第9話
しかしカヤには、ナツナの全てがこの髪を狙うための偽りの態度としか思えなかった。
「私に構わないでください。帰って下さい」
突き放すように言うと、ナツナが酷く傷付いたような表情を浮かべた。カヤは、ナツナがそのまま泣き出してしまうのではないかと思った。それほど冷たい態度を取ってしまった自覚があった。
だがナツナは、数秒間の沈黙の後に「分かりました」と悲しげに笑った。
「出来すぎた事を言ってしまって申し訳ないのです。もしお力になれる事があればいつでも仰って下さいね。きっと今、とても不安な気持ちでいらっしゃると思いますので」
――これがカヤの勘違いでなければ、ナツナは一見、カヤに寄り添おうとしてくれているように感じた。
しかし素性も分からない人間を助けようとする人が果たして居るだろうか? でもカヤには、ナツナの言葉は嘘で塗り固められているようにも見えなかった。
「それでは、お邪魔しました」
「あ……」
ぺこりと頭を下げて引き戸を閉めようとしたナツナを、思わず呼び止めかけた時だった。
「――おい。こんな女放っておけ、ナツナ」
低い声と共に、ナツナの背後から伸びてきた手が、引き戸を開け放った。そこに立っていたのは、がっしりとした体型の男だった。カヤやナツナより頭一つ分大きなその男は、肩ほどまでありそうな髪をタケル同様一つに結っている。
「ミナト? いつから居たのですか?」
ナツナが仰天したように目を丸くした。ミナトと呼ばれた少年は「少し前から」とぶっきらぼうに呟くと、じろりとカヤを睨みつけた。
「お前か。村中の噂になってる女ってのは」
次から次になんなのだ。不快感をあらわにしていると、ミナトはナツナを背に隠すようにして立ちはだかった。その様子を見て、なんとなく2人が夫婦か、はたまた恋仲なのだと察しがついた。
「人の好意を丸無視か。どんだけ性格悪いんだよ」
ミナトは切れ長の目を更に細めながら、蔑むように吐き捨てた。確かに決して褒められた態度では無かったが、突然現れて、突然人を罵るような男に、性格の良し悪しを説教される筋合いも無い。
「そう思うならさっさと帰れば? 性悪がうつるよ」
負けじと冷たく言い返すと、ミナトは「言われなくても」と苛立ったように鼻を鳴らした。
「おい、ナツナ。行くぞ」
声をかけられたナツナは戸惑ったようにカヤとミナトの間で視線を彷徨わせていたが、やがて諦めたのか、ぺこりを頭を下げた後、静かに引き戸を閉めた。
2人の足音が遠ざかっていき、完全に聞こえなくなった頃、カヤはずるずると床に座り込んでしまった。
――あの二人が隣人なのか。そう考えると、えも言えぬ気持ちに襲われた。
初めは、ミナトに罵られた事に腹を立てているのかと思った。しかしカヤは自分の中に渦巻いているものが、怒りよりももう少し複雑な感情だと言うことに気がついた。
カヤは、無意識のうちにナツナに掛けられた優しげな言葉を心の中で反芻した。
歩み寄ろうとしてくれようとしたのかもしれないナツナの好意を一切信じなかった。それどころか、呆気なく突き放してしまった。それでもあの少女は最後まで笑顔を崩さなかった。
もう少し敵意のない言い方をすれば良かっただろうか。申し出を断るにしても、せめて礼のひとつでも言えば違っただろうか。
いや、でも、突然優しい顔をして近寄ってきた人間を警戒するのは、自分の今の状況を考えれば、仕方のない事のはずだ――
そう何度も言い聞かせるものの、なぜだかナツナのあの悲し気な表情が、カヤの脳裏から離れないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます