集いの杜〜未来を紡ぐ指先〜

涼風岬

第1話 

 神社から離れたもりの開けた所、着物姿の少年が大きな岩の上に右膝を立て座っている。見た目は高校生くらいの年頃だ。岩は大地に向かって垂直に鋭利な刃物でぷたつに切ったかの様だ。その面はヤスリで磨いたようにつやがある。


 うれいを帯びた表情の彼は目の前の池を眺めてる。しばらくすると彼は岩に積んだ小石を一つ手に取り池へ投げる。水面に衝突した小石は幾層いくそうもの波紋を生み沈む。それを眺めるのが永年の習慣となっている。


 その時、彼のもとへ来客がある。若い夫婦であったモノたちだ。彼らは獣道をまたぎ大岩に座る彼を見上げる。


「ようこそ」


 彼が続けようとした時、夫婦がさえぎるように発する。


「願いがあって来ました」

「そうです」


 先に発した夫の後を間髪入れず妻がそう言った。


「置かれている状況はお分かりでしょうか?」


「私達は肉体的には死んでる。もう時期完全に死ぬんだろ」

彷徨さまよい悟ったわ。でも、まだ死ねないの。だから此処ここへ来たんです」


「想いを伝えに来たのですね?」


「そうだ」

「そうよ」


 そう夫婦が言うと彼は腰を上げ立ち上がる。


うけたまわりました。最期の想い書き入れます」


 彼が空を見上げると一枚の紙が舞い落ちてくる。それは死にゆくモノの為の特別な紙だ。それを彼は夫婦へ手渡す。そしてふところから取り出した小筆もそうする。


 先に夫が次に妻が想いを書きつづる。書き終えた紙を受け取ると彼は紙を空中へ投げ上げる。すると紙が次第に大きくなり舞い落ちてきて大岩の切り出した側面積いっぱいに張り付く。彼は空に腕を突き上げてのひらを開く。その瞬間、彼の背丈をゆうに越える巨大な筆が出現した。


 その筆で紙の文字をなぞっていく。すると一文字書き終えるたびに文字が浮かび上がり空中へ舞い上がっていく。書き終えると懐から半紙を取り出し投げ上げる。すると宙を浮いてた文字が一文字ずつ紙へと定着し想いのふみが完成し手元へ舞い落ちてくる。彼は手に取る。


「最期の想い届けます」


 彼が指笛を吹くと大岩の背後の木に留まっていた一羽の鳥が飛び立ち彼の肩に留まる。送鳥そうちょうと言う。彼は紙に封をし鳥にくわえさせる。すると羽ばたき飛び立とうとする。


「待ってくれ」

「待ってちょうだい」


 同時にそう言った。彼が再び指笛を吹くと鳥は羽ばたきを止める。


「まだ子どもは幼いんだ」


 夫が言うと妻が彼を遮るように前へ出る。


「受け入れられる年頃に送ることは……」


「可能です」


 彼は言った。


「良かった」

「良かったわ」


 夫の方が続ける。


「私の母には肉体の死にぎわに私たち二人は遠くにいると伝えくれと頼んだんだ」


「その時に受け入れてくれることを願います」


 そう妻が続けて言った。


「それでは宜しいでしょうか?」


「あぁ」

「えぇ」


 夫婦は何が起こるかを悟った様に言った。彼は人差し指を立て空に向けて『滅』の文字を描く。


 その文字が夫婦の上空へと向かい弾け散る。すると、それは光り輝き彼らへと降り注ぐ。彼らは手を繋ぐ。彼らは次第に消えていく。最後に触れ合う指先が消失した。






 あれから数年後。彼は粛々と与えられし使命をまっとうしている。夕暮れ時、池へと小石を投げる。しかし、いつもと違い石を続けて手に取り、横手から石を手首をきかせ池へと投げる。水面を三回跳ねて沈む。急に脳裏に思い浮び石切りを始めた。そんな事は今までなかったので不思議に思う。岩の上からなので角度があり三回しか跳ねなかったのだ。


「よしっ! やるか」


 なんだか悔しくなった彼は今度は岩から降りてやろうと立つ。


「スゴ〜イ」


 その声に彼は驚く。声の方向を見ると、五、六歳の女の子が水面を眺めている。此処へは神社の者以外滅多に寄り付かない。彼が最後にそれ以外の人間を見たのは半世紀以上くらい前だ。なので彼は彼女を暫く観察してみる。


「跳ねるかな」


 しゃがみ込むと彼女は地面とにらめっこ始め、首を左右に動かし目をキョロキョロさせる。その姿を彼は愛くるしく思う。暫くそうした後、彼女は厳選した平たい石を拾い上げる。


「よしっ! やるか」


 彼女は立ち上がると眉間に皺を寄せ口を真一文字する。次の瞬間、彼女は横手から石を投げる動作に入る。彼女は腕を振るが足がもつれ尻餅をつく。勢いよく彼女の手から放たれた石は明後日の方向へ行き杜の茂みへと消えた。


「は〜ぁ」


 溜息をつき彼女は立ち上がり、スカートのお尻の部分についた土を両手でパタパタと払う。そして再びしゃがみ込み石を厳選し始める。終えると立ち上がり先程と同じ表情で再び投球動作へと入る。


 今回は尻餅つくことなく石は彼女の手から離れる。しかし水面へ到達すると跳ねることなく沈んでいく。彼女はそれを見届け肩を落とし、何度も溜息をつく。


 そんな彼女を彼は見守る。暫くすると彼女が顔をあげ方向転換させる。


「もうやらないのっ」


 彼は彼女が諦めてしまったんだと思った。しかし彼は違和感を覚える。それは彼女が岩を見上げて明らかに自分の方を見ているからだ。彼女は眉間に皺を寄せ始める。


「石切りもうやらないのっ?」


「えっ……」


 彼は思わず声が出てあせる。しかし、すぐに彼は冷静さを取り戻す。なぜなら人間の彼女には人非ひとあらざる自分は見えないからだ。しかし完全には落ち着かない。それは彼女と視線があっているからだ。彼は偶然だと言い聞かせる。


「ふんっ! つまんない」


 彼女は彼に背中を向け歩き出す。彼は彼女の後ろ姿を見送る。彼女の独り言だったのだと彼は安堵する。しかし、それと同時に複雑な気持ちにひたる。そんな中、彼女の姿は杜の中へと消えていく。






 あれから数か月後。彼の元へ来客がある。六十代くらいの男性だったモノだ。


「ようこそ」


「どうも」


「御自身の置かれている状況はお分かりでしょうか?」


「ああっ、死んだんだよな。いや、正確にはまだなのかな」


おおむね合ってますよ。想いを伝えに来られたのですよね?」


「そうだよ」


うけたまわりました。最期の想いを書き入れます」


 そう言うと彼は所作に入ろうとする。


「待ってくれ」


「何でしょうか?」


「俺の想いは本当に届くんだよな? あっ、すまん。届くんですよね?」


「そうですよ」


「送り先の住所を知らないんだが」


「それでも大丈夫ですよ」


「本当か?」


「はい」


「信じていいんだよな? いや、いいんですよね?」


「心配ご無用です。確実に送り届けますよ」


「母ちゃん、いや母とは疎遠でよ。実を言うと勘当されしまったんだ。兄ちゃん、二人の兄と違って出来が悪くてよ。二十歳過ぎに家を飛び出してそれっきりさ。あっ、すまない。聞きたくねぇよな? あっ、聞きたくないですよね?」


「そんな事ありませんよ」


「まだ聞いてもらっていいかい?」


かまいませんよ」


「自分が親になって母の気持ちが理解できるようになったよ。後の祭りってヤツだな。学はないけど一財産築いたんだぜ、これでも。母が会いにくる前に行くもんかと意地張ってよ。会いに行く決心がついた矢先に倒れちまったよ」


 彼は遮ることなく聞き続ける。暫くすると男性の話は終わった。


「もう想いのたけは宜しいでしょうか?」


「スッキリした。お願いするぜ、いやお願いします」


「それでは想い書き入れます」


 そう言うと彼は再び一連の所作に入る。終えると指笛を吹く。すると鳥が彼の肩に留まり咥えさせる。すると鳥は彼の肩で羽を上下に動かすごとに巨大化していく。巨大化がむと羽ばたき空高く舞い上がると遥か彼方かなたへと消えていく。


「それでは宜しいでしょうか?」


「おう。いや、はい」


 その言葉に彼は空に向けて『滅』を描く。すると男性は足下から徐々に消えていく。首から下が消え、残るのは頭部だけで口元が動く。


「あんがとよっ。いや、有難う御座いました」


 その言葉に、ゆっくりとうなずき彼は応える。男性の口が消え去る。暫くして完全に消失した。






 その後も彼は幾度も想いを書き入れ届け続けた。今日も小石を取り池へと投げ込もうとするが手を止める。その理由は人間が訪れたからだ。二人いる。一人は、この前の少女だ。浴衣を着ている。もう一人は男の子で甚平を着ている。もう祭りの時期かと彼は思う。


 二人はしゃがみ込み首を左右に動かし目をキョロキョロさせている。暫くして二人は各々おのおの石を取る。そして石を見せ合い自慢しあっている。


 それを終えると少女が池の方へと向く。そして彼女は横手で腕を振る。彼女の手から放たれた石は跳ねずに池の中へと沈んでいく。この間と同じ結果だ。彼女は地団駄を踏み始める。それに対し男の子がなだめている。


「早くお兄ちゃんも投げてよっ!」


 彼女は投げやりに言い放つ。まだ虫の居所が悪い様子だ。彼女は腕組みし彼を見る。いや睨んでいるの表現が正確かもしれない。


 それに対して男の子は深く深呼吸する。そして手に持ってる石を持ち直し走り出す。横手で投げる動作に入る。池の淵ギリギリで左足足を踏ん張らせ腰を振り彼の手から石が放たれる。


 石は水面で四回跳ね勢いを失う。そして水面へと向かう。その刹那、ドボーンと大きな音がする。それは石が水面を直撃した音ではない。男の子が前日に降った雨でまだ泥濘ぬかるんでる土に足を取られ落水した衝撃音だ。


 少女は走り出す。そして両膝をつくと左手で池の縁を掴む。泳げない彼女は右手を伸ばす。しかし彼女の手は男の子はうまく掴めない。足がつった彼はパニックに陥って泳げてなく藻掻もがいてる様にしか見えない。徐々に彼の手は遠ざかる。


 その様子を岩の上から彼は傍観している。残酷かもしれないが人間の生き死に介入かいにゅうするのは禁忌なのだ。これまで彼は一度もない。正確に言えば、これ程、差し迫った状況に遭遇したことはない。


「助けてよ! お兄ちゃん」


 その声の方を向く。女の子が彼を見て視線が合う。次第に彼女の表情が崩れる。そして彼女のつぶらな瞳から涙がこぼれ口を大きく開け泣き出した。


「お兄ちゃんが死んじゃちゃうよ」


 彼女は視線を逸らし顔の向きを変える。そして、池の縁を力一杯ちからいっぱい掴み体をを目一杯めいっぱい伸ばす。無理な大勢の彼女はバランスを崩し池へと落水し大飛沫おおしぶきがあがる。


 その刹那、彼の体が動き出す。そんな中、彼は球体となり彼女の体へと入り込む。そして彼女と一体となる。


 彼女の体を使い泳ぎ出す。そして気を失っている男子を両脇を抱え泳ぎ池の縁から陸へとあげる。それは到底女の子の体から生み出される動きや力ではない。そしてみずからも陸へとあがる。


 そして彼は女の子の体から抜け出る。その瞬間、少女は気を失う。球体の状態のまま上空へと上がり二人の様子をうかがう。


 暫くすると二人とも息を吹き返す。二人は不思議そうに顔を見合わせている。その直後、二人の元へ大人の男女二人駆け寄ってきた。二人の両親のようだ。


 男の子が水掛けして遊んでいたと嘘を付いた。両親に心配をかけたくないのだろう。女の子は無言でその様子を眺めている。男の子は両親と手を繋ぎ歩き出す。その三人の後に女の子は続く。彼女は振り返り上空を見上げる。暫く立ち尽くした後、向き直り歩き出す。






 その翌日、神社の者が訪れる。その者は人間であって人間でない。天上のモノが体に宿やどり会いに来たのだ。


「私が来た理由は分かっているね?」


「はい、我があるじ様」


「まさか君が禁忌を犯すとはね」


「申し訳御座いません」


「本来なら使命の剥奪処分だよ。しかし君は想伝使そうでんしとして通常の十倍近い永年に渡りを使命を忠実に全うしてきた。その功績に免じて執行が見送られた。しかし、もう送鳥は代替だいがわりさせない。送鳥の終わりが使命の終わりを告げる時だよ。その時には選択しないといけないよ」


「お心遣い痛み入ります」


「今度、介入したら分かってるね? 堕天だてんもあり得るよ」


「承知しております」


「あっ、そうだ」


「何で御座いましょうか?」


「今回の事は実は良い機会かもしれない。これを機に天籍入りしないかい? 君の籍は空け続けているんだよ。私の後継は君しか考えられないよ」


「過分な評価痛み入ります」


「固辞し続ける理由は何だい? まさか準天籍の君が人間如にんげんごときへ転籍なぞ考えてないよね?」


「それは全く考えておりません」


「だから介入したのかと思ったよ。堕天させられる事はあっても自ら転籍なんてね。ならときの問題だね? では期待して待ってるよ」


「熟考させて頂きます」


「それでは私は失礼するとしよう」


 そう言うと天上のモノは彼に背を向け歩き出す。その背中に少年に見えるモノは深く一礼する。






 それから一年程経った。その間も彼は粛々と使命をこなしてきた。今日も永年の習慣を実行する。少しだけ変わったことがある。それは平たい石を積み上げるようになった。手に取り池の中へと投げる。


「石切りはしないの? お兄ちゃん」


 その声にハッとなり顔を声の方へ向ける。あの女の子だ。彼女の周囲を見回すが兄はいない。


「石切りしないの? お兄ちゃん。ねぇ?」


 一言付け加えて彼女が言った。それを彼女は何度も言い続けているが、彼は顔を横に向け無視を決め込む。それは自分が見えてるはずないからだ。彼女の声が次第に大きくなる。彼は気になり彼女を見る。獣道が直前に迫っている。


「その道を超えちゃダメだ!」


 思わず彼は声を荒げる。女の子はビクッとして立ち止まる。獣道を挟み対面には二匹の獣が彼女を威嚇している。彼女のつぶらな瞳からは今にも涙があふれそうだ。彼女は後退あとずさりするが恐怖で足がもつれ尻もちつく。


「ビャク! ヘキ! 下がれ」


 二匹の獣は杜の中へと消えていく。二匹は彼の守護獣だ。神社の狛犬こまいぬが実体化したものである。人間が獣道を越えようとすると出現するのだ。


「お兄ちゃんの犬ですか?」


 ――えっ!


 彼は心の中で呟いた。


「お兄ちゃんの犬ですか!」


「…………えっ、聞こえてるのかい?」


「やっぱり無視してたですね? 聞こえてるし見えてるですよ」


「なっ、何してるんだい?」


 あり得ない現実に絞り出すように彼にはそれしか言葉が出てこなかった。


「お礼しに来たですよ」


「お礼?」


「お兄ちゃんを助けてくれたでしょ?」


「…………」


「お兄ちゃんを助けてくれたでしょ!」


「…………あっ、うん」


 その彼の言葉に女の子は立ち上がり歩き出そうとする。


「この道を!……超えちゃダメだよ」


 また声を荒らげそうになったがさとすように言いかえた。


「分かったです」


 そう言うと彼女はスカートのポケットに手を突っ込み何かを取り出すと彼へと腕を伸ばし差し出す。そしててのひらを広げる。


「お礼のキャンディです。どうぞ」


 彼は伸ばした腕を急に引っ込める。それは彼女に触れられないからだ。物理的にそうだ。すり抜けてしまうのだ。霊力を使えば可能だが禁忌だ。


「いらないですか?」


「あっ……甘い物は好きじゃないんだ」


「虫歯になるからですか?」


「そっ、そうなんだよ」


「食べていいですか?」


「あっ、どうぞ」


「本当は食べたかったけど、お礼する為に我慢してたです。おばあちゃんが虫歯になるからって一日一個しか貰えないです。だから明日にならないと食べれなかったんだぁ〜」


 彼女は包み紙を開き口に入れ舐める。さっきまでの泣き顔が嘘かのように満面の笑顔だ。


「石切りやらないですか?」


 舐めながら彼女は言う。彼は首を横に振る。しかし彼女は諦めない。その後も何度も言い続ける。しかし彼は首を縦に振らない。それでも彼女は諦めない。時折、舐めながら言う彼女は言葉が変になる。それを彼は愛くるしく思う。


「怒ったです」


「石切りやらないからかい?」


「違うです」


「じゃあ何かな?」


「犬で驚かせたことです。ちゃんとしつけないとお散歩させたら駄目ですよ」


 後半の大人びた発言に彼は思わず吹き出しそうになる。それを我慢する。


「ごめんなさいして下さいっ!」


「ごめんね」


「許さないですっ! 石切り教えたら許すですっ!」


 最初から狙っていたのか、途中から作戦変更したのか彼は感心する。後者なら末恐ろしい子だなと思う。


「分かった」


 彼は降参した。


「やったぁ!」


 そう言うと彼女は走り出し石を探しにいく。しばらくして戻って来たが不満げな御様子だ。選んだ石に納得できてないのだ。


「ちょっと待ってて」


 そう言うと彼は大岩の元まで歩き出す。そして飛ぼうとしたが彼女が見てるのだと我に返る。取ってきた石を彼は二人の境界線である獣道の真ん中に置く。その行為に彼女は不思議そうにする。手渡してくれればいいのにと。目の前の石を見て、すぐに忘れて目が輝く。


 彼女が投げる。しかし一回も跳ねず不機嫌になる。彼が投球動作のお手本を見せる。それを彼女が何度も真似する。そして練習を終えた彼女が投げると一回だけ跳ねた。彼女は満面の笑みを浮かべ誇らしげだ。


「疲れたので帰るです」


「わかった」


「あっ、お名前なんですか?」


 彼は言葉に詰まる。それは彼に名前なんてないからだ。


人外じんがい……だよな」


 そう思わず声が漏れてしまった。


「ジンガイですか? ジンが名字でガイが名前ですか?」


「あっ……うん」


 都合よく彼女が解釈してくれた事に彼は胸を撫で下ろす。そして人間だったらどんな名前が良いだろうかと思う。しかし何を考えてるんだと即座に打ち消す。


「変な名前」


「あっ、そうだね。気に入ってないんだ」


「そうなんですかぁ。じゃあ、大きいお兄ちゃんって呼ぶね。小さいお兄ちゃんはいるから」


「あぁ、それでいいかもね」


「じゃあ、そうするね。私の名前は来世くるせつむぐです。ツムグって呼んでね」


「あぁ、そうするよ」


「じゃあ帰るね」


 その言葉に彼はうなずく。彼は彼女の後ろ姿を見送る。彼女の背にはラベンダー色のランドセルが見える。ふと彼は思い出す。半世紀以上前に赤いランドセルを見たことを。






 あれから数年が経った。彼の元を彼女は訪れ続けている。二人は境界線である獣道を挟んでに石切りの投げ合いをするのだ。かなり彼女は上達して五回跳ねさせる事ができるようになった。ちなみに、なぜ毎回着物姿なのかと彼は彼女に問い詰められた事がある。祭り好きだと嘘をついたら信じてくれた。


 今日も彼の元に訪問がある。八十代くらいの女性だったモノだ。


「ようこそいらっしゃいました」


「ようこそいらっしゃたわよ」


「御自分の」

「分かってますよ」


 彼女は遮りそう言った。


「それでは貴方の想い書き入れます」


「随分とせっかちだね。話も聞いてやくれないのかい?」


「お聞きしますよ」


「じゃあ話させてもらおうかね?」


「私には三人の息子がいてね。疎遠だった一番下の子は逝っちまったよ。手紙をもらってね。孫夫婦は事故で亡くなったそうだ。会って見たかったよ。子どもを残して逝ってしまったんだよ。私にとっては曾孫ひまごだね。息子の嫁が育ててくれてるそうだ。二人にも会いたかったね」


 彼は遮る事なく聞き続ける。上の息子二人とその嫁の愚痴を長々と始めた。相当嫌っている様だ。彼女はかなりの資産家で最低限しか息子夫婦には遺産はやらず亡くなった息子の嫁と曾孫に大半を相続させるそうだ。強力な弁護団をつけたようだ。


 そんな饒舌な彼女の口が止まる。彼女の視線を追う。その先にはツムグが立っている。今日、彼女は中学生になったばかりでセーラー服を着ている。


「曾孫はあの子くらいの歳だね。やっぱり一度会ってみたかったね。息子からの手紙で二人をそっとしておいてくれってさ。息子の遺言だったから尊重してあげたよ」


 突然、ツムグが学生カバンを前にして両手で持ち深々と深くお辞儀をしたかと思うと走り去って行く。


「あの子には私たちが見えてたのかね?」


「……そんなはずありませんよ」


「そうかね? 私は小学生の時に此処ここの近くに住んでたんだけど多分此処だと思うけどアンタに似たの着物姿のお兄さんを見た記憶があるけどね。声は掛けなかったけどね。もしかしてアンタかい?」


「……違いますよ」


「そうしておくとしようか」


「それでは貴方の想い書き入れます」


「必要ないよ」


「えっ……」


「遺言状とは別に二人には手紙をしたためてあるからね」


「では何故ここへ?」


「アンタに会いたかったのかね? 冗談さ。では逝くとしようかね」


 そう言うと彼女は徐々に消えていく。


「最期の話し相手になってくれて有難うよ。楽しかったよ」


 そう言い終えると完全に消失した。初めての出来事あった。後日、立ち去った理由をツムグは邪魔したくなかったと語った。






 あれから数か月後。その間、不思議なことが起こった。翼の具合が芳しくなかった送鳥が、ツムグに背を向け伏せたのだ。それで彼女が背中に乗ると嘘かのように力強く羽ばたいたのだ。それからは彼女を乗せてふみを届けている。


 ツムグが訪れる。彼女は浮かない表情だ。


「どうしたんだい?」


「今日で此処へ来るのは最後だよ」


「……急にどうして?」


「もう、大きいお兄ちゃんが見えなくなるから。まだ誰にも言ってない」


「えっ……あっ、そっかぁ」


「じゃあ行くね、大きいお兄ちゃん」


 淡々とした彼女は背を向け歩き出す。彼女が何かを落とした。声を掛けようとする。すると彼女は走り出す。あっという間に杜の中へ消えていった。落とした物を彼は霊力で引き寄せる。それは綺麗なフィルムで包装された物だ。


「キャンディかぁ」


 食べることの出来ない彼は横に置く。覚悟していた日が来ただけだとおのれに言い聞かせる。






 あれから一週間程。来客がある。六十代の女性であったモノだ。孫一人残して逝くのが心残りでならないと。彼は彼女を見送った。


 その数週間後。続けて来客がある。先のモノを見送る。次に現れたのは十代の男性であったモノだ。


「ようこそ」


「あっ、こんにちは。杜の中から見てたからシステムは理解したので説明は結構ですよ」


「あっ、そうですか」


「敬語は無しで、背の大きいお兄さん」


「あっ、はい」


「暫く此処にいても大丈夫ですか?」


「想いが決まるまでなら」


「良かった。なら今は考えないことに」


「どうして?」


「まだ死ねないに決まってるからですよ」


「あっ、そっか」


「えぇ、時間を稼がなきゃ」


「あぁっ」


 その後、沈黙が続いた。それが数日続いたが次第に打ち解けた。彼は交通事故に遭った。翌日は祭りに行く予定でビー玉すくいが得意だったと。毎年一緒に行ってた子は今まで一個しか取れてなく、去年初めてとのこと。それを大切にしていたが無くしてしまったそうだ。






 あれから半年が経った。いよいよ別れの時が訪れる。


すべて整いました。もう未練はありません」


「それでは想い書き入れます」


「結構ですよ。僕の想いは成就しましたよ」


「そうなんだね」


「えぇ」


「一つ聞いていいかな?」


「どうぞ」


「何故、そんなに粘ったんだい?」


「本当に知らないんですか?」


「でなきゃ聞かないよ」


「万能じゃないんですね」


「あぁ」


「本当の家族になる為と病気を治してもらう為ですよ。実の兄妹きょうだいみたいに過ごして来たんで。あと命を救ってもらった恩返しも兼ねてますかね。本来なら僕は十年前に死んでたから」


「そうだったんだね」


「上手くいくといいな。いきますね、大きいお兄さん」


 そう言った瞬間、彼は消失した。






 あれから数か月が経過した。ツムグが去ってから送鳥の翼は徐々に悪化して限界を迎え最期の日を迎える。彼は十年以上前に夫婦からたくされたふみを送鳥に託す。最期の力を込めて力強く飛び立っていく。


「今までご苦労さん。ありがとう」


 そう呟くと積み残していた最後の平たい石を一番上に乗せ塔を完成させる。ふとキャンディが目につき包みを開ける。中にはビー玉が入ってる。彼は全てを悟った。これが介入した結果だと。その瞬間、彼は消え始めていく。彼は懇願しながら消失した。その瞬間、彼の存在はこの世界から抹消された。岩の上には包み紙が残されている。






 その一月後。ツムグが獣道の前に立ってる。突風が吹きすさむ。彼女の目の前を何ががヒラヒラと舞う。それはキャンディの包み紙だ。彼女は手に取り見る。


『大きいお兄ちゃんへ ツムグは病気で目が見えなくなります。だからもう来れません。助けてもらったお礼がまだなので大切にしているビー玉をあげます。ツムグより』


と書いてある。


「やっぱり夢じゃなかったんだね。ツムグは小さいお兄ちゃんから角膜をもらって最近見えるようになったよ。拒絶反応が出てダメかもしれないって言われてたけど。その前に彼とその両親と本当の家族になりました。彼とツムグのおばちゃんはいなくなって悲しけど……ツムグからは見えなくなったみたいだね。そっちからは見えてますか?」


 ブレザー姿の彼女は手を振り続ける。


「また見える日がくるかな? あっ、本当の両親からの手紙が届きました。きっと、お兄ちゃんからだよね?また会いに来るね。あっ、 忘れてた! ツムグは中学を卒業して高校生になりました。今度、卒業証書見せるね」


 その後、彼女に彼が見えることはなかった。






 一年後。ツムグは高校生二年生になった。 彼女の目の前では転校生の男子生徒が自己紹介をしている。終えると彼は席へと歩き出す。ツムグの席の横を通り過ぎようとする。彼女は彼のリュックにぶら下がっているビー玉のキーホルダーに目が留まる。それが外れて床に落ちる。


 彼女が気付き拾い上げる。転校生が振り返る。そして彼はキーホルダーに手を伸ばす。二人の指先が触れ合う。彼女は顔を上げる。二人の視線が合い見つめ合う。









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