第4話(中編)……江華島の取引──商談と法事の招待

『忘れられた皇子』(第十二章第4話)【登場人物・人物相関図】です。

https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/16818622176661846156

『忘れられた皇子』(第十二章第4話)【作品概要・地図がメイン】です。

https://kakuyomu.jp/users/happy-isl/news/16818622176661980479


前書き

献貞前王后への気遣いを終えた李承業は、提督室で大商人・姜俊浩との商談に臨む。海賊から奪った財宝が膨大な富へと変わり、婢や親族たちとの新たな人間関係が築かれていく。

一方、法事の準備が進み、江華島の村へと物語は移り始める。


□大商人姜俊浩カン・ジュンホ(38歳)との提督室での交渉


李承業リ・チョンイェは、献貞ホンジョン王后ワンフの見舞いを終え、提督室に戻った。そこには、人質たちの雑魚寝によって散らかっていた痕跡はなく、清潔に片付けられた快適な空間が広がっていた。だが、まだ完全に心を落ち着ける暇もなく、ドアの外から声が聞こえた。


「入ってもよろしいですか?」


その声は姜允雅カン・ユンアの夫、姜俊浩カン・ジュンホのものだった。「すわ!バレたか?」李承業リ・チョンイェの背筋に冷たい汗が流れた。


しかし、姜俊浩カン・ジュンホの言葉は予想外のものだった。


李承業リ・チョンイェ様。海賊から奪った交易品を買い取りたいのです。私たちの命の恩人ですから、言い値で引き取らせていただきますよ」


続けて、姜允雅カン・ユンアも笑顔を浮かべながら声を添えた。


「そうよ。私もお世話になっているんだから、お金に糸目は付けないわ」


その言葉を聞いて李承業リ・チョンイェは安堵した。昨夜のことに気付かれていないようである。それならば、これを好機と捉え、最大限の利益を引き出そうと得意の弁舌を開始した。


★高値を引き出す交渉術


姜俊浩カン・ジュンホ殿。ご存じの通り、これらの戦利品は非常に希少な品ばかりです。例えばこちらの翡翠の装飾品は、南海から運ばれた最高品質のものであり、貴族の宴席で一際注目を集めることでしょう」


李承業リ・チョンイェは宝石を手に取り、翡翠の緑が光を反射する様子を巧みに見せつけた。


「そして、この高級絹布500反は、周帝国の皇室で使用されていたものに匹敵する品質です。あなたがこれを市場に出せば、瞬く間に売り切れるでしょう」


彼の話術は巧妙であった。一つ一つの品物にストーリーを持たせ、それがいかに貴重であるかを語った。傍らで姜允雅カン・ユンアは、「それは本当ですわ。李様が仰る通り、この宝石は他では手に入りません」と言葉を添え、夫を説得するような視線を送った。


「こちらの香辛料もお忘れなく。この胡椒やナツメグは、船乗りたちの命を賭けた航海の果てに得られたものです。市場に出れば、まさに争奪戦となるでしょう」


その巧みな話術と説得力に、姜俊浩カン・ジュンホはしきりに頷き、「確かに、それだけの価値があるように思えます」と感心した様子で答えた。


★高値での取引成立


交渉は1時間以上に及んだが、最終的には以下の高値で取引が成立した。


-宝石類「翡翠、ルビー、サファイア」45点:15,000両

-高級絹布500反:10,000両

-精緻な陶器30箱:8,000両

-武器類「刀剣、弓、矢」:5,000両

-書画10点:7,000両

-海図3枚:4,000両

-香辛料20箱:6,000両

-家具類:5,000両


合計で60,000両の取引となった。李承業リ・チョンイェは満足げに笑みを浮かべ、姜俊浩カン・ジュンホに「素晴らしい商談でした」と言葉をかけた。


★交渉後の静寂


交渉を終え、姜俊浩カン・ジュンホが部屋を出ると、姜允雅カン・ユンア李承業リ・チョンイェにそっと囁いた。「私がもっと味方をしたら、あと10,000両は引き出せたかもしれませんわね」


彼女の言葉に李承業リ・チョンイェは笑みを返しながら、「それ以上を望んでは、欲深いと思われるだけです」と答えた。その軽妙なやりとりの中には、二人だけが共有する秘密のような親密さが滲んでいた。


こうして、この日の交渉は彼らにとって成功と満足をもたらす結果となった。


□提督室を出ようとしない姜允雅カン・ユンア

商談の際に聞いたのだが、姜俊浩カン・ジュンホたちは、今から江華島カンファ・ドの親戚の家に法事で出かけるそうだ。親戚の家というのが姜俊浩カン・ジュンホの兄:42歳の家で江華島カンファ・ドの村長をしながら高麗人参を栽培している大農家だという。


李承業リ・チョンイェは、提督室で姜允雅カン・ユンアとの話を続けていた。彼女の夫姜俊浩カン・ジュンホが法事の準備に出かける中、彼女は頑としてその場を離れようとしなかった。


「おい、亭主のあとをついて行けよ。怪しまれるだろう?」


李承業リ・チョンイェは声を潜めて言った。


「そんなの嫌よ。義母に会いたくないの。お願い、一緒に来てよ」


姜允雅カン・ユンアは頬を膨らませて不満そうに答えた。


「だが、俺が一緒に行く口実がないだろう。どうやって説明する?」


李承業リ・チョンイェは冷静に返す。


「私たち一家の命の恩人を連れてきたって言えば怪しまれることはないわ。それに、私が夫や親戚たちを説得するから心配いらないわ」


彼女は自信たっぷりに言い放った。


「まあ、いいことがないと動けないな」


李承業リ・チョンイェはため息混じりに答えた。


「バカね、ふたり切りで過ごす時間くらい作ってあげるわよ」


姜允雅カン・ユンアは微笑を浮かべながら囁いた。


「それなら行こう。だが、何をすればいいのか教えてくれ」


李承業リ・チョンイェは観念したように応じた。


姜允雅カン・ユンアが教えた李承業リ・チョンイェの役割


「まず、法事では祭文を読み上げる人の補佐が必要になるわ。あなたにはその役割を頼むつもりよ。父が法事の中心だけど、周囲の親戚たちに気配りが行き届かないときもあるから、そこをサポートしてね」


彼女は続けて説明を加えた。「それから、料理の準備や後片付けを手伝うのも悪くないわ。高麗人参を栽培している一家だから、その効用や使い方について質問してみるのもポイントよ。そういう話題がきっかけで父と仲良くなれるわ」


「他には?」


李承業リ・チョンイェが尋ねると、彼女は少し考えてから言った。「あ、そうね。親戚たちが持ってくる供物を受け取って整理する役も大事ね。それに、祭壇に供えるときは丁寧に運んでね。義母はそういうところをすごく見ている人だから」


******

■義父

- 名前: 姜尚勲カン・サンフン(65歳)

- 特徴: 高麗人参栽培の名手であり、村長として地域全体を取り仕切る人物。厳格ながらも温厚で、公平な判断を下す。

- 性格: 実直で、信頼を重んじる。礼儀正しい人間には特に寛大だが、不誠実な者には厳しい。


■義母

- 名前: 張美和チャン・ミファ(62歳)

- 特徴: 家庭を切り盛りする賢母であり、家族の絆を何よりも大切にする。親戚関係の調整役としても信頼されている。

- 性格: 細かいところまで目が届き、特に礼儀や作法を重視する。気難しい一面もあるが、正直な人間には心を開く。


■兄(姜俊浩カン・ジュンホの兄)

- 名前: 姜俊国カン・ジュングク(42歳)

- 特徴: 地域で尊敬される村長であり、高麗人参を栽培する大農家の主。穏やかな性格だが、地域の問題には毅然と対応する。

- 役割: 村の住民をまとめ、農業の指導や法事の取り仕切りも行う。


■兄の妻

- 名前: 金恵蘭キム・ヘラン(40歳)

- 特徴: 聡明で社交的な女性。法事や祭事を取り仕切り、親戚関係の調整役を務める。

- 役割: 家族や地域の女性たちをまとめ、農作業や儀式の手配をする。


■子供たち

1. 長男: 姜泰宇カン・テウ(18歳)

- 特徴: 父の後を継ぐ予定の青年で、農業と地域の自治に興味を持つ。武術の訓練も行っている。

2. 次男: 姜泰洙カン・テス(15歳)

- 特徴: 学問に興味を持ち、村の将来の発展を模索する理想主義者。

3. 長女: 姜恩静カン・ウンジョン(12歳)

- 特徴: 元気で快活な少女。家の手伝いや親戚との交流を楽しむ。

4. 次女: 姜恩美カン・ウンミ(10歳)

- 特徴: おっとりした性格で、家族に愛される末っ子。

******


★法事に向けて


法事は、姜俊国カン・ジュングクの大屋敷で行われる予定だった。広間には祭壇が設けられ、位牌が並べられている。李承業リ・チョンイェ姜允雅カン・ユンアの指示を胸に刻み、法事に参加する準備を整えた。


彼が法事にどのように関わり、義父母や親戚たちとの関係を築いていくのかが、物語の新たな展開を生むことになるだろう。


□法事での歓迎


10月25日午前11時頃、李承業リ・チョンイェ姜俊浩カン・ジュンホ一家が花山村ファサンチョン姜俊国カン・ジュングク村長邸に到着すると、法事の準備で賑わう屋敷の前庭に、村長一家や親戚たちが勢揃いして出迎えた。村人たちも遠巻きに集まり、新しい訪問者たちに興味津々の様子で見つめている。


「ようこそ、遠路お疲れさまでした!」と村長の姜俊国カン・ジュングクは笑顔で手を広げ、来客たちを暖かく迎え入れた。彼の妻金恵蘭キム・ヘランや義父母も、礼儀正しく挨拶を交わし、その場の空気はすぐに和やかになった。


★贈り物の配布


李承業リ・チョンイェは荷車から用意していた贈り物を取り出し、村長一家、親戚たち、そして村人全体へ丁寧に手渡していった。

まず、姜俊国カン・ジュングク村長には特注の高級絹布と薬膳セットを贈り、次いで親戚たちには高級茶葉や木製の櫛、女性たちには絹の手ぬぐいなどを配った。村全体への贈り物である銅鑼や灯籠については、「後ほど全員で楽しんでいただける場を設けます」と伝え、村人たちから歓声が上がった。


贈り物を受け取った人々は皆、驚きと喜びの表情を隠せなかった。特に、親戚たちは「こんな立派な贈り物をいただけるとは」と感嘆し、村長は深々と礼をしながら「これほどの心遣いに感謝します。村全体が恩に感じることでしょう」と述べた。


★特別な贈り物に対する反応


一方で、姜允雅カン・ユンア、義母張美和チャン・ミファ、義理の姉金恵蘭キム・ヘランの三人に特別に贈られた品々は、さらに大きな反響を呼んだ。


姜允雅カン・ユンアは翡翠の宝飾セットを受け取ると目を輝かせ、李承業リ・チョンイェに微笑みながら「これほど美しいものをいただけるなんて思ってもみませんでした」と感謝の言葉を述べた。その姿を見た親戚たちは、彼女の美貌が宝飾によってさらに引き立つ様子に感嘆し、密かに羨望の眼差しを向けていた。


義母張美和チャン・ミファは金箔入りの茶器セットを手に取り、しばらく無言で見つめた後、「こんな立派な品をいただいてよいものか」と言いながらも、感動で目を潤ませていた。続けて、「家族のために大切に使わせていただきます」と語ると、その場の雰囲気はさらに和らいだ。


義理の姉金恵蘭キム・ヘランは刺繍入りの衣装一式を広げ、細部まで丁寧に施された刺繍の美しさに感嘆の声を上げた。「これを着るのが楽しみです。心のこもった贈り物に感謝します」と満面の笑みを浮かべ、その場にいる女性たちの注目を集めた。


★その後の雰囲気


贈り物の効果は絶大だった。姜允雅カン・ユンアは夫の親戚たちの前で堂々と振る舞えるようになり、義母や義理の姉ともさらに親密な関係を築けるようになった。李承業リ・チョンイェの礼儀正しさと心遣いが評価され、親戚や村人たちとの距離が一気に縮まった。


法事を控えた村長邸には、終始笑顔が絶えず、訪問者と村全体のつながりが深まった。


★1日目の段取り説明


振る舞われた軽い昼食後、控えの部屋に移動した李承業リ・チョンイェ姜允雅カン・ユンアは、法事の1日目の段取りについて話し合った。姜允雅カン・ユンアは彼を軽く睨むようにしながらも、親しげな口調で説明を始めた。


「ねぇ、貴方。1日目の流れくらいちゃんと分かっておかないと、恥をかくのは私たちよ。いい?午後1時から法事が始まるの。その前に、村長である兄さんが挨拶するから、貴方も簡単に一言だけでいいから、祖先を敬う気持ちを言ってちょうだい。それだけで場が和むから」


彼女は少し笑いながら「難しいことは言わなくていいの。ほら、『皆さんとご一緒に祖先を敬うことができて光栄です』とかでいいから」と軽く肩を叩いた。


「で、その後は供物を台に並べるんだけど、これは兄さんが指示してくれるから、貴方は大人しくしてて。間違えて動いたりしないようにね」彼女は冗談めかして言いながらも、目は真剣だった。


★儀式中の立ち回り


「儀式が始まったら、僧侶が読経を始めるから、ただ座って静かにしてて。そこはできるわよね?その後、焼香と礼拝があるんだけど、兄さんが先にやるから、貴方はその後をついていけば大丈夫。変に前に出ようとしないで、自然にやってくれればいいのよ」


姜允雅カン・ユンアはそう言いながら、彼の表情をじっと見た。「分かってる?これ、私たちの立場にも関わるんだから、ちゃんと頼むわよ」


★昼食後の時間について


「法事がひと段落したら、みんなで昼食を食べるの。貴方も親戚たちと話をしてね。あまりに無口だと『何この人?』って思われるわよ。高麗人参の話とか、ちょっと興味ありそうなことを話せば、みんなすぐに仲良くなれるわ」


彼女はそこで少し間を置き、冗談っぽく微笑んだ。「でも、しゃべりすぎてもダメよ。いつものクールな感じで、ほどほどにお願い」


後書き

贈り物がもたらす親族との連帯、新たな土地で始まる交流。

静かな人間ドラマが、やがて大きな縁へとつながっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る