第16話 5話(5)
宿を出てから最初は特に何かを買ったりすることもせず、町の雰囲気をより楽しく実感するためにぶらりと散歩し続けていた。
今までずっと、森の奥にあるヴァンロード聖教会で生活してきた影響でただ何かをするわけでもない散歩なのに自分の視界に飛び込んでくるもの全てが別世界から転生してきたもののように感じる。
しばらく歩き続けていた後、シスターはいつもベルラティア王国に行くときに必ず通っているという飲食店「パッカラ」に向かうことになった。
パッカラに到着すると、シスターがいつも食べているメニューを俺のも含めて2人前注文する。
10分程が経過し、店員がお腹を空かせる香りと共にこの店の看板メニューである「ビッグリーのから揚げ」を運んでくる。
見た目は正直、道中に相対したビッグリーとは思えないほど美味しく揚げられていた。
「いただきます」
人生で初めてかもしれない魔物を食す。ビッグリーのから揚げを口に入れた瞬間にかつてないほどのうまさが勝る。ジューシーなのは当然として、強靭で巨大な体を持つビッグリーの鍛え上げられた筋肉質のお肉が想像以上にちょうどいい具合の噛み応えとその中に含まれる上品さも混ぜ合わさって最高の美味と化していた。
「ここに来て、純粋な子ども心が復活したようですね。まぁ閉じこもった世界から「解放」されたのであれば、そう思うのも仕方ないでしょう」
シスターは俺が人生で初めて見たであろうビッグリーのから揚げを躊躇なく口の中に頬張っている様子を見て、微笑みながら自身もから揚げを食す。
それにしても、シスターが行きつけのお店で頼んでいるメニューがから揚げとは。いい意味で合わないというか想像がつかなかった。
「シスターはいつもこのから揚げを食べているんですか?」
「そうですね。ここには月に一回、買い物をするついでで通っています。まぁ当時は私にとっての個人的なごほうびとして食べていましたね。生憎、子どもたち全員分を買ってあげられるほどの経済的余裕はなかったので黙っていましたが」
「なるほど。だから、俺が知らなくても仕方ないわけか」
「そういうことです。まだまだローデンが知らない事実が数えきれないほどありますよ」
そんな久々と言っていいほどの俺とシスター二人だけの日常的な事だけを語る平和な会話が続いた。
こんな風に二人きりで食事をしながら平和的な会話をしたのは随分久しぶりかもしれない。俺自身、他の子どもたちと違ってずっと前からシスターと二人きりで過ごしたことがかなり少なかったので、今回の食事は久しぶりという名の新鮮さを身にしみて感じたのである。
食事をとり終え、再び辺りを歩き始める俺とシスター。
今のところ、さっき宿で話していたようなベルラティア王国が裏でテロリストを利用する野蛮な国家だという片鱗は特にこれといって確認できていない。
むしろ、ここに住んでいる人々たちも含めて治安の悪化を招いている輩も特段見当たらない。
そんなことを考えていると、視線の先の広場付近でざわざわと辺りがざわつき始めていた。
「あの。どうしたんですかね? いきなり道を開けていくように人だかりが左右に分かれていきますけど」
さっきまでの和気あいあいとしたにぎやかな雰囲気から一変して少しピりついた雰囲気になる。
そんな様子を見てもシスターは冷静な面持ちを変えずに、何かを察した様子で話し始める。
「どうやら、恒例行事が始まりそうですね」
「恒例行事って何のことですか?」
「ベルラティア王国は月に一度、特定の日に普段はベルラティア城に住んでいる王族関係者が国内視察のために数日に渡っていろんな場所を視察しに回るんですよ。今日がその初日で、この場所が治安状況や国民の身近な声を聴く最初の場所なんですよ」
なるほど。
ということは、ここでしばらく待機していれば『吸血族』関係者のいる王族と接触できるかもしれない。とはいえ、その関係者が名前も顔も含めた特徴が全く分からないし、そもそも俺やシスターが直接王族関係者と接触を試みようとしたところで近くでお守りしている騎士たちによって止められてしまうだろう。
そうこうしていると、100人近い王族直属の騎士たちを率いた王族関係者たちが姿を見せた。
予想通り王族と思われる3人にはガッチリと鼠一匹通さないぞ言わんばかりにガチガチに周りが固められている。
3人の王族は左にいるのが眼鏡をかけたクールな面持ちの白よりの銀髪の若い男性。右にいるのが血で染まっているような真っ赤なドレスを着た令嬢と思われる赤と少しばかりオレンジ色の混じった髪の女性。そして真ん中に堂々とした立ち姿で歩いている短い髭を携えている男性こそ、ベルラティア王国の国王なのだろう。
「どうやら、いつも視察を行っているとされる王族たちではなく、その中でもかなり上位階級の関係者のようです。私たちはついてますね」
「シスターはあの3人の王族関係者の名前はわかっているんですか?」
「いえ。本来であればその情報も含めてイフォバットが収集してくれていたはずだったのですが、残念ながらそこまでは。ただ、私が過去にここに来た時に偶然、王族たちの視察を拝見した時にはここまでガチガチに警備は固められていなかったので、今回の3人が間違いなく王族でもかなり上位に位置する人間であるということは容易に想像がつきますね」
やはりシスターも考えは基本的に共通している。むしろ、王族関係者でもない人間にこれほどの騎士の護衛をつける事の方が不自然である。
というかあまりにもわかりやすすぎてむしろ一周回って実は影武者なんじゃないかと錯覚してしまうほどである。
そんなことを推測している最中、突如として辺りのざわつきが一段階大きくなる。
改めて視線を向け直すと、その先には一人の茶髪の俺と同じくらいの男性が王族たちの前に短いナイフのようなものを向けている。
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