待っててね、ママ

 あーあ。

 やっと由芽ちゃんごっこから解放された。


 あんなんずっとやってたらぜったい頭がおかしくなる。

 ママはなんであんな風になっちゃったんだろ……。


 ぼーっとねとつべを見ていると、ママが総理になっていた。

 いつの間に……しかも政策やばすぎるし。


 ネトスタを見てみると、たくさんの人が由芽ちゃん化して地獄絵図になっていた。


 ママ……洗脳でもしてるの?

 それならまだこの人たちは、正気でやってないだけ幸せなのかもしれない。


 ねむは正気でアレさせられてたからね!?

 なにが悲しくてママの母乳スープなんて飲まなきゃいけないんだよ!


 まあ、どうでもいいや。

 どうせ終わったことだし。


 このままママが人類を由芽ちゃんにしちゃうのかな。

 ママのことだからそれでも満足しなさそうだけど。


 ひょっとして人類終わる?

 別にいいけどさ。


 ねむの生まれてきた意味なんてないのとおんなじだし。

 もう玲奈もいない。あんな化け物になっちゃった。


 なんか、すべてにおいてやる気が出ない。

 生きる意味を失っちゃった今、いつ死んでもいいっていうか。


 このままここで朽ち果てていくのもいいのかもしれない。


 たぶん、それが一番幸せだ。

 これ以上なにかを追いかけたくない。


 あーめんどくさい。呼吸もめんどくさいし死ぬのもめんどくさい。


 ねとつべのくっだらねえ動画を見ながら、体が腐るのを待っていると、インターホンが鳴った。


 なんか頼んだっけ。

 めんどくさ。


 体をひきずりながらドアを開けると、そこにはねむが寝取った人妻どもがいた。

 なんでこいつら集まってんの……?


「開けてよ、ねむっち」


「なに……? ねむをリンチしに来たの……?」

「違うよ。ねむっちにしてほしいことがあって来たの」


「はぁ……? ねむにできることなんて、なんもないよ……」


「それがあるんだよ。キミにしかできないことがね」


 彩乃は意味深に言って、続ける。


「名取ねね総理を止めてほしい」

「無理だよ。あの人を止められんのは由芽ちゃんだけだって。演説聞けばわかるじゃん」


 呆れた。

 なんかと思ったら、そんなこと?


「ねむは由芽ちゃんになるために育てられてきたんだよ? なのに駄目だった。その時点で、人類はもう諦める以外の選択肢なんてないんだよ」


「そんな訳ないでしょ! いくらあの人が凄くても、相手は人間なんだから……まだ方法はあるよ!」


「うるさいな。絵諦めたやつが何言ってんの?」

「たしかに、私は何回も諦めそうになったよ。でも今だって描けてる。それはね、ねむちゃん。あなたのおかげなんだよ?」


「あっそ。よかったじゃん」


 何言ってんだか。

 本当になんとかする方法があるんなら、とっくに誰かがあの人を止めているはずだ。


 止められてないってことは……そういうことだ。


「……ねむ。あの人は居場所を求めてるんだと思うの。あの人の居場所になれるとしたら、あなたしかいない」


 いまりんが、考察厨みたいなことを言い出した。


「居場所が欲しいのはお前だろ。あの人が欲しがってるのは由芽ちゃんだけだよ」

「うん……わたしは自分の居場所が欲しい。だからわかるの。あの人の気持ちが」


 わかってたまるか。

 やべー奴同士で勝手に共感してんじゃねえ!


「……家族なんでしょ。ちゃんと向き合ってあげてよ!」

「あんな人、家族なんかじゃない!」


 チカこいつ、ほんとにわかってない。

 話の通じない奴が家族に入ってることの苦しみを。


「あの人は、ねむを由芽ちゃんにしたかっただけ! ねむに愛情なんて、これっぽっちも無かったんだよ……」


「本当に、そうなのですか?」

「えっ……?」


「あの方がねむさんに注いだ愛の中には、あなたへのものもあったのではないですか? あなたが、ねむという立派な名前を授かったように」


 ……撫子の言葉に、ねむははっとさせられた。


 あの人はなんで、ねむを最初から由芽ちゃんって呼ばなかったの?


 どうしてねむがママって呼ぶのを、許してくれてたの?

 まさか……そんな。


「ママは……ねむのことも、愛してくれてた……?」

「ええ。きっとあの方は、ねむさんを待っているんだと思いますよ」


 こいつに諭されるなんて一生の恥だ。

 くそう。


 でも、おかげでねむが何をすればいいのか、やっとわかった。


「あんなことしておいてなんだけど……みんな、お願い。ママと会うのに、協力してほしい。ねむひとりじゃ、ママのところにまでたどり着けないと思うから」


「もちろん。協力するよ。だっていけに……あっいや! なんでもない! はやく行こ行こ!」


 チカがなにか言いかけて、飲み込んだ。

 何を言おうとしたか気になるけど、今はそれどころじゃないか。


「よし、行こっか!」

「うん!」


 待っててね、ママ。

 今行くからさ!






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