第5話(中編)……養嗣宣言と渦巻く想い

『忘れられた皇子』(第十二章第5話)【登場人物・人物相関図】です。

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『忘れられた皇子』(第十二章第5話)【作品概要・地図がメイン】です。

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前書き

 晩餐後の庁堂に鳴り響く義母の宣言――「この者を新たな当主とする」。家族会議は祝福と嫉妬、歓喜と怨嗟の感情を剥き出しにし、一族の運命の歯車を大きく回す。本編は、李承業の養子縁組がもたらす波紋と、その夜密やかに交わされた契りを中心に展開する。


□衝撃的な発表


広々とした庁堂、大広間には家族や村の住民たちが一堂に会していた。張美和チャン・ミファは堂々とした態度で中央に立ち、静かに会場を見渡した。厳粛な空気が漂う中、彼女は力強い声で口を開いた。


「皆の者、これより重大な発表を行います」


その言葉が放たれると、全員が息を飲み、次の言葉を待った。


「私は、高麗コリョの王族として、この場で宣言いたします。李承業リ・チョンイェさんを養子に迎え、彼をこの家の新しい当主といたします」


衝撃的な発表に会場は静まり返り、一瞬誰も言葉を発することができなかった。その中で最初に口を開いたのは、姜尚勲カン・サンフン(65歳)だった。


「私の立場はどうなるのか?」彼は眉をひそめ、困惑した様子で尋ねた。


張美和チャン・ミファは彼を真っ直ぐに見つめ、毅然とした態度で答えた。「お前はすでに引退しておるだろう。これ以上何を求めるのか?小遣いは十分に与えるから、安心して隠居せよ」


その冷静かつ断固たる態度に、姜尚勲カン・サンフンは言葉を詰まらせた。続いて、長男の姜俊国カン・ジュングク(42歳)が声を上げた。


「お母さん、私の立場はどうなるのですか?」


張美和チャン・ミファはため息をつきながら、しかし冷静に言い放った。「お前は私の長男であり実子だが、能力が不足している。次男の姜俊浩カン・ジュンホ(38歳)も同様だ。だからこそ、二人とも新当主である李承業リ・チョンイェを補佐するのだ。それが家族としての役目だ」


兄弟たちは唇を噛み、無念そうに下を向いた。母の意向には逆らえない。なぜなら、彼女はこの家の精神的支柱であり、太祖の末娘としての威光を持つ人物だったからだ。


一方、李承業リ・チョンイェは突然の発表に驚きつつも、堂々とした態度を崩さなかった。彼は立ち上がり、一礼してから静かに言った。


張美和チャン・ミファ様のご意向、心より感謝申し上げます。皆様と共に、この家と村の発展のために尽力する所存です」


その簡潔ながらも誠実な言葉は会場の緊張を和らげた。張美和チャン・ミファは満足げに微笑み、彼を見つめた。彼女の中には、息子たち以上に信頼できる人物が現れたという安堵感とともに、新たな家族の絆を築ける期待が膨らんでいた。


しかし、涙を浮かべながらもその場を去る息子たちの姿が、その場にかすかな陰を落とした。義母の決断は、李承業リ・チョンイェにとって大きな試練と責任をもたらすことを意味していた。


□夕食後の姜允雅カン・ユンア(34歳)との会話「午後8時」

夕食後、明日の段取りを考えている李承業リ・チョンイェの部屋に姜允雅カン・ユンア(34歳)が忍び込んできた。


李承業リ・チョンイェ


「どうしたんだ?亭主の姜俊浩カン・ジュンホ(38歳)は俺に腹を立てているだろう。亭主のところに居てやれよ」


姜允雅カン・ユンア


「亭主も義兄の姜俊国カン・ジュングク(42歳)も義父の姜尚勲カン・サンフン(65歳)もやけ酒を呑みに妓楼へ出かけているわよ」


李承業リ・チョンイェ


花山村ファサンチョンに妓楼みたいなものがあるのか?」


姜允雅カン・ユンア


花山村ファサンチョンみたいな田舎にはないけど、江華島カンファ・ドの港へ行けば何でもあるのよ」


姜允雅カン・ユンア


「そんなことより、亭主が帰ってくるまでの間に少し楽しみましょうよ。このままじゃあ、お義母さんに良いところを皆さらわれてしまうわ」


李承業リ・チョンイェには、姜允雅カン・ユンアの言うことが理解できなかったが、そのまま彼女を寝床に引きずり込み雲雨ユンユーに及んだ。


******

★意味について

雲雨ユンユー」は、中国古典文学や詩において比喩的な表現として用いられる言葉である。特に以下のような意味がある。


1. 男女の交わり(性愛の隠喩)

古代中国では、雲と雨が天と地の交わりを象徴することから、男女の情愛や性的な結びつきを詩的に表現するために「雲雨」という言葉が使われてきた。


2. 自然現象としての雲と雨

そのままの意味で、空の雲と降る雨を指す場合もある。この場合、豊穣や恵みを象徴することが多い。


文脈によって解釈が異なるが、古典文学においては前者の意味で使用されることが多い。

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李承業リ・チョンイェ姜允雅カン・ユンアの睦言

李承業リ・チョンイェの胸にしがみつきながら、甘える姜允雅カン・ユンア


「ねえ、あんた。私はあんたが当主になって嬉しいんだけど、義兄にいさんは少し可哀想だね」


姜允雅カン・ユンアのデカ尻を愛撫しながら、李承業リ・チョンイェが答える。


姜俊国カン・ジュングク(42歳)さんは、なにかやりたい仕事でもあるのかな?」


姜允雅カン・ユンア


「以前に、亭主の姜俊浩カン・ジュンホが言っていたけど、義兄にいさんは薬屋をやりたかったようだわ」


李承業リ・チョンイェ


「俺は、開封カイフェンで薬屋もやっているんだ。資金とノウハウを提供してやろう。義理の姉さんも手伝えば良いよ」


□薬屋開業の提案と義姉金恵蘭キム・ヘランの感動


李承業リ・チョンイェは、妓楼で大酒を飲んでいる義兄姜俊国カン・ジュングク(42歳)を呼びに行かせるため、姜允雅カン・ユンア(34歳)に使いを頼んだ。少しして、酔っ払った姜俊国カン・ジュングクと共に、義姉金恵蘭キム・ヘラン(40歳)がやってきた。姜俊国カン・ジュングクはフラフラとした足取りで椅子に腰掛けるなり、興味なさそうに視線を宙に漂わせている。一方の金恵蘭キム・ヘランは真剣な面持ちで李承業リ・チョンイェに向き直った。


「李承業様、何かお話があるとのことで参りましたが、どうぞお聞かせください」


李承業リ・チョンイェは、深く息を吸い、冷静な口調で語り始めた。


「実は、姜俊国カン・ジュングク兄さんが以前から薬屋を開業したいという夢を持っていると伺いました。私も薬に関して多少の知識がありますし、開業資金とノウハウを提供して、兄さんと一緒に薬屋を始めるお手伝いをしたいと考えています」


この言葉に、酔っ払っていた姜俊国カン・ジュングクは「薬屋?まぁ、悪くない話だな」とぼんやりと応じたが、話の内容に本格的に関心を示したのは金恵蘭キム・ヘランだった。


「本当ですか、李承業様!薬屋の開業に必要な資金を提供してくださるなんて……それに、薬に詳しいということは、経営の仕方も教えていただけるのでしょうか?」


「もちろんです。高麗人参をはじめとする高価な薬材の仕入れから、薬の効能を活かした販売戦略まで、私の知る限りすべてをお伝えします。薬屋を成功させるための詳細な計画も立てています」


李承業リ・チョンイェは、持参していた薬材リストや開業資金の見積もりを見せながら説明を続けた。その計画の緻密さに、金恵蘭キム・ヘランは深く感銘を受けた。


「こんなにも具体的で現実的な計画を…本当にありがとうございます!夫も村長を退き、何か新しいことを始める必要があると感じておりましたが、まさにこれがその道筋となるでしょう」


姜俊国カン・ジュングクは未だにぼんやりとしているが、金恵蘭キム・ヘランは夫の代わりに力強くうなずき、感謝の意を述べた。


「李承業様、あなたのような方が私たち家族にこんなにも親身になってくださるとは……感謝してもしきれません」


彼女の目には涙が浮かび、その涙を隠すことなく静かに拭った。その表情には喜びと安堵、そして感動が溢れていた。


「大丈夫です、姉さん。義兄さんと一緒にこの薬屋を成功させてみせます。江華島カンファ・ドの港に店を構えることで、交易品の扱いもスムーズになるでしょう」


最後に李承業リ・チョンイェはにっこりと微笑み、金恵蘭キム・ヘランの肩に手を置いて言った。


「私たちは家族ですから、遠慮せずに何でも相談してください」


その言葉に、金恵蘭キム・ヘランは再び涙を流しながら深く頭を下げた。義姉のこの感謝の姿を見て、李承業リ・チョンイェは自身の提案が確実に家族を支える大きな一歩になると確信した。


後書き

 血より濃い利害、情より重い決意。中編では、家族という小宇宙に潜む力学を描いた。李承業を迎えた瞬間、姜家は変革の坩堝に投げ込まれたのである。次なる篇では、その熱がいかに形を取り、商業という現実へ注がれるかを見届けてほしい。

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