第5話 五年前
義仲は椅子に深く座って背もたれに寄りかかった。
「五年前の俺は、王都の青瓦町御池通りという下町の商店街の二階に事務所を持っていた。一種の探偵業をしてたんだ。森の中で行方不明になった間抜けを探すのが主な仕事だ」
「繁盛してたのかしら?」と未華子。
「まあまあだな」と義仲。「俺は働き者じゃないから、たまに依頼が来る程度で十分だ。食っていけるだけの収入が得られればよかった」
「そう」と未華子。「欲がないのね」
「もめ事が嫌いなんだ。」と義仲。
「もめ事屋さんなのに、おかしいわ」と未華子。
「その通りだな」と義仲。「そんなところに元上司の男が訪ねてきた」
「元上司っていうことは、前は別のお仕事をされていたの?」と未華子。
「ああ、徴兵されて三年間軍にいた」と義仲。「当時、森人の男子のほとんどは兵に取られていたんだ」
「そうなの」と未華子。「それは申し訳なかったわ」
「あんたのせいじゃないだろう」と義仲。
「皇族だもの、責任があるわ」と未華子。
「そんなことはいいんだ」と義仲。
「わかったわ。早く続きを話して」と未華子。「元上司ってどんな人?」
「ここに座ってる山形だよ」と義仲が指をさした。
「あら、ご縁があったのね」と未華子。
「わたくしも森人出身でございます」と山形。「あのころ第一特戦隊を預かっておりました」
「そうだったの」と未華子。「話を続けてくださらない?」
「山形から極秘の依頼を受けた」と義仲。「人質の救出だ」
「どんな?」と未華子。
「どこかのお嬢様が賊に誘拐されて森に拉致された」と義仲。「極秘の内容なので軍を動かせないと言う」
「中央情報局の特捜課と陸軍特戦隊の合同作戦は失敗したのです。どこかから情報が漏れていたらしく、待ち伏せされました」と山形。「我々には打つ手が無くなり、それで八谷氏に依頼いたしました」
「なぜこの人だったの?」と未華子が真顔で聞いた。
「彼は信頼できる人柄で、何より腕が立つからでございます」と山形。
「なるほど」と未華子。「それで、あなたはそのお嬢様が誰か知っていたの?」
「いいや、知らされてなかったよ」と義仲。「今回もそうだっただろ。諜報部の連中のやり方なんだ」
「そうなの」と未華子。「お話を続けて」
「俺は森の中の敵のアジトに潜入した」と義仲。
「すごいのね」と未華子。「特捜課と特戦隊でも無理だったのに」
「賊らは特捜課と特戦隊を退けたことで油断していた」と義仲。「それに俺は単身だったから、敵に紛れて入ることができたんだ」
「それからどうしたの?」と未華子。
「救出対象を見つけた」と義仲。
「どんな場所だったかしら?」と未華子。
「パーティー会場のホールだ」と義仲。
「詳しく話してくださらない?」と未華子。
「会場の真ん中のテーブルの上に救出対象がのせられていた。酒に酔った男たちに取り囲まれて乱暴されていた」と義仲。
「それで?」と未華子。
「仲間のふりをして救出目標に近づいた」と義仲。「乱暴に加わるふりをして救出目標をつかんで逃げた」
「その救出目標の様子を教えて」と未華子。
「服を破かれ、泣いていた」と義仲。「お父様、お父様、と」
「そしてあなたは、犯すふりをして私の体を抱きかかえた」と未華子。「私はさらに泣き叫んだ」
「俺は少女を抱えて逃げた」と義仲。「その場に手練れが何人かいたが蹴散らして、森の奥に逃げた。賊には夜中に森の奥へ入れるほどの使い手はいなかった」
「それで、なぜあなたがお尋ね者になったの?」と未華子。
「帰還して少女を引き渡した後、後ろから撃たれた」と義仲。「俺は何とか逃げおおせた。それから五年がたった」
「誰が撃ったのかしら?」と未華子。
「山形の部下だよ」と義仲。
「なぜ?」と未華子。
「秘密を守るためでございます」と山形。
「秘密とは?」と未華子。
「未華子様の純潔に関する秘密でございます」と山形。
「そんな理由だったの?」と未華子。
「左様でございます」と山形。
「初めから殺すつもりだったのかしら」と未華子。
「もちろん違います」と山形。「作戦前の時点では、我々陸軍諜報部は未華子様の状況に関する情報を十分に持っておりませんでした」
「ではいつ、だれが撃つと決めたのですか?」と未華子。
「恐れながら、中央情報局から救出の状況を知った国王陛下のご指示でございます」と山形。
「そう」と未華子。「お父様の指示だったの」
「恐れながら」と山形。
「あなたには感謝してお礼をするために来てもらったのに」と未華子。「なんて謝罪していいかわからないわ」
「あんたが悪いんじゃない」と義仲。「それに、山形はわざと急所を外すような指示を出したのだろう。俺が逃げられるように。そして五年間、追わないで監視だけしていた」
「本当なの?」と未華子。
「申し上げかねます」と山形。
「義仲さん、あなたは元上司の山形にぞんざいな話し方をするけど、何か理由があるのかしら?」と未華子。
「同門なんだ」と義仲。
「わたくしは若いころ、さる道場で修行しておりました」と山形。「わたくしはその道場の末席でございました。」
「義仲さんは?」と未華子。
「道の継承者でございます」と山形。
「師匠ということ?」と未華子。
「左様でございます」と山形。
「正しくは俺の祖父の弟子だ」と義仲。「それから俺はもう、継承者ではない」
「どういうことなの?」と未華子。
「俺は掟を破った」と義仲。「だから里には帰れない」
「どのような掟なの?」と未華子。
「術は森の獣に対してのみ使う。人には向けないという掟だ」と義仲。
「いつどこで使ったの?」と未華子。
「あんたを抱えて逃げるときに使ったよ」と義仲。「青い光を放つやつだ。あんた、びっくりしてただろ」
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