ギャルとあこがれとアイドル

いろは杏⛄️

第五文芸部の日常―第2話:あこがれ

 とある放課後、私は自身が部長を務める第五文芸部の部室に設置されているパイプ椅子に腰掛け、先ほど担任の教師から配られたプリントを眺めていた。


「進路希望調査かぁ……」


 私の通う高校は所謂、進学校であるため就職か進学かの希望調査というよりは、どの分野の大学へ進学を希望するのかという調査だった。

 しかし、今を生きるのに必死で将来のことなんてあまり考えたことのなかった私には難問の類だった。


「ぶちょーちゃん、険しい顔して何見てんの?」

「うひあぁぁぁ!!! た、高世さん!?」


 音もなく私の眼前に急に現れた偏差値80オーバーの顔面と、辺りに充満する美少女特有の香り。

 第五文芸部もう1人の部員であり、学校が誇る超絶美少女の高世むつみが私の顔を覗き込んできたのだ。


「そんなに驚かなくてもいいじゃん」

「き、急に話しかけられたから……」

「まぁ、いいや――それで何見てんの?」


 高世さんに問いかけられた私は、これで悩んでたの――と言いながら、進路希望調査のプリントを見せる。


「なぁんだ、これかぁ――これの何に悩んでんの?」

「将来なんて何にも考えてなくて……高世さんは将来の夢とかあこがれとかってあるの? あ、でも何でもできそうだよね……それこそモデルさんとかでも」


 私がそう言うと高世さんはちょっと考えるような仕草をする。


「モデルかぁ……それはあんまり惹かれないなぁ。それだったらアイドルの方がいいかも」

「えぇぇ!? な、なんで!?」


 驚きが思わず声に出てしまった。

 偏見かもしれないが、モデルはなりたくてなれるものではなく、一部の限られた人しかなることができないけれど、アイドルは至る所で募集していて頑張りさえすればなれる――そんなイメージがあった。

 

 高世さんはモデルになることができる人の中でも最上級と言っても過言ではないビジュアルや性格であるため、憧れがあるとすればモデルと思ったのだ。


「あたしは、どっちも魅力を届ける仕事だと思ってるんだよね。違うのは届け方――これはイメージだけど……モデルはでアイドルはなんだよね」


 高世さんの表現がいまいちピンと来なかったけれど、彼女もそれを察してくれたみたいで、さらに続けてくれた。


「モデルはさ、写真とかで切り取った一瞬の魅力を届けるわけじゃん」

「……そうだね」

「アイドルはダンスとか、歌とか、後はファンサとか――一連の動きで魅力を届けるって感じしない?」


 たしかに――と頷く私。


「それだったらあたしは動きで伝えたいかなって――その方が『コレがあたし』って感じも伝わりそうじゃん」


 そう話す高世さんが眩しすぎて私は直視できなかった。

 自分の持っている考えがいかに偏っているかを思い知らされたのだった。


「そうだね――高世さんの言う通りだよ!! アイドル目指して頑張ってね!! 私も微力ながら応援するし」

「……ふふっ、あたし別にアイドル目指すわけじゃないし」

「えっ……?」

「モデルよりはアイドルがいいなぁ――って思っただけ。あたし、こう見えて将来は公務員志望だし」

「えぇぇぇ!!!」


 またしても驚きのあまり声が出てしまう。

 

 今までの話は何だったのか……ちょっと感心してたのに。


 そんなことを思っていると、もはや凶器と呼んても差し支えのない強すぎる顔面がまたしても私の眼前に迫ってくる。


「でもぉ……ぶちょーちゃん専属のアイドルだったら、目指してもいいかなぁ」


 見るもの全てを魅了させそうなその目と、形の良い艶のある唇、そして漂うフェロモンと香りに私はだった。


「――なんてね♪」


 推しに会ったオタクの様に赤面しながら目を回す私に、その言葉はもはや聞こえていなかったのだった。

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