第2話 みらいとの出会い


おかあさんが消えてから、もう三日が経った。


家の中は静まり返っていた。


おとうさんは仕事には行っているようだったが、帰宅してからは何も話さず、食事もろくに取らないまま、リビングのソファに座り込んでいる。


最初の一日は、何度も警察に電話をかけたり、近所を探し回ったりしていた。


「みどりが、いなくなった……」


うわ言のように何度も繰り返しながら、夜遅くまで帰ってこなかった。


でも、次の日からは急に動かなくなった。まるで、気力を失ってしまったかのように。


「……おとうさん、ごはん、食べないの?」


テーブルの上には、コンビニのおにぎりと、僕が作ったインスタント味噌汁。


おとうさんはそれをじっと見つめるだけで、手をつける気配がない。


「……なあ、明日翔あすか


絞り出すような声だった。


「お母さん、本当に……いなくなっちゃったのか?」


その問いかけは、現実を受け入れたくないという必死の願いのようだった。


僕は唇をかみしめて、ゆっくりと頷いた。


「……うん」


おとうさんは顔を伏せたまま、何も言わなかった。


***


警察からは「事件性は低い」と言われた。


「家出の可能性もある」とか、「何か事情があって姿を消したのかもしれない」とか、そんなことばかり繰り返された。


僕は必死に訴えた。


「でも、おかしいじゃないですか!」


「料理の途中だったんですよ!? 包丁だって、出しっぱなしで! そんなの、普通に考えておかしいでしょう!」


それでも、警察は「もう少し様子を見ましょう」としか言ってくれなかった。


そんなやりとりを、おとうさんはただ横で聞いていた。


いつもなら、僕より先に怒り出すような人だったのに――。


***


家に戻ったあと、おとうさんは警察の言葉を何度も繰り返していた。


「みどりが、家出なんてするわけがない……」


「姿を消す事情?……」


そして突然、僕の肩をつかんだ。


「明日翔、お前、本当に見たんだな!? おかあさんが――"消えた"って!」


「……見たよ」


「なあ、頼む、もう一度、ちゃんと話してくれ! どういうふうにいなくなった!? 何か、他におかしなことはなかったのか!?」


僕はおとうさんの顔を見た。


おとうさんは、おかあさんが消えたことを必死で信じようとしていた。


だけど、その信じる「形」が違った。


おとうさんはきっと、僕の証言の中から、現実的な説明を探そうとしている。


僕は、ゆっくりと答えた。


「おかあさんは、料理をしていて、僕がそれを見てて……。で、その次の瞬間、消えたんだ」


「そうか……」


おとうさんは頭を抱えてうずくまった。


そして、全く何も言わなかった。


それを見て、僕は決めた。


(おとうさんには頼れない。警察にも頼れない。僕が……僕が探さなきゃ)


***


――だから、僕は一人で探すことにした。


おかあさんが消えた場所をもう一度確かめれば、何か手がかりが見つかるかもしれない。


夜、僕は懐中電灯を持って、こっそり家を抜け出した。


暗闇の中、静まり返った住宅街を歩く。


「おかあさんは、確かにここに立っていた。そして……」


ふと、何かの気配を感じた。


振り返ると――そこに、彼女がいた。


月明かりの下、スラリとしたシルエットが浮かび上がる。


長い髪が風になびき、冷たい青い瞳がこちらを見つめていた。


「……あなたが、成瀬明日翔?」


透明感のある、機械のように無機質な声だった。


僕は、一瞬言葉を失った。


「だ、誰……?」


彼女は一歩、僕に近づく。


「私は、みらい。」


そして、ゆっくりと微笑みながら言った。


「あなたのおかあさんは、"消えた"のではなく――"消された"のかもしれないわ」

僕の心臓が、大きく跳ねた。

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