いつかユメになる


お待たせしました。






――――――――――――――――――――――――――――――






 私には、その場に溶け込める能力があった。

 別のクラスの同窓会でも、厳格な組織でも、もともと在籍していたみたいに。


 唐突に私が入っても、なぜか誰も怪しまない。

 むしろ歓迎されたくらいだ。


 そんな私の居場所を見つけるのは、とっても簡単なことだった。

 学校には友達がたくさんいて、塾でも先生に褒められて。


 最初は幸せだった。

 私はまわりの人に恵まれたんだって。


 でも違った。

 私は周囲の人間を、自分の才能で洗脳していただけだった。


 それに気づいたのは、ママを亡くしたとき。

 頼れる親戚がいなくて、途方に暮れていた私は友達の家で暮らすことになった。


 そこでは私がもともとそこのお家の娘だったかのように、よくしてもらえた。


 でも友達のママにそこまでしてもらうのは申し訳なかったから、やっぱり児童養護施設に入ろうと思って調べていたら。


 そのことを知られちゃって、私は全力で引き留められた。

 ねねちゃんがいないと、私たち寂しくて死んじゃう! って。


 私の足に縋りついてくる勢いだったから怖くなって、いったん別の友達の家に泊めさせてもらうことにした。


 そうしたらその友達の家でも私は娘になって、もともといた友達の家の人と私をめぐってちょっとした抗争になった。


 これは、おかしい。

 そう思った私はあちこち居場所を転々とした。


 どこでも、家族みたいに受け入れられる。

 血のつながりが勝手にできていくみたいだった。


 頭がおかしくなりそうだった。

 私の居場所は多すぎて、どこにいたらいいのかわからない。


 みんな、私のことが好きすぎる。

 お願いだから、そんなに好きにならないでよ。


 そんな私の力を、情報機関がかぎつけた。

 どこでも溶け込める私は、スパイとしてうってつけだった。


 私は一番危ない職業に就いたのに、いつも無事に帰ってきていた。


 いつしか私は諦めるようになっていた。

 私の人生に、私を嫌う人なんて出てこないのだと。


 そんな私に、文字通り冷水を浴びせたのが由芽ちゃんだった。

 由芽ちゃんは、潜入先の企業のお嬢様で……ずっと秘書として潜入していた私に不審な目を向け続けていた。


 ある時、とうとう急に入ってきた私がスパイだと、コップの水をかけて言い放った。


「あんた、この前資料室の資料漁ってたでしょ。みんなは騙せても、ゆめは騙せないんだから! 覚悟して!」


「私は資料を整理してただけですが……なんで由芽さんは私がスパイだっておっしゃるんですか?」


 はぐらかしながらも私の心臓はばくばくと鳴っていた。

 なんでこの人には、私の力が効かないんだろう?


 そのときは証拠がなくて、由芽ちゃんが怒られて終わった。

 でも由芽ちゃんにバレているせいで思うように動けない。


 それを上司に相談したら、「その娘を堕とせばいい」と言われた。

 最初は暗殺でもするのかと思っていたけど、恋愛的な意味の堕とす、だった。


 とりあえず、デートに誘ってみた。


「あの……由芽さん。映画のチケットが当たったので、いっしょに行ってみませんか?」

「あんた……ゆめをどっかで消すつもり?」


「そんなことするわけないじゃないですか。私はスパイなんかじゃありませんよ。もし私がスパイだったら、由芽さんのこともう消してますから」


「……ゆめなんていつでも消せるってわけ。へーえ」


 なんだかとんでもない誤解をされちゃった。

 私の言い方が悪かったのかもしれない。


「あんたなんかにゆめは消せないって、教えてあげる」


 それなのに、デートには来てくれた。

 不思議な子だなって、そのときは思ったけど。


 お互い、運命を感じていたのかもしれない。


 唯一、私を嫌ってくれた女の子。

 力とか関係なしに、私は人に好かれたかったのかも。


 映画を見た帰りでも、由芽ちゃんはつんとそっぽを向いていた。


「あの……どうして由芽さんは私のことがそんなに嫌いなんですか?」

「だってあんた、人に好かれすぎてて気持ち悪いんだもん」


 ばっさりと、由芽ちゃんは言った。


「そんなこと、はじめて言われました」

「ふーん。よかったじゃん。ま、ゆめはあんたと違って言われたことないけどね!」


 そのとき、ぐぅ~と由芽ちゃんのお腹が鳴った。


「……ご飯、食べません?」

「べつにいいし……。ゆめ、まだお腹減ってないし」


「こことかどうですか? 由芽さんのお口に合うかどうかはわかりませんが……」

「いいって言ってんじゃん!?」


 子供みたいな意地を張る由芽ちゃんを、料亭にひきずり込む。

 さすがにお店の中まで入ると、お嬢様らしく背筋を伸ばして、しずしずと座った。


 松竹梅のコースがあったから、松にしてみると美味しそうな天ぷらや霜が振っているお肉が出てきた。


 それをがつがつと貪る由芽ちゃん。

 お腹空いてたんだろうな……。


「はしたないとか、言わないの?」


 ご飯を飲み込んだ由芽ちゃんが、ふと私にそんなことを言ってきた。


「私、マナーとかよくわかりませんし。それにしても由芽さん、おいしそうに食べますね」

「へっ。あんたは上品に食べてんね。マナーとかより、ご飯がおいしいかどうかの方が大事なのに」


 そう言いつつ、由芽さんは食べ物を口に入れている間は話さない。

 悪ぶっていても育ちのよさは隠しきれていなかった。


「由芽さん」

「なに」


「ご飯粒ついてますよ」


 かき込むのに慣れていないからかな。

 私がそれを取ってぱくっと食べると、由芽ちゃんは顔を赤くして怒った。


「ねね……あんた……!」

「あっ、ごめんなさい! つい……」


「ついじゃねーよ……!」


 これが人を怒らせるってことなのか。

 なんだか……聞いていたよりも楽しいな。


 それからも、私はなにかと理由をつけて由芽ちゃんを誘った。

 最初は仕事だったはずなのに、だんだんと予定が休みの日にも入るようにな

っていった。


 由芽ちゃんはいろいろ言いつつも、なんだかんだ誘ったら来てくれた。

 一緒にアヒルボートに乗ったり、ショッピングモールに行ったり。


 モールに来たことがない由芽ちゃんが、迷子になったときにはびっくりしたけど。


 店内放送で呼び出しをしたら怒られると思ったけど、普通に「こういうのもあるんだ~。めっちゃ便利じゃん!」って感心してた。


 なんとなく付き合いはじめて、由芽ちゃんの方から誘ってもらえることも増えていった。


 手作りのクッキーを渡そうとしたら由芽ちゃんも持ってきていた、なんてこともあったかしら。


 あの時は、もじもじと恥ずかしそうにしてる由芽ちゃんがかわいくて。

 ついつい、由芽ちゃんまで食べてしまった。


 ベッドの中の由芽ちゃんは、とっても可愛くて。

 私の居場所はここにしかないんだって、心の底からそう思った。


 だから私は、所属していた情報機関を乗っ取って由芽ちゃんの依頼を取り消させて、由芽ちゃんと結婚した。


「す、スパイのあんたを見張るためなんだから……ね?」

「はいはい。大好きだよ、由芽ちゃん……!」


「……わかったから」


「えー? 由芽ちゃんは言ってくれないの? せっかくの結婚式なのに~?」

「あーはいはい。あいしてるよねね~」


「気持ち込もってなさすぎでしょ!」


 あはは、って笑うと。

 由芽ちゃんは私の耳元で囁いた。


「愛してる」


 幸せだった。

 私には、由芽ちゃんだけがいればいい。


 他はもう何もいらない。


 そう思っていた。

 だから、たっくさん由芽ちゃんのことを愛した。


「ゆめちゃん……! すきっ……! だいすきっ……!」

「はぁっ……ねね、ちょっと休もう……?」


「やだ……ゆめちゃんをもっと……かんじたい……っ!」

「しょ、しょうがないな~!」


 由芽ちゃんを愛し続けていると、時間を忘れてしまう。

 意識が由芽ちゃんだけになってしまう。


 ……それが私の過ちだった。

 いつの間にか寝ていた私は、ベッドの上で起き上がった。


 隣で、由芽ちゃんが冷たくなっていた。


「由芽ちゃん……!? 由芽ちゃん……っ!?」


 目を覚ましてくれるって、信じたかった。

 由芽ちゃんは、私のただひとつの居場所なんだから。


「私を見張らなきゃいけないんでしょ!? 由芽ちゃん!」


 でも、由芽ちゃんは二度と目を覚まさなかった。

 私は、自分の愛で由芽ちゃんを殺した。


 ……もう、私の居場所はない。

 死のうかと思った、そのときだった。


 めまいと、吐き気が私を襲う。

 道端でうずくまる私を、救急隊の人が病院に運んでくれた。


 そこで私は、由芽ちゃんから送りものを貰っていたことを知った。


 ……私の居場所はなくなってしまった。

 それなら、もう一度作っちゃえばいいんだ。


 この子を由芽ちゃんにしよう。

 そうすれば、もう一度あの幸せを取り戻せる。


「あなたの名前は……そうね」


 人は、眠りに落ちて夢を見る。


 ねむちゃん。

 いつか、ゆめちゃんになる子。









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