第5話 2話(3)
男の周りには一生で一度見るか見ないかレベルの血が流れている。まるでちょっとした紛争地帯に散らばっている戦死者の流した血だと間違えても仕方のないほど。
シスターは死んだ男の死体をそこら辺に投げ捨てると、全身に膨大な量の返り血を浴びたまま、いつも俺たちに見せていた微笑みをうっすらと見せた状態で話し始める。
「お待たせしました。さてと。私の手の内を見せてしまった以上はどこから話せば……」
シスターが事の経緯を話そうとした直後、リンは男が落としたナイフを拾い、シスターへと刃を向ける。
孤児としてシスターと共にここで過ごしてきた俺たちにとって、表立って殺意という刃物を向けたのはこれが初めての事だった。
それも、この聖教会でリーダー的存在として俺たちの中でも特にシスターのことを尊敬していたリンが、脅しを仕掛けるに近い強行に出ることが予想外である。
「やめなさい、リン。そのような物騒なものは人に向けるものじゃありませんよ」
「ひ、人を躊躇なく殺めていたシスターがよくそんなことが言えますね。シスター」
シスターの哀れみにも近い眼差しを相殺させる怒りの眼差しを見せるリン。
昨日までのシスターとリンの関係性を知っているのなら、まず見ることがなかった光景に俺は現実を受け入れきれていない。
「リンと違って、ローデンは私に対して何か感じないのですね。いや、既に私の正体を知っていると言った方がよろしいでしょうか」
どうやら、シスターは俺が事前に正体を見抜いていたこともお見通しというわけか。
聖女という光属性に隠されていた裏の本性は実に恐怖以外の何物でもない。
シスターの言葉を聞くと、ナイフを持っていたリンが今度は俺の方へと向け直す。
「どういうこと? まさかローデンもシスターの仲間なの! 私たちを騙していたの! 答えて!」
「ち、違う! 俺は裏切り者でもないし、騙していたつもりもない!」
「じゃあなんでシスターが『吸血族』であることを知っているの!? 私は死んだ奴らから初めて聞かされた情報なのに!」
「そ、それは……」
さっきとはまるで別人に変わったように俺に対する怒りをぶつけるリン。
このまま必死に誤解を解くために何を言おうとしても、とてもリンが理解してくれるとは思えない。前からリンはリーダー的存在として引っ張ていた一方で、自分が引っ張らないといけないという行き過ぎた正義感を度々他の子どもたちに対しても表に出している時はあった。今回で言えば、悪い方でそれが出たわけだがなんせ状況は最悪に近い。
「私は、私はここに来てからずっと日々お祈りに力を入れているシスターの負担を軽減するために動いてきました。それがみんなのためであると思っていたからです。でも、それがシスターは実は伝説の『吸血族』でローデンはそのことを知っている……」
「いや、だからそれは」
「私たちに黙っていたなんて許せない!」
リンの殺意は増大していた。
そもそも、シスターが『吸血族』だということを他の子どもたちに伝える時間はなかったのだが、もうこうなった以上、リンが止まることはない。
せっかくテロリストからの脅威は去った直後のこれか。
「リン。あなたが怒りたい気持ちは十分にわかります。ですが、これが現実です。私のことをローデンがどうやって知ったのかは知りませんがお互いにこれ以上の私に関する散策は控えた方がいいですよ。世の中、真実を明かすことが正義であるとは限りませんから」
シスターの言葉は静かな警告と自分の子どもたちに対する冷酷さを物語っていた。
本当に何も知らないリンはともかく、シスターの部屋に行って事の真実を知ってしまった俺はここで口封じされることは十二分に考えられる。
(ど、どうする? この状況どうやって打開すれば……)
そんなことを考えていた時だった。
リンの脅しによる膠着状態が数分ほど続いていた中、ついに事が動く。
「もうここにいるのはシスターじゃない悪魔。ローデンにも話は聞きたいけど、今はシスターの皮を被った悪魔をこの手で殺す! 殺された子供たちのためにいぃぃ!」
ついにリンは手にしたナイフでシスターへと向かって行く。
しかし、その刃が届くことは当然なく、殺された男たちのようにシスターの一撃によって首に致命傷を与えられた。
「が、あ……。シ、シスター……」
リンはわずかな力を振り絞り、シスターに手を伸ばすもそれが届くことなく力尽きた。
この瞬間、俺以外の他の子どもたちは全員死亡したのである。
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