2 婚約指輪

 そういうわけで、俺はサヤカとの結婚を真剣に考えてみることにした。でも、結婚ってどうすればいいんだろう。


 そういう俺にサヤカは分厚い雑誌を見せて「女の子はみんなコレ見てるの」と言った。載っているのは結婚式場と流行のドレスの情報がメインで、俺の知りたいことは真ん中の付録みたいなところに書いてあった。


 ……まずは親族に紹介して、結納というのを済ませて、婚約指輪を買って……婚約指輪と結婚指輪は違うのか。つまり女は2つも指輪を持つってことか? いらなくね?


「結婚って、面倒くさいんだなあ」


 今まで俺が考えたこともなかったことが雑誌にはたくさん書いてあった。結婚式場の違いなんてよくわからない。


「でもそれを乗り越えるのが夫婦ってものだよ」


 サヤカはキラキラした顔をしている。


「ねえ、私に似合うのはやっぱりAラインかな? それともマーメイドライン?」

「よくわかんないけど、こっちのがお姫様って感じするね」

「やっぱり!」


 こういうのが、女の子はやっぱり好きなんだなあ。


「和装もいいかも。角隠しと綿帽子はどっちがいい?」

「えー、重くね? ふわっとしてるほうがかわいいよ」

「そうかなー!?」


 式場の予約は1年前から、とか随分先なんだなーって思う。


「結婚式って何するんだ?」

「ブーケトスでしょ、お色直しでしょ、キャンドルサービス。あ、こっちはセットプランで豪華前撮りだって!」


 ああ、俺よりも彼女の方が結婚式が何なのかわかってるんだなあ。


「そして家を買って、赤ちゃんが生まれて、家族になるのが女の夢なんだよ」


 サヤカと俺の子供、かあ。

 いや、俺が父親、かあ。


 何とも実感がわかない。俺はサヤカの幸せそうな家族の話を聞きながら、俺はどうすればいいのか考える。俺に父親はいなかったから、父親って何をすればいいのかよくわからないや。男の子だったらキャッチボールをしてやればいいのか?


 まあ、ナントカなるだろうさ。


 俺は婚約指輪のカタログを取り寄せた。とりあえず父親になるためには、まずはダイヤモンドを買わないといけないらしい。給料の三ヶ月分、って聞いたことあるけど本当に高いな。こんなに小さいのに高いものを買わないといけないなんて、男はやっぱり損だな。


 サヤカに似合いそうな婚約指輪を買って、俺は正式にサヤカにプロポーズした。サヤカはケースごと指輪を受け取ってくれた。それで結婚の話が前に進むはずだった。お互いの親に会って、式場を決めて、ドレスやブーケを決める。そう俺は淡く思っていた。


 それを最後に、急にサヤカと連絡がとれなくなった。

 急に両親の具合が悪くなったので田舎に帰る、とだけ最後にメッセージが来た。


 全部が終わったんだと思って、俺は諦めることにした。

 あの指輪の金だけ返ってこないかな、と淡く期待したが渡してしまったものは仕方ない。


 マチアプなんてそんなもん。

 これは俺の過失だと思っていた。


***


 次にサヤカを見たのは、2週間後と存外すぐのことだった。

 俺が外回りの間に入ったホテルの喫茶店に、サヤカはいた。


 俺の知らない男と一緒だった。

 サヤカは俺の知らない立派な指輪をつけていた。


 わけがわからなかった。

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