先輩がいる。帽子にマフラーに手袋と完全防寒仕様だ。かわいい。絶対にかわいい。
辺りは昨日降った雪がまだ残っていた。道路にも、停まっている車にも、木々の枝の上にも。
境内には行列ができつつある。
二人そろって白い息を吐いていた。
真白先輩は俺の体調を気遣った。「與一君は天沢にとって大事な選手だから、もっと厚着をしないと。金沢の冬をなめないで」
「ま、真白先輩の隣にいたらいつだってホットなんで大丈夫っす!! もう全裸でだって寒くないっすよ!!」
この寒さに全裸とか矛盾脱衣かよ俺。
俺は真白先輩から渡されたマフラーを素直に受け取ってしまう。寒いのが苦手な癖に薄着だったことは認めよう。
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俺は、天沢の一軍の選手になった。野手として。「本当に俺は敬遠されないんすね? ちゃんと打席に立って勝負してもらえる? なら俺は真白先輩——じゃなくて天沢のために打ちます! とりあえずピッチャーやるのはあとからってことで」
そういうことになった。
そういうことになった。
年末の帰省前、寮から出て東京へ帰る直前に惣太は言った。
「俺は生まれてから15年間、ずっと合気道を学んできた。野球は素人だ。その分際で一番強い奴を倒したいだなんて分不相応な願いを抱いている。理由は……己の力を誇示したいから。動機が弱いと思わないか?」
俺は答えた。
「動悸が弱い? どうした、心臓の病気か?」
「うるせえよ。俺はおまえみたいに、女の子を振り向かせたいとか、野球を楽しみたいだとか、そういう純粋な理由で戦ってない。野球やってる奴らにいっちょかみしているだけだ。いくら才能があるからって」
「うぜぇ……」
「俺はおまえのこと認めてるんだぜ與一」
「はぁ俺がホームラン打ったあとに手のひら返したにわかのくせに。早く消えろ」
「来年は全国制覇だ。誓えるか?」
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俺は真白先輩の真似をして、二礼二拍手一礼、参拝を済ませた。手持ちの資金が底を尽きかけていたため賽銭の額は少なかったが。
「お、俺……真白先輩と同じことを祈ったと思います!! 7ヶ月も先の話になりますけれど、夏の県大会で優勝して甲子園」
「ええ、行きましょうみんなで!」
「そこは通過点です」
「……すごいですね與一君」
「全国制覇なんてマジで口にするバカなチームメイトがいてですね。そいつがちょっと練習試合で活躍しただけでイキってやがるんで、同じ目標を立てることにしたんですよ」
「……私はできると思っていますよ。家族のみんなにも言ってるんです。すごい一年生がいるって。私がいるうちに天沢を甲子園で優勝させるかもしれないって」
真白先輩のその言葉に力強くうなずく俺。
彼女は心の底から俺のことを信じてくれている。
帰り道、真白先輩は俺に今参拝した神社の歴史であるとか祀られているシュサイシン? について語ってくれた。地元では有名な神社らしい。前田なんとかという戦国武将が
家まで送り届けようとすると、ちょうど先輩のご家族——小坂一家(両親と兄の3人)がマンションの入り口からでてきたところだった。
「おう與一君!」
「お義父さんお義父さん!」
「あら與一君!」
「お義母さんお義母さん!!」
「與一また会ったな」
「お義兄さんお義兄さん!!!」
俺が真白先輩のご家族との再会を喜んでいると、きょとんとした顔の真白先輩がつぶやく。
「今の呼び方、なんかおかしなニュアンスを含んでいるような」
「気、気のせいですよ真白先輩。それよりなんですか、気になることって?」
「林田君はどうして年末なのに帰省してないのかなって」
「べべ別に深い意味なんてないですよ」
「林田君、東京出身ですよね。そして今学校の寮は閉まっている」
まさか冬休みの間、真白先輩に会うためにネカフェで暮らしているとバレるわけにはいかない。
「こ、こっちに林田家一族郎党で引っ越してきたんですよ。言わなかったかなぁ?(虚言癖)」
そうやってなんとか強引に小坂一家を誤魔化したのだが、すれ違いざま
「君、野宿でもしているの? すごい臭いんだけど」
「げ、マジ?」
俺は着ていた服のあちこちを鼻に当てる。自分では気づかなかった?
お義兄さんは俺ににんまりと笑いかける。
「妹追っかけるのもいいけれど、家に帰って家族安心させたら……?」
将来の家族の言葉には逆らえない。
黒無先輩は野球部のOB、大学でもその力を発揮するに違いない才能の持ち主だ。個人的にもバッティングやピッチングについていくつかアドヴァイスをいただいている。
……俺はその日のうちに金沢を後にした。奇跡的に空いていた高速バスに乗って。
深夜の車内。
そのときようやく気づいた。真白先輩からマフラーを借りっぱなしだったことを。こっちに戻ったらすぐに返さなければ……。
車内は大人の乗客たちで混みあっていた。走り出してしばらくするとあちこちから寝息が聞こえてくる。みんな疲れているのだろう。俺はなぜか寝つけなかった。
俺は甲子園のことを考えた。夏の大会で勝ち進み、そして全国で勝つことがどれだけ大変なことなのか。
俺は青海との練習試合のことを考えた。あのゲーム、代打で出た俺が活躍できたのはただの偶然だ。連中はもっとエグい戦い方ができる。選手の層の厚さ、そして勝利に対する貪欲さを思えば当然だ。甲子園であいつらと対戦することを思うとゾクゾクしてくる。恐怖と興奮で。
俺は惣太のことを考えた。あいつは俺よりはるかに優れたピッチャーだ。そんなことは頭では理解している。ただ認めたくないだけなのだ。あいつは合気道からの転向選手。俺よりも遅く野球を始めたくせに上手く適応していやがる。そのことがコンプレックスになっているのだろう(あるいはあいつの性格か)。
俺は真白先輩のことを考えた。高校生活なんてあっという間だ。彼女と一緒にいられるのも1年くらい。俺がもっと上手くなって、チームのみんなに認められて、チームを勝たせるプレーができるようになって、そして甲子園に行けたら、彼女が喜んでくれる。そう思いたい。
車窓から街の明かりが見えなくなった。バスは高速道路を走っているようだ。俺はカーテンを閉め、寝やすい体勢になってまぶたを閉じると0.93秒後には眠りについていた。
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第10X回全国高等学校野球選手権大会。
出場する高校は予選を勝ち上がった四九校だが、それらすべてのチームを取り上げはしない。
この大会を制するのはこれから物語られる一〇校のうちの一校である。すなわち——
青海大学附属(東東京代表)
如月東(山形代表)
横浜銀星(神奈川代表)
西之園学院(愛知代表)
明石実業(京都代表)
天沢(石川代表)
??(??代表)
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石川県金沢市所在の天沢高校。その硬式野球部には王者相手にも通じる『異能投手』、そして一度は捨てたバットをふたたび拾い上げた『怪力打者』がいる。
両投げ、かつ『走者を確定で牽制死させることができる』無法の投手
剛力無双、あまりにも豪快なスイングゆえ『バットに当たればホームラン』にできるとさえ言われる希代の打者林田與一。
この2人の運命を大きく変える出来事が夏の甲子園で待っている。
——夏の選手権、開幕まであと218日。
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