第27話 いちご味のあなた
「唯、イチゴ食べる?」
「なんで?家に苺なかったよね?」
「お土産に買ってきたからね」
「餌付けのつもり……?」
イチゴは好きだけど、先輩にそれを話したことは無かったはずだ。
「唯、イチゴ苦手?」
「いや、むしろ大好き、だからこそ心配」
「なんでさ」
「わたしのことストーキングしてるんじゃないかとか、わたしの思考を読んでるんじゃないかとか、そんな気がする」
「私のことなんだと思ってるの!?」
「キス魔のやばい人」
「そんなぁ!」
そんな会話の後、先輩は丁寧にヘタまで取ってイチゴを出してくれた。
大きなイチゴは口に入れるとほのかな酸っぱさとそれよりはるかに強い甘さをもたらした。
「先輩、この学校の文化祭っていつでしたっけ」
「えっと……、たしか10月だったかな」
「そうですか」
「何かあったの?」
そう先輩に聞かれて、わたしはスマホを差し出す。その画面には楽しそうな兄の写真。
「この写真は?」
「兄さんの学校の写真、文化祭なんだって」
「それだけ?」
「それだけ」
「本当に?私には未練たっぷりに見えるけど」
未練は無い。
そう言ったらきっと、噓になるのだろう。
きっと頭か心のどこかでそれに気づいていたから、考えないようにしていたのだ。
微かに口の中に残る酸味を消さないために、イチゴをもう一粒口の中に放り込む。
「未練はきっと、あります」
「でも、それは、どこか、先輩を否定してしまうような気がして」
歯切れ悪く、伝える。
「戻りたいと、思う?」
「今の生活に不満があるわけじゃありません。一人で生活するのは大変だけど、部活は楽しいし、先輩はわたしにやさしくしてくれる」
「それでも、ときどき思うんです。普通に生まれて、普通に故郷の高校に行けたら、耳栓なんてなくても、普通に過ごせたらって」
いけない。
そう思っても、口は、心は留まらない。
ひっくり返したバケツのように溢れて、先輩に容赦なくそれをぶつけようとする。
それを抑えられないのは、きっと、わたしが先輩に甘えたいからだ。
「都合のいい妄想の中でくらい、幸せになりたい」
「何にも悩むこと無くて」
「耳鳴りも頭痛も考えなくてよくて」
「どうすれば嫌われないかなんて考えなくてよくて」
腹痛がぶり返してくる。
お腹を握り潰そうという勢いのままに押さえつけて、痛みを上書きする。
「これは、卑怯だって、わかってる」
「先輩がわたしのことを必要だと言ってくれたのに、わたしは自分の都合でそこから逃げようとしてる。卑怯だ、わたしは」
「他人を糾弾する癖に、自分の卑怯さを認めることができない、最低だ」
いつの間にか、心は濁流に飲み込まれ、息もできないようになってしまっていた。
――――
「卑怯だ、わたしは」
唯の言葉を聞いて、ほっとしている自分がいた。
「他人を糾弾する癖に、自分の卑怯さを認めることができない、最低だ」
自分を自分の言葉で傷つける彼女を見て、喜びを感じる自分がいた。
『私のこと、知ろうとしないで』
かつて私が唯にかけた、呪いの言葉。
唯は自分の過去のことで精一杯で、私にどんな過去があってもなくてもきっと本当は興味なんてなくて、だから、唯といると安心する。
他の人といるとき無意識に作る壁は唯の前では噓みたいに、まるでコンクリートが砂に変わってしまったように崩れて、唯への感情に溶けていく。
「唯は優しいね」
だから私は唯を肯定する言葉を投げる。
自分自身を否定する唯を否定して、自分に都合のいい唯のままでいさせようとする。
私には唯しかいないし、唯には私だけいればいい。
これが正しい答えなのかはわからないけれど。
唯を抱きしめて、擦れた声を耳元で受け止める。
「わたしは、卑怯で、先輩からも、逃げようとして……」
「そう思うのが優しい証拠だよ、本当に卑怯なら、すぐ放って逃げちゃうからね」
本当に卑怯なのは、きっと私だ。
変化を望む唯の心を無理やりに押し込めて、自分に都合のいい人形にしようとしている自分だ。
「そんな唯が、私は好きだよ」
唯の泣き顔を見つめて、そのままキスをする。
唯の唇は、イチゴの味がした。
――――
「唯、じゃあね」
先輩に(もう何回したかも思い出せないけど)とんでもないことを口走って、(こっちも何回したか思い出せないけど)先輩に無理やりキスされて、大体10分。
これ以上引き留めると自分の節操がまずいと思って、先輩を追い出した。
「帰ったらうがいしてくださいね!うがい薬でですよ!」
「わかってる!小学生じゃないんだから!」
ぶんぶんと元気いっぱいに手を振り、駅に向かう先輩を見送って、わたしは玄関から見える空を眺めた。
空が、蒼い。
故郷の日立より灯りが多いからか、8時過ぎの夜空はうっすらと蒼く輝いている。
『私のこと、知ろうとしないで』
『肯定も、否定も、されたくない』
先輩は昔、そう言った。
先輩は卑怯だ。いや、先輩も卑怯だ。
先輩はきっと、自分が嫌いで。
だから嫌いな自分自身を知られたくないし、肯定されたくないのだ。
でも、それなら、
わたしの嫌いなわたしを好きって言わないでほしい。
「わたしの気持ち、わかっているくせに」
そんな声は誰にも届かないまま故郷とは違う蒼い夜空に溶けた。
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