そんなめんどくさい女別れたほうがいいに決まってんじゃん。
「ねえ、どうしたらいいの……?」
「うーん……」
ワカメ女のカフェでチカから彼女さんの話を聞いて、ねむは反応に困っちゃった。
だって、結論一個しかなくない?
そんなめんどくさい女別れたほうがいいに決まってんじゃん。
ねむが彼女に誰とも関わんなとか言われたら腹パンするよ?
玲奈ならともかく。
話聞く限りチカも情で切れなくなってるっぽいし、このままじゃチカがすり減っちゃう。
たぶん切ってもそのうち別の依存先見つけるでしょ。
ていうかゆずみかんティーうますぎ。ふざけんな。
とはいえ、いきなり別れろって言うのもね。
せっかく見つけた獲物をみすみす逃すわけにはいかない。
「はっきり言わないと駄目じゃない? いくら彼女だからって限度があるし、このままじゃもっと依存されちゃうかもよ?」
「だよね……でも言うに言えなくてさ……」
「心を鬼にして。そうやってずっとチカが彼女さんを甘やかしてたらダメダメになっちゃうよ?」
「うう……」
チカは売れ残った小松菜みたいな顔をして机にしおれる。
まあ、自分の気持ちをはっきり言えるタイプだったらそもそもメンヘラに引っ掛かることもないだろうし。
どうすればチカをハードボイルドにしてあげられるのかな。
いや、そんなことを言ってる場合じゃないか?
今こうして会っているのがバレたら殺されるかもしれない。
でもなんかの穴に入らなきゃなんも手に入らんみたいなことわざもあるし、リスクなんて気にしてらんない。
ねむもチカも覚悟を決めないとね。
「チカは、どうしたいの?」
「あたしは……いまりんとも、友達とも仲良くしたい!」
チカは胸に手を置いて、自分の想いを吐き出した。
言えたじゃねえか。
「それをそのまま言ったらいいじゃん。駄目だったらそんときは別の方法を考えよ?」
「そっか……言わないとなんにも始まんないもんね。やってみる」
とれたてのレタスみたいに、チカはエネルギーを取り戻した。
大したアドバイスしてないけど、戦ってくれそうでよかった。
「ていうか、なんで彼女さんそんなに病んじゃったのさ? なんかあったの?」
「……あたしと会うまでずっとひとりだったんだって」
チカはひと呼吸置いてから、ぽつりぽつりと語り始める。
「ママはふたりとも働いてていまりんとぜんぜん会ってなくて、他の人とも話すことなんてたまにしかなかったって言ってた。クラスでも一匹狼って感じで、気になって声かけたら……最初は淡々としてたんだけど、だんだん笑ってくれるようになってさ」
「仲良くなってきたときに、あの子はカッターを自分の腕に当ててあたしに言ったの」
「チカがいないと、わたし……生きていけない。って」
うわっ……感情重すぎでしょ。
そりゃ言いづらいわ。
でも、いまりんの気持ちもわかる。
ひとりぼっちの時に一緒に居てくれる人って、本当に心強いから。
「……ごめん。簡単に心を鬼にしてとか言って」
「いやいや、ねむっちはこのことを知らなかったんだし。それに、あたしの気持ちはちゃんと伝えなきゃだよ」
さすがチカ。
メンヘラを抱えられるだけあって器が大きい。
チカはそのまま話を続ける。
「それで、あたしは全力で止めたの。いまりんが傷付いてるのを見たらあたしまで辛くなっちゃうって言って……そしたらいまりんがカッターを手放してくれてね……二度と、自分を傷付けないって約束してくれたの。でも、私が側にいないとどんどん寂しがるようになっちゃった」
「それでもう完全に依存されちゃったわけだ」
「うん……友達が増えれば寂しくないかなって、あたしのグループに入ってもらおうともしたんだけど……みんなとは合わなくてさ」
依存先を増やそうにも増やせなかったのか……。
もういまりんはチカしか見えてないような気がする。
「距離を取った方がいいのかなって思ったこともあったけど、やっぱり放っておけなくて……気が付いたら、あたしたちは付き合ってたの」
「そうだったんだ……」
これ、チカも依存してない?
いまりん沼に浸かり過ぎて自分が抜け出せなくなってることにようやく気付いた感じなのか。ねむのおかげで。
やったぁ! 慈善団体よりいいことしちゃった!
徳積んだし宝くじ当たるかも!
「じゃあ、言う時ははっきり言いつつ……いまりんのこと好きだってこともちゃんと伝える感じでいこ。今のいまりんにはチカしかいないから、じっくり向き合ってくしかないよ」
「うん……そんな感じで言ってみる!」
チカはそこでようやく注文したフラペチーノに口をつけた。
*
*
*
うーん。
チカの説得でいまりんの束縛なんとかできるかなぁ。
ねむからいまりんにアクセスしてもどうせ即ブロされちゃうだろうし。
今のところチカの説得にすべてがかかっている。
ねむがどうにかできる部分がチカの気持ちしかないのがじれったい。
いまりんを無理矢理滝壺にぶち込んで滝行させてぇ~!
「わたしのチカに何する気?」
そんなことを思いながら歩いていたねむに、ドスの利いた声がかけられる。
振り返ると、病みかわなファッションに身を包んだぴえん系の女の子がねむの背後に立っていた。
もしかして……この子がいまりん?
なんでねむとチカに繋がりがあるって知られてるの?
……チカがつけられてたのか?
「んー? チカの知り合い?」
「こっちが聞いてるんだけど」
とげとげした殺気がねむに刺さる。
そんな怒んないでよ。
煽りたくなっちゃうじゃん。
「あっ、もしかしてあなたがいまりん? チカから話は聞いてるよ! 安心して? きょうはねむがチカに相談乗ってもらってただけ――」
「嘘つくなよ地雷女。相談してたのはチカの方でしょ」
あーあ。ちゃんと我慢したのにキレられた~。
ていうか会話聞かれてたのか。盗聴器仕掛けられてたのかな?
やっぱりなんとかの穴に入るのは危ないってことか。
「聞いてたの? じゃあ、チカがどう思ってるのかもわかってんじゃん。だったらその気持ち、受け止めてあげなよ」
「やだ」
いまりんは注射に連れて行かれる子供みたいに首を振った。
「そうやって駄々こねるんじゃなくてさ……。チカだって、あんたのためだけに生きてるわけじゃないんだよ?」
「そんなのお前に言われなくてもわかってる! でも……でも……チカが他の人と一緒にいたら、わたしがゴミみたいな人間だって気付いちゃう! ぜったいに見捨てられちゃう!」
「チカは多分んなことしないよ。てか、束縛してる方がよっぽどゴミだと思うけど」
「うるさい! お前にわたしとチカの何がわかるの!?」
「チカはともかく、あんたとは初対面なんだから知ったこっちゃないよ」
束縛してる自覚はあるのが余計タチ悪いな……。
たぶん、やたら低い自己肯定感をどうにかしてあげないといけないやつだ。
「でも、あんたは自分に自信ないからチカとふたりになろうとしてるんでしょ? だったら、自分の魅力磨いてみたらどう? 誰にも負けないくらいにさ」
「無理に決まってんじゃん! あいつらはレベル1とか10からのスタートでも、わたしはレベルマイナス100からのスタートなんだもん! 絶対追い付けるわけない!」
いまりんは地面に向かって怒鳴り散らした。
あー救えねえ。
ゴミみたいなこと言いやがって。
ねむは、マイナス100どころじゃないんだけど?
マイナス10000くらいのとこから玲奈を寝取ろうとしてるんだよ?
……いやそれはさすがに言い過ぎか。
ねむがブスだったらそんくらいかもだけど。
「甘えたこと言ってんじゃねーよ。マイナスからのスタートなんだったら、プラスになるまで頑張ればいいじゃん。そこまで頑張れる奴なら、チカも一緒にいてって言ってくれるはずだよ」
「……そうだよね」
いまりんは顔を少しだけ上げて、ぽつりと言った。
お? まさかのメンケア成功?
「うん。わたしが間違ってた。マイナスからでも、あいつらの何百倍も頑張ったらいいんだもんね……」
「そうそう。別にいまりんはゴミなんかじゃないし、頑張ったらいけるって!」
いまりんの顔に生気が戻っていく。
敵に塩を送っちゃってるけど、こいつも人妻だしいいだろう。
「わかった! わたし……チカに好きになってもらえるように頑張る……!」
「おお~! ねむも応援するかんね!」
メンヘラってこんなあっさり立ち直るもんなんだ。
ちょろいな。なんで世間の人妻はこんなのに手を焼いてんだろ。
「そのために……まずお前から消してやる」
「え?」
いまりんが目を剥いてこちらに殺気を浴びせる。
手を焼いてる理由がよーくわかった。
ぜんぜん話が通じてないじゃん!
「ちょ、ちょっと待って!? 頑張るんじゃなかったの!?」
「え? 頑張るに決まってるでしょ。チカもわたしがいないと生きていけないってなるように、魅力的なわたしになるから。だからまずは、チカに寄ってくるやつらを消さないと。そしたら、わたしのレベルアップに時間掛かってもだいじょーぶでしょ?」
「お前……っ! けっきょくチカの気持ちは置いてけぼりじゃん!」
「最初はね。でも、きっとわたしといっしょにいてよかったって、わたしといっしょじゃなきゃダメだったって言ってもらえるようにするから」
いまりんがふらふらと幽霊のような足取りで近付いてくる。
くっ……こいつ結局、自分のことしか考えてない……!
チカでも説得できないだろう。
言葉とかわいさが通じないなら、ねむにできることはひとつしかない。
「はっ! 人の気持ち考えらんないやつが成長なんかできるわけねーだろ!」
「何で逃げるの? チカが幸せになれるんだよ?」
ねむはいまりんに背を向けて全力で逃げ出した。
追いかけっこはよくママとやってたから大丈夫。
すぐにいまりんは撒けたけど、どうしよう。
あんなのどうしたら祓えるんだ……?
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