第5話

そう?と言うように、僅かに首を傾げるような仕草をして、


<font color="#3399cc">「…………とりあえず、立ち話もなんだから、座る?」</font>


巽が言って、屋上にあるベンチに視線を向ける。


<font color="#d35889">「い、いい!このままで、だ、大丈夫だから!」</font>


 慌てる玲衣を、巽はまたじっと見つめた後、少し困ったように視線をはずし、頬を掻く。


<font color="#3399cc">「まあ、そう言わずに……ちょっと付き合ってよ。ちょうど、風月と話したいと思っていたんだ」</font>


<font color="#d35889">「え……」</font>


 どきりとした玲衣が呟いた時には、巽はベンチに向かって歩き出していた。

 何となく、断れる雰囲気ではないので、玲衣も巽にならって、ベンチに向かう。


<font color="#3399cc">「……実は前から、聞きたいことがあってさ」</font>


 成り行きとはいえ、誰もいない屋上のベンチに並んで座っているという、予想外な出来事に困惑しながらも、玲衣は巽の話に耳を傾けた。


<font color="#3399cc">「あの、さ……一昨年の話なんだけど……。通りすがりに、お婆さんを助けなかった?」</font>


<font color="#d35889">「……一昨年?お婆さん?」</font>


 藪から棒の話に、玲衣は素直に困惑した表情になる。


<font color="#3399cc">「……やっぱり、覚えていないかな。一昨年の事だもんな……」</font>


<font color="#d35889">「……一昨年って、中二の時?」</font>


<font color="#3399cc">「……うん。実は、うちのばあちゃんの話なんだ。その日はたまたま大きな荷物を持っていて、駅の構内で急いでいた人にぶつかられたらしくてさ……転んだ拍子に、足を挫いちゃったんだって。幸い、怪我は大したことはなかったんだけど、荷物もあるし、ちょっと難儀していたところを、明月中学校の女子生徒に助けてもらったんだ」</font>


 巽は玲衣の瞳を見つめてから、あまり見ると玲衣が嫌がりそうだからと、そっと視線を外す。


<font color="#3399cc">「……明中ってさ、スクールカラーがオレンジで、運動部の大会なんかだとジャージだから……一目瞭然って感じで、凄くわかりやすいんだけど、その子は制服だったから、すぐにはわからなかった。でも、学校指定のオレンジが挿し色になっている、暗い緑色のリュックを背負っていたから……ばあちゃんが、ミカンみたいな色のリュックだって思ったみたいで、よく覚えていて……明月中学に通っている子だって、その後、わかった。風月、明中だったよな?」</font>


 確かめるように問い掛けると、玲衣は驚いたように目を瞬く。


<font color="#3399cc">「それから、半年くらいかな……もう、そんな話も忘れかけていた時に、ばあちゃんが珍しく興奮気味に言ってきた。“風月堂のお嬢さんだった!”って。足を挫いたばあちゃんを親切に助けてくれたのが、贔屓にしている風月堂の子で、俺と同い年だったってことを知って、俺にも教えてくれたんだ」</font>


 そう、言われてみれば……確かに、そんなことがあったような気がする。と、玲衣は記憶の糸を辿った。


<font color="#d35889">「…………あ。お着物を着て、赤い綺麗な風呂敷包みを持っていた……?」</font>


<font color="#3399cc">「……あ、うん。そう!たぶん、それ、ばあちゃんのお気に入りの風呂敷だと思う。あの時も、それを使っていたのかもしれない!」</font>


 ぱっと目を輝かせた巽に、玲衣はさらに記憶の糸を引いた。


<font color="#d35889">「……ああ、うん。思い出した、かも。小柄な……方、だよね?綺麗に着物を着た方だったような……気がする。髪も綺麗に結っていて、白髪まじりなのが、何だかとても素敵だなって……思ったんだ。何度もお礼を言われて……」</font>


 巽は大きく息を吐いて、玲衣に向き直った。


<font color="#3399cc">「あの時は、うちのばあちゃんを助けてくれて、ありがとう!」</font>


<font color="#d35889">「えっ、あ……いえいえ!と、とんでもないっ!」</font>


 驚きで目を見開いて、手を振る玲衣に、巽がもう一度、頭を下げる。


<font color="#3399cc">「本当に、ありがとう。父方の祖母で、一緒に暮らしているんだけど……、人に迷惑をかけたくないからって、困っていてもなかなか人には頼れないところがある人でさ。風月が気付いて、すぐに手を貸して助けてくれて、本当に感謝していた。俺も同じくらい、感謝しているんだ」</font>


<font color="#d35889">「え、えぇ――……そんな……お、大袈裟だよ!たいしたことはしていないし……というか、何て言うか、あのお婆さんが、檜山くんのお祖母さんだなんて……何だか、それは……すごい、奇遇、だね?」</font>


 あの時のことが、急に今になって繋がるなんて、不思議だ。素直に驚く。


<font color="#3399cc">「あはは、世間は狭いよな!」</font>


 すっかり忘れていたことだったので、まさかあの時のことが、今になって、こういう形で繋がり、目の前に現れるとは夢にも思っていなかったので、とてもとても不思議な感覚になる。

 あの時のお婆さんの孫と、まさか同じ高校に通っていたなんて、すごい偶然だ。


<font color="#d35889">「あ……お祖母さんは、あの後、どうされたのかな?大丈夫だった?」</font>


<font color="#3399cc">「うん。ちょっと挫いただけだったから、全然。ぴんぴんしているよ。荷物を持って、付き添ってくれて、タクシーにまで乗せてくれて……ばあちゃん、すっげー感謝していた。本当にありがとうな!」</font>

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