二人で晩餐を

浬由有 杳

KAC2025 お題「あこがれ」

 年齢としに似合わぬ凛とした姿に、逆境にも媚びることない強い瞳に憧れた。

 一目ぼれだった。初めて自分から愛されたいと願った。今更、離れてあげはしない。

 だから『お願い』してみるのだ。



 大型冷凍庫フリーザーは、あの家を出てすぐに通販で買った。

 寸胴鍋は職場の御古おふるを譲ってもらった。

 やはりテールスープのレシピが最適だろう。

 セロリ、玉ねぎ、ショウガ、ニンニク。材料はシンプルでいい。

 手間暇はかかるが、得意料理だ。


 目の前で気まずそうに紅茶を啜っているのは、いわゆる元カレ。

 秘密裏にやって来た理由はわかっているつもり。


「もっと味わって飲んだら?高級茶葉が台無しだわ」


 ライバル兼恋人だった男がようやく顔を上げた。


「俺、婚約したんだ。その…君の従妹の…」


「聞いたわ。叔父さん、結婚祝いにパリ支店を任せるつもりだって。逆玉の輿ぎゃくたま、おめでとうって言うべき?」


「嫌な言い方するなよ。プロポーズ無視したのは君だろ?」


「シェフとしては尊敬する。でも浮気な男はごめんだわ」


 元カレは心外だと眉をひそめた。

 母性本能をくすぐる甘いマスクに巧みな話術。薄茶のくせ毛は彼女の髪質に少し似ている。

 見かけに反して計算高い男でもある。

 叔父の目は確かだ。素質はある。娘婿として。後継者候補として。


 社長令嬢の彼女とその従姉の私。どちらを取るかは明白だ。


「せいぜい大切にするよ。浮気も極力控えるさ」


 母を事故で亡くし、外食チェーンを率いる叔父に引き取られた私にとって、彼女は単なる従妹以上に大切な存在だ。忙しい叔父は家庭には興味がない。通いの家政婦はいたけど、二人だけで暮らしてきたようなものだ。


 離別した母親譲りの愛らしい顔立ち。虚弱で家にこもりがちな彼女。色白で華奢で。守ってやりたくなるような憧れの女性像そのもの。気性も外見も男勝りの私とは違う。


 この男もふさわしくない。彼女を任せるに値しない。


 私は薬入りの紅茶を更に勧めた。



 死体がなければ殺人ではない。

 誰のセリフだったろう?


 首と手首足首を切り離すのは骨だったけど、丁寧に煮込んだスープは最高のできだ。

 幾度目かの結婚話が消えたの彼女に、いつものようにをふるまう。


「ありがとう。頼みを聞いてくれて」


 彼女は満足そうに笑った。

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二人で晩餐を 浬由有 杳 @HarukaRiyu

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