越境者たち⑤

   (佐山立哉さやまたつや/東東京)



  青海|202|014|30 |12

  天沢|000|100|01 |2


 ふたたび11月の練習試合に情景は戻る。

 最終9回表青海の攻撃。

 前の回は三者凡退に終わっている。

 この回最低でも1点を奪わなければ、青海は敗北感を味わったまま金沢の地を去ることになる。


 打席に立つのは青海レギュラー陣のなかでもっとも小柄な選手、

 しかしもっとも高い打率を残している選手である。


 場内への選手のコールは天沢の女子マネージャーが務める。

「3番中堅手センター、佐山君」(右投左打)。

 彼こそが青海の最高打者リーディングヒッター。俊足巧打。最強青海を象徴する選手の一人だ。


 佐山の背中を押すチームメイトたちの声援——超エリートプレイヤーたちが無条件の信頼を寄せる。ベンチのコーチ陣も同様。細かい指示を伝えず佐山の独断に任せる。

 それらの反応こそが彼の実力を物語っている。


風祭かざまつりは「投手との呼吸があわせにくい」「ボールは遅いが」と言っていたな。鴉城あしろとかいう投手、どれほどのものなのか……?)


 佐山は小顔で凛々しい眉をしている。

 前のイニングにレギュラー陣が打ちとられたことをこの眼で見ていないかのように自信に満ち溢れた表情だった。

「君、二軍なんでしょ? それがうちの奴らに通用するなんてすごいな」


 賞賛する佐山の言葉を無視する惣太。

 惣太は合気道家としては世に名の知られた存在であっても、野球では全国大会どころか公式戦を経験していない。間違いなく彼は挑戦者だった。

 今度は挑戦者が王者を褒め称える。

 この男はいつも真顔だ。

「初めて野球でと会えた。感謝している」


(この俺が凡退するということは、青海のすべてのバッターが鴉城惣太に通じないことを意味する。あってはならない失態だ)


 佐山のバッティングスタイルは打席の最前に立っての『一本足打法』。

 高く右足を上げ、ボールを引きつけ、打つ。

 初球から積極的にスイングする。初対戦のピッチャーゆえデータは少ないが、


(1番速いボールは捨てよう。それより遅いボールは打つ)


 初球、鴉城惣太の左腕から投擲とうてきされたボールはストレート系。


ストレート、近!)

(打つ? いやそれよりも避!)


 スイングを開始した佐山の首筋付近に投げ込まれたボールが変化する。

 ここにきて初のスライダー。ぶつかるコースからゾーンを掠めとる。


 鴉城惣太はファーストストライクを確信したが、


 佐山はボールを避ける動作をキャンセル、

 軸足に乗せた体重を、ステップさせた前足に移し、


 そのバットで強くボールを斬りつけた。打球は、

 一、二塁間。内野最深部で追いついた二塁手セカンドがカヴァーに入った鴉城惣太に送球しようとするも、

 すでに佐山は一塁ベースを駆け抜けている。内野安打。

 ……佐山はバッターボックスの前方で打つメリットを活かした。

『相手が投げたボールが失速してない位置で打つということは、そのボールの速さをそのまま打球速度の速さに加算できるということ』。

 打球の速さは高打率に直結する。


(これが俺の反動打撃カウンターバッティング


 鴉城惣太からこの試合始めて出塁した佐山だったが、まるで打撃内容には納得していない。


(この俺がゴロを打たされた……だと。結果的にヒットにつながったが——)


(わかっている。試合前監督の指示で走らされフラフラだったし、それにあいつがフルスイングしにくいタイミングで投げてきたことも。二重のバフがかけられてヒットにできた。それはいい)


(しかし……こいつがいる天沢が青海俺たちと再戦するとしたら8月だ。9ヶ月もあれば鴉城惣太は俺を打ちとる『策』を考えつくかもしれない。あるいは既にそのための技術をもっていながら本番にそなえ隠しているかもしれない。どちらにせよそうなら……俺たちが負ける可能性が現実味を帯びてくる)


 佐山はバッティンググローヴをチームメイトに手渡す。

「やらかしたよ」と佐山。

 佐山は高打率打者ハイアヴェレージヒッター、だが長打力もある。

 この打席もロングヒットを狙っていたのだ。

 だが結果は内野手の間を抜けず辛うじて1塁ベースに辿り着いた内野安打。

「チームは盛り上がってるよ。ともかく1点! 鴉城惣太あいつにいい印象もたれて試合を終わらせたくないだろ!!」

 チームメイトのその言葉にうなずく佐山。


 北陸の地で青海攻撃陣をもってしても攻略しえない謎の投手が現れた。

 だが彼は決して無敵の存在ではない。そのことを佐山が証明し、青海メンバーも活力を取り戻している。「チャンスチャンス!!」「喰らいつけ〜〜」「つなげよ黄前!!」いつものように大きな声で味方にヤジを飛ばし、敵を威圧する。


(いつもどおりここから大量得点を奪えると、そう願っているような雰囲気だ。違う。こいつはだった。無死ノーアウト1塁のチャンス、並の相手なら1点は獲れるが……)


 佐山はベンチのサインを確認する。次の打者の黄前おおまえには手堅く送りバントをさせるつもりらしい。


(俺の直感が言っている。『この攻撃でホームに還ることはできない』)


=======


   (黄前楽郎おおまえがくろう/東東京)


 鴉城惣太のデータはイニング間にコーチがタブレットで調べてくれた。

(合気道道場の経営者の息子か。変な経歴。合気道のどこが野球に役立つんだよ。組み合って相手投げるならともかくこんな離れた距離で……)


 黄前おおまえは不貞腐れた表情で打席に入ろうとする。送りバントの指示に納得がいってないからだ。


(バントなんて誰にだってできる。初球で決めてベンチで高みの見物をさせてもらうっすかねぇ……)


 黄前は相手ベンチの様子を見る。

 ベンチの中央に座る背の高い選手。染めた長い前髪を額に垂らしている。顔は幼いから1年生か……。さきほど天沢の選手が放ったファウルボールを顔面で止めて鼻血を流していた。包帯で応急処置が施されている。林田與一はやしだよいちが天沢の女子マネージャー真白を助けてるために負った傷だ。


(ベンチにいるってことはまだ出場するつもりなのか? よほど期待されてる選手なのかな。それよりも仕事仕事……)


「4番二塁手セカンド、黄前君」(右投両打)。


 黄前は右打席に入り、バットを構えながら鴉城惣太に語りかける。

「はいはい黄前ちゃんですよ。今のは惜しかったっすね。佐山ちゃんがミスショットするなんて珍しい。どんな仕掛けなのかなぁ?」

「戦う相手に種明かしをして勝てると思うほど、俺は自信家じゃあないよ」

 鴉城惣太はそう言って、セットポジションに構える。ランナーを眼で威圧しながら——

 そこで叫ぶ声が聞こえる。

「惣太!! ほら牽制入れろって! おまえならいつでもランナーアウトにできるんだろ!?」

 そう言ったのは林田與一で、

 惣太は苦笑い。


(なに言ってんだこいつ!? うちの佐山が牽制アウトなんて間抜けなことするわけないだろ?)


 黄前がランナーを視界の端に留めると同時に、

 鴉城惣太投球。黄前は予定通りヒッティングの構えからバントへ移行、


(スライダー? そこそこ速いけれどバントなんて苦もなく——)


 成功。ボールは三塁手サードにむかって転がる。


(イマイチ打球が殺しきれなか——)


 それでも一塁セーフはありえる。黄前の一塁到達タイムは4秒を切る。青海でも屈指の鬼足。

 その黄前が、グラウンドで今発生しているに驚嘆しながら疾走を続ける。


(な——)


 黄前がバントしたボール、三塁線にバウンドしたそれに、ピッチャー鴉城惣太が真横に飛びつき、素手キャッチそして、

 身をひるがえし、ほとんど真後ろの方向にある二塁ベースに送球!!


(ありえない!)


 二塁に入った遊撃手ショートが捕球、ランナー佐山は間一髪遅くアウトになって、


「最悪!!」


 そう口の中でつぶやきながら疾駆する黄前は気づく。本当の最悪は——


 一塁でバッターランナーがアウトにあること。

 遊撃手ショートから一塁手ファーストへの送球が早い。あの体勢から味方が投げやすいボールを送った鴉城惣太の妙技みょうぎ

 間に、あわない。

「最悪!!!」

 一塁でアウトになった黄前はヘルメットを叩きつけ灰色の空を仰ぐ。

 バントミス、二重殺ダブルプレー

 佐山、黄前。青海でも三本の指に入るスピードマン2人を一度の守備で同時に仕留めたのだ。

 相手の攻撃の意図を読み切ったピッチャーの勝利である。

「『兵とは詭道きどうなり』。こっちに送りバントを読まれた時点であんたの負けだよ」

 ピッチャーはバッターに対しそう述べた。


「俺がバントのサインを嫌がっていたのを見てた……」

「あんたにバッターとして才能があることは確かだ。実力者だったことがあだになったな……」


 これでツーアウトランナーなし。青海は鴉城惣太から点をとることはかなり難しくなった。

 彼らが全国最強の攻撃陣を有していることは事実。

 この苦戦は今マウンドに立つ少年が優れているから発生しているだけのことだ。


 惣太は守るナインに声をかけ、それからベンチにいる與一に声をかけた。

「牽制なんざめんどくさい。打たせてゲッツーにしてやった」

「自慢してんじゃねぇよ惣太! ツーアウトだからって油断するな!」


 一方青海ベンチ。

(佐山に白い眼で見られながら)監督に長々と説教をされている黄前はさておき、この試合最後になるかもしれない青海の攻撃者バッターにすべてが託された。

「頼むぞ今村」「俺たちが不甲斐ないばかりに」「いくらなんでも攻撃が淡白すぎる」「点獲ることは前提だよ。なぁ今村」


「俺は俺のやりたいことをするだけや」


 今村はメガネをもちあげてからバッターボックスに入る。

 細い目もあって感情が読みにくい顔をしている男だ。

 今村もえは青海付属大で一番の勝利至上主義者。勝つことのみに意味を見出し、そのためにならどのような手段も即決し採用する。

 ポジションはキャッチャー、バッテリーの配球リードとチーム守備位置シフトを統括し、練習メニュー全般に口出しすることが許されたチームの頭脳。1年の夏からレギュラーとして定着した異才の持ち主。

 そんな彼が1年生ピッチャーに追い込まれた現状とる選択は——


=======


   今村萌いまむらもえ/東東京


「5番捕手キャッチャー、今村萌」(右投右打)。

 今村はこの先の勝利のため、このイニングで惣太を攻略することをあきらめた。

 この策士は『夏』に天沢と再戦することを想定するのならばその選択が至極自然だ。


(できるだけボールを投げさせこいつの投手としてのスペックを開示させる。この打席の目標はそれだけや。俺が出塁したとしてもそれは副次的効果にすぎん)


 鴉城惣太は同じ投球フォームからボールのリリースポイントを前後させバッターのタイミングを狂わせる。バッターの呼吸を読み打ちにくいタイミングで投げる。


(——加えて変化球。この回解禁したスライダーは厄介や。ひっかけてゴロを打っちまったら鴉城惣太との対戦は終了やさかいに)


 今村は細心の注意を払って打席に入る。『第1球』ど真ん中にストレート。

(!!)スライダーを予想していた今村はこの絶好球を見送った。

(根性あるなバッテリー……!)

 この対決でなるべく惣太に球数を投げさせ、相手の癖や球威・球種を見たかった今村。1球損した形だ。

『第2球』インハイにストレート! 思わずのけぞる今村。

(制球難……と思わせたいんやろ? だが無意味や。これまでの鴉城こいつのコントロールの良さ)


 今村は脳内に直近の試合映像を再生させる。惣太が投げた場合、キャッチャーはほとんどミットを動かさない。精緻せいちを極めたかのような敏捷動作クイックモーションからの投球。


(実際に打席に立つとマジで打ちにくいと感じる。カウントB-S。次は遅いボールがくる)


 予測ではなく予言。

 今村はキャッチャーとしての配球のをバッティングに用いることができる。

 人間離れした今村の観察眼は対戦相手のほんのわずかな動作、表情、立ち位置から正解を導き出してしまう。打席に立てばバッテリーがどのような意図をもって球種・コースを選ぶのかが読めてしまう。ほとんど読心術——超能力に等しいチートを手にしている。


 その今村が鴉城惣太を攻める。

『第3球』はボールになるカーヴ、これは余裕をもって見送りボール。

(2球連続でインコース攻め、ここで安易に外を使うほど三下やあらへんやろ)

『第4球』惣太が投げる直前、キャッチャーの能崎がアウトコースでミットを叩く。

(あからさまなフェイクや)インコースストレート、

 今村は打席に立った当初の目的を破棄し強振! 快音を残し打球はレフト、スタンドにむかって一直線に伸びていった。



 標準以上の高い打撃技術、そして前述したとおり相手投手の球種・コースを高い精度で読み切り打ってしまう。

 本来守備がメインであるはずのキャッチャーというポジションを主戦場とし、他に幾人ものプロ級をそろえた青海打線にあってあまり注目が集まらない今村だが、ここぞというときに試合を決める一打を放ってきた(4ヶ月前、夏の都大会決勝でサヨナラホームランを放ったのは他でもない彼だ)。今村萌こそが疑いようのないアマチュアナンバーワン捕手。



 一流の今村だからこそわかる。「あれは入らへん」

 マウンドに立った惣太が落ち着き払って振り返る。「あれは入らないよ」


 ボールはファウルポールの左に切れていった。勝負続行。

 バットを拾いなおす今村。深くため息をつく鴉城惣太。


(あいつ、俺がインコースをねろぉとると気ぃついた瞬間、ボールをリリースするタイミングを遅らせやがった!! わずかに前で打たされホームランにできんかった……)


 

 カウントB-S。ここから今村は相手に翻弄させることになる。

『第5球』シュート、『第6球』カーヴ、いずれもボールになる変化球を打たされた。今村の技術ではどう打ってもファウルにするのが精一杯というコースだった。


 ベンチで見守る青海選手たちが意気消沈する。「あれじゃ無理だ」「今村じゃ厳しい」「コントロールが良すぎる……」


 今村が惣太に投げさせているのか、

 それとも惣太が今村との勝負を楽しみ決着を長引かせているのか。


 今、打つ今村と投げる惣太の意図が合致した。次の投球で決着をつけると。

 今村は鴉城惣太の全身から放たれるオーラの変化に気づく。

(ここにきてコントロールを捨て全力で投げるつもりやな)


 惣太は年長の能崎キャッチャーが送ったサインにうなずく。


(合気道出身、身体の使い方を見ればその独特の技法を用いて野球に取り組んどる。その気概はこの2イニング見ても感じられた。しかし奴は……野球選手になりつつあるのではないか? ならばただの全力投球さえも十分脅威に……)


 鴉城惣太が合気道時代から鍛え上げてきたその肉体を、野球に活用する。

 ここにきて大きく振りかぶる。力感溢れる投球フォームから放たれる球種は、

 70キロを超える握力、人差し指と中指に挟み投げられるそのボールは——


 139キロ。

 それはストレートと同じ軌道から、

 ありえないほどの落差で

            落

             ち

              る。


 今村空振り三振。

 ただ見ればストライクゾーンの下を通過するボールを振らされただけだが、

 バッターがスイングを開始してから鋭く落ちるフォークを見逃すことなどできないのだ。


  青海|202|014|300|12

  天沢|000|100|01 |2


(せいぜい175センチの小柄な投手にやられた! 完全に。ろくに公式戦にも出ていない別競技からの転向選手に。俺たちは9ヶ月後にこいつと甲子園で戦うことになるかもしれん。その確率は20パーセント程度か……。たかが一人いいピッチャーがいるだけで勝てる高校野球やないで。しかし……だが……ここで鴉城惣太と戦えたことが幸運だったと思うときがくるかもしれん)

 ベンチに引き返す今村は、控えめに喜ぶ惣太と視線をかわす。


(リヴェンジの準備は万全にさせてもらうぞ)


 今村にとって打撃は余技、副業アルバイトにすぎない。

 そんな彼が打ちとられたことに苛立っている。彼自身にもその理由はわかっていなかったが、

 他人にすぎない惣太にはわかっていた。


「結局頭ん中でまだ天沢こっちを格下あつかいしているからそう思うんだろ? まぁ今度甲子園でやるときもそう思っててくれた方がやりやすいんだがよ」


 惣太はすでに青海との戦いを始めていた。


 ——9回裏天沢の攻撃。

 一塁手ファーストのポジションに入った今村は、鴉城惣太の打者としてのスペックを解析しようとする。


(奴の運動神経と身体操作能力。バッターとしても要チェックや)


 それと同時に、

 今村はネクストバッターズサークルで素振りをする林田與一はやしだよいちのことも気にしていた。顔に包帯を巻いた1年生が無心に素振りをしている。金属バットが空気を切り裂き轟音を響かせていた。


(まだこないな奴がおったんか……)


=======


  林田與一はやしだよいち/石川


 9回裏ノーアウトランナー1塁。

 その瞬間、球場にいるすべての選手が言葉を失った。

 センターを守る佐山が打球を追うことをフェンス手前で足を止める。

 最終回を任された青海のピッチャーが片膝をマウンドにつく。

 バットの先でとらえたボールが、重力に逆らうようにぐんぐん伸びていき、センターのスコアボールに直撃した。


 一発回答。


 俺は走りながらボールが着弾したことを見届け、一塁ベースを蹴った。

 追撃のツーランホームラン!!!


 両腕を突き上げ喜ぶ。

「どうだよ青海!! これが俺だ!!」 

 俺がそう叫んだ相手はファーストを守る今村で、


「今のうちに精々喜んでいろ」

 今村は腕を組んで俺が走り去るのを見ていた。


「なんつぅ怪力……バットの先であの距離はゴリラじゃないっすか?」

 黄前はボールが飛んでいった方向をまだながめていた。


 青海|202|014|300|12

 天沢|000|100|012|4


 四球で出塁していた惣太がホームで待っている。

 手を高くかかげて。

 俺は黙って、強く惣太の手を叩いた。


 わかっている。天沢がこの回8点以上とって試合をひっくり返すなんて現実的ではない。

 そして俺が今打ったピッチャーは青海でも並以下の存在にすぎない。4ヶ月後に行われるセンバツでも出番があるかは微妙な選手だ。

 だからといって俺の放った本塁打の価値は下がらない。

 俺の一発、あとついでに惣太が2回を抑えたことで、この大差のついた練習試合のムードが良くなった。悪くない形で試合終了を迎えるだろう。


 練習試合だというのに本番さながらの大歓喜の雰囲気である。

 ベンチから飛び出してきた一軍の先輩方に揉みくちゃにされる俺。中には二軍の連中さえ混じって俺の肩や背中、頭部などを殴る蹴るの暴挙に走り、


「いや俺怪我人!! 怪我を押してチームのためにホームラン打ったピッチャーなんだがなにこの仕打ち!!」

「普段の行いが悪いから当然の報いだろ」と二軍メンバーがボソリ。

 

 真白先輩は俺のことを心配そうに見ていてくれた。俺は手を上げてデレデレ。

 惣太が俺の耳元でつぶやく。

「……與一、繰り返すが野手に転向する気はないのか?」

「えーやだよ。みんなと野球したいもん」


「どうしてバッターだと野球ができないことになるんだ?」

「今の俺のホームラン見ただろ? 俺がバッターやったら歩かせる。小学生のときからそうだった。。プレーできなかったら楽しくないもん。青海あいつらだってそうに決まってる」


 俺のこの言葉が聞こえたのだろう、青海の選手たちが発言内容をリレーで伝えていく。キャッチャーがピッチャーに、ピッチャーがファーストに。そしてベンチに。

 ベンチに座る青海のピッチャーたちが一斉に冷たい顔をして俺のことを凝視する。本庄ほんじょうが、泡坂あわさかが、置鮎おきあゆが。


 本庄は口元に不敵な笑みを宿し、

 泡坂はいつものなにを考えているかわらかない顔、

 置鮎はメガネの奥の眼が笑っていない。

 

「次はだれだ。ト○かラ○ウか!!」

「もう最終回だからおまえの出番はないよ」と冷静に惣太。


「俺は真っ向勝負したいからピッチャーになったんだ。ピッチャーなら相手に逃げられることなんてない。バッターなんざ試合でバットもって突っ立っているだけでつまらん(敬遠されるから)。それじゃみんなと勝利の喜びをわかちあえない」

 圧倒的な高打率、長打、どんなウィニングショットも柵越えにする俺は、対戦相手に忌避されバットを振ることを拒絶されたのだ。小学生のころ、初めて公式戦に出た数ヶ月後にはそうなっていた。

 チームで1番のパワーを有し4番打者として君臨していたバッターの林田與一は、そのうちなんのためにバッティングの練習をしているのか意味がわからなかったわけだ。

「——敬遠で出塁するだけチームにとって有利だよ」

 そう惣太は指摘するのだが。


「俺が! 打って活躍しなきゃ! 女の子にきゃーきゃー言ってもらえないだろ!! なによりそれが大事なのに!」

「……おまえの事情はともかくとして、あいつらは試合で死んでも歩かせたりなんてしないよ。あの顔見たらわかるだろ?」


 俺は改めて青海ベンチを見た。

 連中の大半は俺の発言に呆れている——というよりもキレている。そんなに悪いこと言ったかな?


「バッターの才能があることは隠していたつもりはない。シニアじゃずっとピッチャー一本でやってきた。天沢でもそう。俺はピッチャーとして……」


 ベンチに腰かける。

 試合が再開したというのにベンチにいる人間すべてが俺のことを脇目に見ている。スーパースターはつらいな。

 せっかく練習試合に代打で出場できたからホームランを打ったってだけなのに、俺そんなまずいことやらかしたかな?


「與一」

「なんだよ惣太ぁ」


 惣太がなにか言いたそうにしている。

 監督じじいも同じく、口をモゴモゴさせている。


「林田君……ちょっときいてくれる?」

「どうしました真白先輩! はいよろこんで。もうなんだって言うこと聞いちゃいますよ」


「もし野手転向をこの場で認めてくれるなら、鴉城君だけじゃなくて林田君も一軍でプレーできる。そうですよね?」

 監督は首を縦に振った。二度、三度。


「私は君たち2人の力を過小評価していた。投打の要として新チームの軸になるのは『投』の鴉城惣太君、そして『打』の林田與一君の2人だ」

 俺は目を見開いて監督の顔を見つめ、その場に立ち上がる。

「ピ、ピピ、ピッチャーの俺は?」


「君の制球難についてはいずれ決着をつける。肩の良さは外野手でも活かせるだろう。あの打力をさらに伸ばし、外野守備をこなせるようになればレギュラー」

「レギュラー?」


「いや主軸として、いやクリーンナップ……いや4番としてぐうしたい」

「ぐう? にほんごわかんない」


 監督が俺を説き伏せようとしているうちに試合が終わってしまった。俺に続くバッターは3者凡退し試合終了。

 12対5で青海の勝利だ。ただし8回〜9回に限定すれば0対3で天沢が勝っている(これは意味のない仮定だろうか?)。


 選手たちが小走りで集まり、主審の前に整列する。ベンチでグダグダやっていた俺、そしてなぜか惣太が出遅れる。


(悪目立ちしちまう。一軍の奴らの後ろにでも並んどこう……)


 そう思ったのだ。列の先頭にはキャプテンが入るのが通例。だがキャプテンのすぐ横にスペースができている。約2人分。


「? どうしたんすか先輩たち?」と俺。

 惣太はなにが起こるのか事情をもう把握しているようだ。

 能崎先輩が小声で教えてくれた。その空いた場所を指で示しながら、

「相手ビビらせてやりたいんだ。おまえら前に並んどけ」


 これはチームの総意だ。終盤に活躍した俺たちの存在を強く印象付けたい。

 俺はおずおずと、惣太は堂々と、キャプテンの鯨波先輩の横に並ぶ。主審を務めていた天沢のバッティングコーチが青海大付属の勝利を告げ、両チームの選手たちが一斉に野球帽を脱ぎ『礼』。


 俺の眼前には青海の監督の息子『父子鷹』の堂埜が、

 巨漢の『超打者』風祭が、

 そして先発した『二刀流』泡坂がいる。その他レギュラー陣の視線が俺と惣太の2人に注がれる。

 こいつらは俺たちをその実績と体格で威圧しようとしている、それと同時に……

 直接対戦することのなかった泡坂は、なぜか一人上機嫌な様子でこちらを見ている(逆に不気味だ)。


『列強ひしめく青海打線を相手に存分に力を発揮し、三者凡退を2回繰り返した』鴉城惣太。

『代打の出場、2ストライクに追い込まれながらもフルスイングを敢行、スタンドインを果たした』林田與一。


 1年生2人がゲームの主役に躍り出た。緊急出場した二軍選手が日本一と肩を並べる領域に達したというのだ。


「おまえら次は絶対ぶっ倒すからな……」と俺。

「自分の現在地がわかった。悪くないゲームだったよ」と惣太。



=======


 その夜。


 高速道路を走行する青海野球部所有の大型バスの姿があった。

 帰路につくバス車内、ほとんどのチームメイトが疲れから眠りにつくなか、後部座席で車窓から過ぎさる景色を眺めつつその日のゲームを振り返る今村萌。


(最終回のあのホームランでが上がった。林田とかいう2年生スラッガー、あれは厄介や。天沢にOBの飯牟礼いいむれや小坂黒無くろむをはるかに超える『個』が存在したとは……」


(おそらく5割以上の確率で夏の大会で当たる。こちらはセンバツで手札をさらさならんちゅうのに……)


(惣太がどれほどの実力を身につけてくるか。9回だとこちらの攻め方は変わってくるが、惣太のほうも複数の武器を使い分けイニングをもたせてくるかもしれへん)


(全国ともなれば俺たち以外にも強者はいる。そいつらが天沢の戦力を削ったうえで対戦できれば『中の上』、そもそも青海以外の奴らに負けてくれれば『上の上』やな)


 今村は青海というチームを過小に評価している。

 彼らは小細工抜きでもすべての大会を制することができる。それだけの戦力が充実しているのだ。

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