第37話

 夜の村は静寂に包まれていた。


 空には満月が浮かび、銀色の光が家々の屋根を照らしている。遠くからかすかに虫の音が聞こえ、夜風が頬を撫でていく。


 オレは家の外の草むらに腰を下ろし、ぼんやりと夜空を仰いでいた。

 

 神殺しの剣のこと、ユリウスの警告、そして神との決戦――。

 考えることが多すぎて、なかなか頭が整理できない。


「……レオン様。こんな夜更けに、どうしたのですか? 夜風は冷えますわよ」


 穏やかな声が、夜闇を切り裂いた。


 振り向けば、ヴェルゼリアがそこにいた。

 白銀の髪が月明かりを受けてゆるやかに揺れ、その姿は幻想的な美しさを放っていた。


「ヴェルゼリア……」

 

「ふふ、驚かせてしまいました?」


「いや……まあ、ちょっとな」


 この時間にこんな場所で、彼女に会うとは思っていなかった。


「今日は……色々なことがありましたものね」


 ヴェルゼリアが、微笑む。

 その仕草は、いつも通り優雅で、けれどどこか少しだけ距離を縮めてきているように感じた。


「少し、お話しませんか?」


 その声音は落ち着いていたが、どこか寂しげな響きを帯びていた。


「……ああ、いいよ」


 オレは立ち上がり、自然な動作で彼女の隣に並ぶ。

 静寂の中、夜の村を歩き出した。

 

 村の夜道をヴェルゼリアと並んで歩く。

 静寂の中、ふとヴェルゼリアが足を止めた。


「……私は、少しだけ、心細かったのです」


 オレも足を止め、彼女の横顔を静かに見つめる。


「心細い?」


「ええ……」


 ヴェルゼリアは夜風に揺れる髪をそっと押さえながら、月明かりを見上げた。


「私は、魔王城で長く生きてきました。臣下もいましたし、一人というわけではなかった……でも、心のどこかで満たされていなかったのかもしれません」


 黄金の瞳が、ふっとオレを見つめる。


「……だから、貴方と一緒にいることを選びました」


 オレは目を見開いた。


「ヴェルゼリア……」


「わかっています。貴方にとって私は、エリシアやノワールほど長く一緒にいたわけではありません。私たちの絆は、まだ浅いです」


 ヴェルゼリアはどこか自嘲気味に、しかしどこか優しい微笑みをふわりと浮かべた。


 しかし、次の瞬間――彼女はそっとオレの袖をつまんだ。


「……ですが。それでも私は、貴方の隣にいたいのです」

 

 その好意には彼女の想いが凝縮されているように感じられた。

 月光の下、ヴェルゼリアの頬がほんのりと染まっているのが見える。


「魔王城を離れ、レオン様の側に来たのは……ただの気まぐれではありませんよ?」


 風がそよぎ、彼女の長い白銀の髪をさらりと揺らした。


「私は……レオン様と、この先もずっと共に歩みたかったのです」


 オレは完全に言葉を失い、思わず息をのむ。


「そ、それって……」


「ふふっ」


 ヴェルゼリアは、ほんの少しだけ上目遣いでオレを見つめてくる。

 

「そういえば、レオン様は夢の中での出来事を、まだ詳しくお聞かせくださっていませんよね? 今、少しだけお時間をいただけませんか?」

 

「う……ああ。ちょっと恥ずかしいけど。まあ、いいよ」

 

 ……黒川さんに誘惑されたところは、控えめに話そう。

 すべての詳細をありのままに話す勇気は、さすがのに持ち合わせていない。

 

 オレは意を決して、夢世界での出来事をヴェルゼリアに話し始めた。

 

 ヴェルゼリアはオレの言葉を注意深く聞き 、時折質問を挟みながら、強い興味を抱いている様子で何度か頷いていた。

 

 ◆


「では私に似た女性――黒ギャルちゃん? という方に膝枕してもらいそこなったのですね」


 ――え、感想……そこなの?

 ほら、ユリウスとの戦いとかは興味ないのかな……?


 少しばかり拍子抜けしながらも、ヴェルゼリアの意外な反応に、内心で小さく笑う。

  

「ああ。そのまま家に帰って――」


「でしたら、その未遂に終わった膝枕、本物の私がして差し上げますわ」


 ヴェルゼリアは優雅な仕草で草むらに腰を下ろすと、ぽんぽんと自身の膝を軽く叩き、まるで当然のようにオレを自分の膝へと誘導する。


「さ、どうぞ……こちらへ」


「……え、そんな簡単に?」


 いくらなんでも流れがスムーズすぎる。

 膝枕ってそんな気軽にできるものか?

 もっとこう……なんていうか……。


「レオン様は、女性からこうして誘われることに慣れていませんの?」


「……まあ、そういうわけじゃないけど」


 ……本当は慣れていない。強がりだ。

 

 エリシア、ノワール、ヴェルゼリアと出会ってからこんな展開が増えたが……そもそもオレはモテる様な感じじゃなかった。


「では、遠慮なさらなくてもよろしいのでは?」


 ヴェルゼリアは微笑むが、その瞳にはどこか挑戦的な光が宿っていた。

 

 ……ここで断るのも、なんだか違う気がする!

 せっかくヴェルゼリアが誘ってくれているのに、その気持ちを無下にすることはできない。

 

「えっと、……お願いします」

 

 オレはゆっくりとヴェルゼリアの膝へ頭を預ける。


 柔らかい感触と、スカート越しに伝わる温もり。

 そして、ほのかに甘い香りが鼻をくすぐる。


「……どうですか?」


「……いい。と思う、です」


「ふふ……よかったです」


 ヴェルゼリアは優しく微笑み、そっとオレの髪に触れた。

 長く白い指が、静かに髪を梳く。

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