浮気なんて、していいわけないじゃない!
「まさかたった一回土下座しただけで許されるとでも思ってるの? 許されるまでやりなさい!」
「やあああああああああああああ! いたいいたいいたいっ!」
玲奈がサッカーボールよりも雑に、ねむをげしげしと蹴ってくる。
これ以上は意識が飛んじゃう!
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいぃ!」
「はあ……もういいよれなち。あのことをあたしに話された時点で、もうお前は終わってる」
「もう謝らなくていいって。チカちゃん、優しくてよかったね」
「は、はいぃ……」
お尻が……じんじんする。
玲奈ってなんでこんな容赦ないの……?
ちょっとはねむがかわいそうとか思わないの……?
元はと言えば玲奈が彼女なんか作ったせいだよ……?
でもそんなこと言ったら殺される。
ねむはただただ床に頭をこすりつけた。
「れなち……ありがとう。あなたのおかげで、こいつを止められたよ」
「いえいえ~! チカちゃんこそ、教えてくれて本当にありがとね」
玲奈が天使の微笑みをチカに向ける。
その微笑みはねむにだけ向けてほしいのに。
くそう……くそう……!
「最後にさ、なんでこんなことをしたのかだけ教えて」
ギリギリと歯を食いしばっていると、チカがねむを見下ろして聞いてきた。
「それは……」
「私が他の人のものになって悔しかったんでしょ、ねむちゃん」
「えっ……なんで玲奈が知って……」
「ずっと一緒に居ればわかるわよ。でも、それで人を傷付けていいわけじゃないわ」
玲奈が、ゴミを見るような目を向けてくる。
「浮気なんて、していいわけないじゃない!」
そう叫ぶと、玲奈はむせび泣いた。
ああ……ねむが泣かせちゃったんだ……。
こんなこと、しちゃったから。
「……もういいわ。ねむちゃん、あなたの追い掛けてたものがどれだけ空虚なものだったか教えてあげる」
「えっ……?」
玲奈はおもむろに立ち上がり、髪の毛をずるりと抜いた。
か、髪が抜けた!? いや、ウィッグ……?
そして顔にクレンジングシートを当てて、化粧を落とした。
玲奈のすっぴんが、正体が現れる。
その顔は……いや、そんなわけない。
ありえない! ぜったいちがう!
「ねむちゃん……ママを差し置いて別の女と遊んでて、そんなに楽しかった?」
「ウソ……ウソだよ……! 玲奈ぁ!?」
「玲奈なんて最初からいないのよ? あれは私がねむちゃんと一緒に学校に行くための仮の姿なの」
い、いやだ……聞きたくない!
ねむを救ってくれた、大好きなあの子が、いなかった?
ふざけるな。
「れ、れなちがこいつのママ!?」
「そうよ。ねむちゃんがずいぶんお世話になったみたいね……。ところで……あなたはねむちゃんとそういう関係になったのかしら?」
「な、なってませんけど!?」
「あらそう。ならいいわ」
ママが、ぐりんと首をこちらに戻す。
「ねむちゃん、ママと約束したわよね。おっきくなったらママとケッコンするって」
「い、言ったけど……」
じいっとこちらを見るその目は、闇が凝縮されているようで、今にも吸い込まれそうになる。
「覚えてるならなんで浮気したの? 玲奈のことは好きになるし、他の女にも手を出してたみたいだし、ねむちゃんはママのこと大好きなんじゃなかったの?」
「ま、ママのことは大好きだよ……? でも……」
「ねむちゃん、嘘つかないで」
地の底から暗い声が響く。
「ママのことが大好きなら、玲奈のことなんか眼中になかったはずよ。ああ……ねむちゃんが、ママに嘘をつくどころか、浮気までするようになるなんて……! ママはこんなにも、ねむちゃんを愛しているのに……ママは、ねむちゃんをそんな子に育てた覚えはありません」
「ぁ……ああ……」
「ねむちゃん、あなたに自由を与えたのは間違いだったわ」
声が、出ない。
最も身近な存在であるはずのそれは、もう根源的な恐怖――死を感じさせるだけの存在にすりかわっていた。
「もうどこにも行かせないから。二度とママ以外が目に入らないように。ねむちゃんがこれ以上汚れるなんて、ママ耐えられないわ。はぁ……由芽ちゃんなら、こんなこと絶対なかったのに」
「えっ……」
恐怖に支配されていた頭が、意外な一言に解放される。
玲奈の存在そのものが偽物だとしたら、今まで言ってたことも嘘になるはず。
でも由芽ちゃんとかいう人は実在する?
「ね、ねえ、ママ」
「なぁに? ママの存在以外を感じさせないことならなんでも――」
「由芽ちゃんって、誰なの?」
「由芽ちゃんはね、これからねむちゃんがなるのよ」
「は?」
何を言ってるのか、ぜんぜんわかんない。
なるってなに? どういうこと?
今タブーに触れたはずなのに、許された理由もわかんない。
「安心してねむちゃん。これからあなたを、ほんものにしてあげるからね」
「……い、いやだ」
わかんない。なんにもわかんない!
怖い。こわい。こわいこわいこわいこわいこわいこわい!
必死で外に逃げようとすると、ねむの首にとんっと何かが落とされた。
ねむの意識は、恐怖の真っ只中で暗くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます